駐韓米大使襲撃事件の背後に北朝鮮? 北朝鮮メディアは訪朝歴8回のキム容疑者を称賛

「南北は統一されるべきだ!」「戦争訓練反対!」「今日はテロをやった」「ウリマダン(私たちの庭)の代表だ」「チラシも作った。訓練反対のチラシだ!」

韓国ソウルで5日、米国のマーク・リッパート駐韓米国大使が刃物で切りつけられる事件が起きたが、犯行に及んだキム・ギジョン容疑者は、こう叫んだという。

北朝鮮と対立している米国の大使への襲撃事件であり、一部の韓国メディアは、キム容疑者を「従北左派」(北朝鮮に賛同、追従すること)と見なし、同様の見方をする与党セヌリ党からは、事件の背後を徹底的に調べるべきとの主張が出た

確かに「南北統一」や「軍事演習反対」などの主張は、北朝鮮に同調するものではある。では、キム容疑者の背後に北朝鮮の存在がある、と見るの妥当なのか。

まずは、キム容疑者のこれまでの行動を見てみる。

奇行が目立ったキム容疑者

「ウリマダン(私たちの庭)統一文化研究所」という団体の所長だったキム容疑者は、1980年から文化活動をはじめ一貫して左派活動家として活動をおこなってきた。最近では、「竹島(韓国名:獨島)を守る」活動を展開。2007年には島根県の竹島の日制定に反対して住民票を移した。

同年には、1988年に自身が務める団体が何物かによって襲撃された事件の真相究明を要求して大統領官邸前で焼身自殺未遂を起こした。

2006~2007年の間に、植樹を目的に北朝鮮の開城を8回も訪朝し、2010年には、重家俊範日本大使にセメントの固まりを投げつけて逮捕され執行猶予付きの有罪判決を受けた。

2011年に、北朝鮮の金正日氏が死亡した時には、ソウルのテハン前に焼香所を設置しようとした。今年の1月30日には、韓流アイドルグループ「EXO(エクソ)」の公演イベントで、チラシをめぐってファンクラブ会員といざこざを起こしていた。

こうした奇行を繰り返してきたにもかかわらず、キム容疑者は左派陣営のなかで一定の存在感を示してきたようだ。

その証拠に、焼身自殺未遂(2007年)を起こしたにもかかわらず、2006~2009年までの3年間には、韓国統一部関連の委託職員として活動。97年から2007年まではリベラル色の強い聖公会大学の客員教授を務めた。

さらに、昨年7月には、日本の「集団的自衛権」に反対する声明を元慰安婦の支援団体「挺身隊問題対策協議会」(挺対協)と合同で発表している。

その一方、極端な行動を繰り返すキム容疑者は、周辺からは「厄介な人物」と見られ孤立していたという。左派陣営のみならず、社会的な支持を得られないことから孤立はさらに深まり、今回の襲撃事件を起こすに至った。

ここで、見逃せないのが、結果的に北朝鮮が彼の襲撃を「後押し」したと見られることだ。

北朝鮮メディアがキム容疑者を後押し?

北朝鮮が運営する対南サイト「わが民族同士」には、キム容疑者を擁護する記事が掲載されていたが、北朝鮮メディアは彼の過去の襲撃や行動について、複数回にわたって称賛、擁護していた。

こうしたことから、キム容疑者の背後に北朝鮮があると疑いが持たれているわけだ。

現時点で真相はわからないにせよ、キム容疑者が北朝鮮の直接的な指示によって今回の襲撃事件を起こしたとは考えづらい。ただし、北朝鮮からの称賛が結果として、キム容疑者に襲撃を「そそのかすことになった」と想像することはできる。すなわち「遠隔洗脳」だ。

元々、極端な行動を繰り返すキム容疑者だったが、自分の主張をアピールするためにどんどん過激化。そして、過激化すればするほど周辺からは鼻つまみ者にされるという悪循環に陥っていた。そこに、同じ主張を唱える北朝鮮がわざわざ公式メディアを通じて彼の行動を支持して称賛。

誰にも認められず、理解者が少ないキム容疑者が「北朝鮮だけが、自分の行動を正当に評価してくれる」と思い込んだかもしれない。そして、その思い込みが今回の襲撃事件を起こすモチベーションに繋がってもおかしくはない。

北朝鮮は、具体的に米国大使襲撃を意図していたわけではなくても、キム容疑者がそのような行動に出れば「望ましい」という、いわゆる「未必の故意」を持っていたのではないか。

あるいはより計画的にキム容疑者を「遠隔洗脳」し、実質的な“手駒” に作り上げていたのかもしれない。

陰謀論と見られるかもしれないが、可能性を想定して分析を行うことは必要だろう。なぜならキム容疑者のようなテロ予備軍が、他にもまだ存在するかもしれないからだ。

北朝鮮メディアは襲撃事件を「当然の懲罰」

実際、今回の事件は米韓合同軍事演習が始まった矢先の事件であり、今後の米韓関係に憂慮を示す両国関係者は多い。そうした懸念からか、韓国の朴槿恵大統領は「駐韓米国大使への攻撃は韓米同盟に対する攻撃だ」とキム容疑者の犯行を非難するコメントを出している。

そして、アメリカの前国連大使のビル・リチャードソン氏は、CNNに対して電話インタビューで次のように語った。

「アメリカ政府関係者が攻撃対象になる事態は世界的に増えているが、同盟国の韓国でこのようなことが起こるとは驚きを隠せない」

さて、襲撃を「そそのかした」とも言える北朝鮮の公式メディアだが、早速この事件に反応。 事件発生からわずか10時間後に記事を配信するという素早い対応だった。

そしてやはりと言うべきか、朝鮮中央通信は、キム容疑者の襲撃を「正義の刃物の洗礼を加えた」と称賛しながら「朝鮮半島の戦争の危機を高調させている米国を糾弾する南朝鮮の民心の反映であり、抵抗の表れである」と主張した。

事件に至るプロセスはどうであれ、キム容疑者と北朝鮮の言動の間に、何らかの因果関係を探る努力は必要だろう。