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日本で歪められたオリパラ選手のアスリートファースト

神仁司ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト
オリパラ選手や関係者へのワクチン優先接種は人道に反する行為だ(写真/神 仁司)

ワクチン優先接種では、オリパラ選手としてだけではなく、人道的にどう行動できるかが問われている

 正直に言えば、自分はもともとオリンピックやパラリンピックに執着はない。理由ははっきりしていて、プロテニスの取材に20年以上携わっているからだ。

 テニスでは、男女それぞれにワールドプロテニスツアーが確立されている。さらにテニスの4大メジャー大会が存在し、グランドスラムと呼ばれ、オーストラリアンオープン、ローランギャロス(全仏)、ウィンブルドン、USオープン、それぞれが100年以上の歴史を誇り、プロテニスプレーヤーなら誰もが目指す最高峰の舞台となっている。

 一方で、オリンピックにおけるテニスの歴史は古くて浅い。テニスは、1896年アテネオリンピックから正式競技だったが、1924年パリオリンピックを最後にオリンピックとは袂を分かつことになった。正式競技への復活は、1988年ソウルオリンピックまで待たなければならなかった。

 新型コロナウィルスのパンデミックによって、東京2020オリンピック&パラリンピック(以下オリパラ)が1年延期され、今も開催可否が議論になっているが、個人的には中立を保って静観してきたつもりだ。

 だが、5月6日に発表されたオリパラ選手および関係者への新型コロナウィルスのワクチン優先接種に関しては、さすがに疑問を感じずにはいられなかった。 

 まず、オリパラ選手に優先接種を提案したというアメリカの製薬会社であるファイザー株式会社。そのワクチン優先接種は世界各国および各地域の判断に委ねられるのだろうが、一般的に各国のワクチン接種状況も足並みが揃っておらず、国によって接種スピードの格差もある中、各国の民衆は納得できるのだろうか。世界で新たな分断が生じるかもしれない。

 もちろん日本も同様なのだが、日本選手団に関して、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長から語られた、「アスリートファーストの観点からも進めていってもらいたい」という発言に正直全く納得がいかない。橋本会長は、アスリートファーストという言葉をここで使うべきではなかった。しかも元選手である橋本会長から、歪められたアスリートファースト発言がされたことが残念でならないし、もはや詭弁ともいえる後味の悪いものになってしまった。

 アスリートファーストは、通常時なら何ら問題はない。だが、新型コロナウィルスのパンデミックが続いている非常時におけるワクチン優先接種は、アスリートファーストで片づけられる問題ではない。ナンセンスだ。橋本会長は、遠回しに国民の人命よりオリパラ開催が大事だと言っているのと同じではないか。

 新型コロナウィルス感染症のワクチンが優先接種されるべきは、まずは医療従事者。次に高齢者、その次に基礎疾患のある人たち、そして、エッセンシャルワーカーであるべきだ。東京オリンピックやパラリンピックの選手たちに優先接種をあてがうべきではない。コロナの非常時である現在に、なぜ、オリパラ選手に優先順位があるのか理解できない。ただでさえ日本でのワクチン接種スピードは遅れており、医療従事者でさえ全員接種を終えていないのに。大会側は、日本国民にしっかり納得のいく説明を果たすべきだ。はっきり言って、オリパラ選手や関係者は、エッセンシャルワーカーではない。今、優先されるべきは、日本国民全員の命であるべきで、オリパラ選手や関係者ではない。  

 オリパラ選手たちは、ワクチン優先接種が、平和の祭典であるオリンピックに参加するオリンピアンとしての精神に反するどころか、人道に反する行為であることを認識すべきだ。特に、ワクチン接種が遅れている日本では、まず医療従事者の接種を終了させることが先決であり、人道的な行動のはずだ。

 ただ、ワクチンの副反応が怖いはずの選手だけに、優先接種の責任や業を背負わせるのは違うだろう。そのように仕向けている国際オリンピック委員会(IOC)や日本オリンピック委員会(JOC)や組織委員会、そして日本政府の責任も重い。

 遡れば、まず「復興五輪」という言葉に違和感があった。

 福島第一原子力発電所の放射能問題はいまだに解決しておらず、故郷に戻れない人が大勢いる。福島原発の廃炉は、21世紀の宿題になっており、若い世代にもその作業を引き継がなければならないほど時間がかかるもので廃炉完了への道のりは遠い。

 次に、2020年3月にオリパラの延期が決まった時に、日本の前首相はオリパラを「コロナに打ち勝った証し」にしたいとしたが、それももはや夢物語になってしまった。特効薬がないためコロナ封じ込めは無理にしても、せめてワクチンによって抑え込みができていればよかったが、ワクチン接種が行き届いてない日本では厳しい現状だと言わざるを得ない。

 そんな中でのオリパラ選手や関係者への優先接種だ。日本国民を愚弄するにも程がある。

 そういえば、元プロテニスプレーヤーの松岡修造氏は、東京2020大会オリンピック日本代表選手団公式応援団長を務めているが、今は、選手たちよりも、むしろコロナ禍の現場で毎日奮闘している医療従事者やエッセンシャルワーカーを応援してほしいものだ。

オリンピックオフィシャルメディアパートナーが、旧日本政府下での悪しきメディアを再現

 オリパラのオフィシャルメディアパートナーに入っている新聞は、優先接種の問題をきちんと取り上げ、中立の立場を保ちながらメディアとして批評できるのだろうか。現状では、スポーツ新聞の記事ばかりが目立つ印象だ。

 もしかしたら新聞記者1人ひとりのレベルでは、ジャーナリストとして葛藤している人が多いのかもしれないが、上司からは「大人になれ」とか「オリンピックだから」などと言われ、コロナではなく“オリンピックウィルス”に侵された組織論に飲み込まれているに違いない。そう信じたい。

 日本政府が、国民の世論を無視してオリパラを強行開催しようとしている姿勢が、太平洋戦争時に、旧日本政府が戦争に突き進んだ時と似ているというのは、私も感じていた。

 付け加えるのなら、旧日本軍の言いなりになって、戦争終盤で日本優勢という誤った情報を垂れ流し続けた当時の旧新聞と、オリンピックオフィシャルメディアパートナーに入って、メディアとしての中立を保てず、優先接種を批評できない現新聞も同様ではないか。

 幸いにも、現代では全メディアが、IOCの言いなりになっていないのは救いだが、国民目線に立てず、コロナ弱者に寄り添えないのなら、その新聞はもはやメディアと呼べるものではない。

 オリパラ放映予定である地上波テレビ局も同様で、優先接種やむなしの結論ありきで片づけられてしまう可能性が高く、非常に恐ろしいことだ。

 現在のコロナ禍で、オリパラ開催ありきで、オリパラ選手や関係者が優遇されて、本来先に助けるべき命が冷遇されることがあってはならない。世界からオリパラのために多くの人が日本へ入国し、日本国内の安全が脅かされ、日本国民の命が置いてけぼりになってしまうことは決してあってはならないことだ。

 今この瞬間も、変異株を含めた新型コロナウィルスが、緊急事態宣言もまん延防止等重点措置も関係なく、人間によって施された線引きに対してお構いなしで感染していくリスクは存在する。目に見えないウィルスに対して絶対安全だとは決して油断はできない。日本の政治家たちは、黒塗りの高級送迎車ばかり乗らず、一度でもいいから通勤電車に乗ってみてはどうだろうか。コロナ感染のリスクにいつもさらされ、先行きに不安を覚える国民の気持ちが少しは理解できるのではないだろうか。

 オリパラ出場に向けた選手たちのこれまでの努力、開催準備に向けた関係者たちの尽力には敬意を表したい。

 だが、開催するべきではないという日本国民の民意が多くを占めるのなら、その声を無視するのではなく、オリパラ開催可否について議論を重ねるべきだ。

 歪められたアスリートファーストによって、オリパラが強行開催され、大会期間中に、選手がコロナで重症化したりあるいは死亡したりした場合、あるいはワクチンの副反応で選手生命に影響が出た場合、どうするのだろうか。少なくとも責任の所在は明らかにしておくべきだ。それでもなお大会を続行して、メダリストたちに拍手を送れというのであれば、それはもはや人ではなく鬼畜だけがなせる業だ。

 冒頭にも書いたように、自分にオリパラへの執着はない。IOCやJOCに対しても何ら追従もない。だから、メディアの端くれとして、いや、ひとりの人間として、人道的におかしいことはおかしいと言いたい。人間であり続けたいから……。

ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンMJ)勤務後、テニス専門誌記者を経てフリーランスに。グランドスラムをはじめ、数々のテニス国際大会を取材。錦織圭や伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材をした。切れ味鋭い記事を執筆すると同時に、写真も撮影する。ラジオでは、スポーツコメンテーターも務める。ITWA国際テニスライター協会メンバー、国際テニスの殿堂の審査員。著書、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」(出版芸術社)。盛田正明氏との共著、「人の力を活かすリーダーシップ」(ワン・パブリッシング)

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