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金正恩氏は「最終兵器」を手に入れるのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
旧ソ連が実験を行った水爆「ツァーリ・ボンバ(爆弾の皇帝)」

金正恩氏が、水素爆弾の保有に言及した。北朝鮮メディアが10日に報じた現地指導の記事の中で、「(北朝鮮が)水素爆弾の巨大な爆音を響かせることのできる強大な核保有国になることができた」と発言したことが紹介されているのだ。

水爆は、プルトニウムやウランを利用した核分裂兵器より破壊力が格段に大きい。

冷戦期の1961年10月30日、旧ソ連が実験を行った「ツァーリ・ボンバ(爆弾の皇帝)」の威力は最大100メガトン。実験に際しては50メガトンに抑制されたが、それでも広島型原爆の3300倍に達する。爆発の衝撃波は地球を3周したというから、まさに人類を滅亡に追い込みかねない「最終兵器」である。

そんなものを、本当に正恩氏は手に入れてしまったのか。これは、日本にとって重大事だ。

新たな安保法制の整備された日本と北朝鮮の関係は、以前とは違う。状況によっては自衛隊が北朝鮮に対する先制攻撃を迫られる場面があり得るし、そうなれば北朝鮮からの「核報復」のリスクもがぜん、高まるからだ。

韓国の情報当局者は正恩氏の発言について、「核弾頭の小型化にも成功していない北が水爆製造技術を持つことはできない」、ホワイトハウスのアーネスト報道官も「我々の持つ情報の限りでは非常に疑問だ」との見解を表明。

ただ、同報道官は「北朝鮮の核兵器開発の野心は極めて深刻に捉えている」とも言っている。

水爆は、水素の同位元素である三重水素、重水素の核融合連鎖反応から爆発力を得る。起爆には小型の原爆を用いるため、韓国当局者の言う通り、原爆技術を完全には身につけていない北朝鮮が水爆を作るのはムリだろう。

しかしそれも「現段階では」という話だ。

北朝鮮が水爆製造に必要な核融合技術の獲得に向け、努力を重ねていると見られる徴候はいくつもある。

まず、労働新聞は2010年5月、「朝鮮の科学者が核融合反応を成功させた」と報道。その直後、韓国の研究機関が放射性物質の異常を観測しており、北朝鮮が小規模な核実験を行った可能性が高いと報じている。

韓国政府はこの見方を否定しているのだが、最近になって米プリンストン大学と独ハンブルク大学の研究者が、「小規模実験説」を支持する研究結果を発表している。

北朝鮮の核実験は従来、2006年と09年、13年の計3回とされてきた。しかし、それらとは違う形での核実験を並行して行っていたのだとすると、核融合の研究が本格的に行われている可能性は否定できない。

さらには今年4月にも、「北朝鮮が核融合を利用した原子力発電所を建設中」との情報が浮上。これとの関連は分からないが、北朝鮮国内では今年の夏以降、「国が原発を建設して電力難を解消する」との噂が出回っている。

このように、北朝鮮国内では少しずつことが運んでいる徴候があるのに、日米韓はそれぞれの思惑のズレから、外から眺めることしか出来ていない。

北朝鮮は、時間さえあれば核兵器だろうが弾道ミサイルだろうが開発してしまう。金正恩氏に、「最終兵器」を与える愚を犯してはならない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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