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金正恩氏が絶対に触れられたくない「ケンカに負けた」つらい記憶

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

北朝鮮が、韓国で上演中の「ある演劇」に対して噛みついた。

その演劇とは「DMZ1584」。昨年8月4日に韓国京畿道の非武装地帯(DMZ)で、北朝鮮が仕掛けた「木箱地雷」が爆発し、韓国軍兵士2人が足を切断するなど負傷した事件をテーマにしている。社団法人「韓国演劇俳優協会」によって製作され、今月4日と5日、韓国京畿道(キョンギド)坡州(バジュ)市で公演された。

韓国メディアの報道を見たところ、演劇自体はそれほど大きな規模ではなかったようだ。しかし、北朝鮮メディアは過剰反応している。

地雷で吹き飛ぶ兵士

当時、地雷爆発の瞬間をとらえた生々しい映像が一般公開され、事件の悲惨さが広く知らしめられた。その後、事件をめぐって南北会談が開かれるが、朴槿恵(パク・クネ)大統領は、北朝鮮の謝罪を断固要求した。韓国世論も朴大統領の強行姿勢を後押し。その背景には、ショッキングな映像の影響があったと見られる。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

板門店での会談は、双方が譲らず4日間、計43時間にも及んだが、最終的に北朝鮮が「遺憾の意」を表明。事実上の謝罪によって合意に至った。

こっそり負け惜しみ

しかし、事件から1年後の今年8月、北朝鮮の国営メディアはなんとも苦しい「負け惜しみ」を言う。朝鮮中央通信は同月16日、「米国と韓国が地雷事件をでっちあげた」と主張。南北会談における北朝鮮の「遺憾の意」については一言も触れず、事件の顛末を完全に歪曲した。

(参考記事:金正恩氏がこっそり「負け惜しみ」する去年の夏のあの出来事

早い話、金正恩氏は韓国の朴槿恵大統領との「ケンカ」に負けたことが、悔しくて仕方ないのである。

そして、今回も演劇を批判するなかで、次のように主張した。

「8月事件」は、朴槿恵一味がわが人民軍をどうにかしてみようとしてひそかに埋めておいた地雷に自分らの軍人が被害を受けた、まさに人捕る亀が人に捕られた事件である。(朝鮮中央通信10月24日付)

8月、10月と2回にわたって「地雷事件はでっちあげ」だと主張している。いずれも政府機関などの名義ではなく、こっそりと朝鮮中央通信の一記事というスタイルを取っている。

金正恩氏のヘンな写真

もちろん、こうした主張には金正恩党委員長の意向が反映されている。しかし、核・ミサイル問題や米韓合同軍事演習などをめぐり、朴大統領やオバマ米大統領に対して痛烈な罵詈雑言を浴びせかけ、連日、自国の主張を展開しているメディア戦略に比べると、なんともセコい。

金正恩氏のメディア戦略は、金日成、正日氏時代ならあり得ないような写真をセレクトするなど、理解不能なことが多いが、そのセコい負け惜しみにもナゾが残る。

(参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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