(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」9月号掲載の筆者記事に補足しました。)

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 欧州の王室で、国民の信頼を揺るがせるような事件が次々と発生している。

 8月上旬、スペインでは複数の不正疑惑で捜査対象となっている前国王フアン・カルロス1世が国を離れたという報道が出た。

 英国では元首エリザベス女王への国民の支持率は継続して高いものの、昨年秋、次男アンドリュー王子が米富豪で性犯罪者の故ジェフリー・エプスタインとの交流をメディアに問いただされ、公務から遠ざかることを決定した。

 今年1月、女王の孫にあたるヘンリー王子とその妻メーガン妃は事実上の引退宣言を独自に行い、最終的に王室を離脱。8月に入って、王室内の確執を暴露する本を出した。9月には動画に出演して米大統領選での投票を呼びかけ、「政治介入」と物議をかもした。

民主化の象徴が「亡命」を選択するまで

 スペインの前国王フアン・カルロス1世はブルボン家出身で、1938年、ローマで生まれた。1931年にスペインが共和制に移行したことで、王室一家はイタリアに亡命していた。

 1975年、長期独裁政権を敷いたフランコ総統が死去し、王政復古でスペイン国王に即位。81年、フランコ派のクーデターをテレビ演説で阻止し、「民主主義の守護者」として国民の尊敬を集めた。

 前国王の失墜は、2012年4月、愛人(当時)とその子供とともに出かけたボツワナへの狩猟旅行がきっかけだ。

 旅行の費用約4万ユーロ(現在のレートで約5000万円)はサウジアラビアのビジネスマンが負担したものの、世界金融危機後の経済的な困窮状態にいた国民からすれば実にぜいたくな行動に映り、大きな批判を招いた。その前年には娘の夫が汚職疑惑で有罪となった。それまでは王室批判を避けてきたスペインの主要メディアは、前国王に厳しい報道をするようになった。

 批判の高まりを受けて、2014年、前国王は息子に王位を譲ることを決断する。

 今年3月、元愛人の証言が新たな衝撃を生んだ。サウジアラビアの故アブドラ前国王がフアン・カルロス1世に1億ドル(約106億円)を贈呈したとき、フアン・カルロス1世はそのうちの6500万ユーロ(約80億円)を彼女に与えたという。

 6月には最高裁がサウジアラビアでの高速鉄道建設計画を巡って、前国王が不当に仲介料を受領したとする疑惑の捜査を開始した。

 現国王フェリペ6世は3月、父からの相続財産を放棄すると発表し、王室は前国王に対する19万4000万ユーロ(約2300万円)の年金の支払いを止めている。スペインの王室は前国王と少しずつ距離を置いてきた。

 8月3日、王室はフアン・カルロス1世がスペインを去ると発表。当初はどこにいるのかわからなかったが、同月中旬、アラブ首長国連邦(UAE)に滞在していることを明らかにした。

 一時は「民主主義の象徴」として尊敬された前国王の人生は、スキャンダルの数々によって生前退位、そして国外移住という異例の展開となった。

 同氏には捜査中の事件の解明に協力する義務が残っている。

英女王次男に性犯罪疑惑

 1000年近く続く英国の王室制度も、お家事情に揺れている。

 エリザベス女王の次男アンドリュー王子は、未成年者に対する性的虐待などの罪で起訴された、米富豪エプスタイン被告(昨年8月、拘留中に死亡)と親交を持っていたことから、王子自身も未成年者に対する性犯罪に関与していたのではないかという疑念が出た。

 同年9月、エプスタイン被告を性的虐待で訴えている女性の一人が未成年の頃、王子に3回にわたって性的暴行を受けたとメディアに告白し、注目度が高まった。シャツ姿の王子がこの女性の腰を左手で抱くようにしている写真も公にされた。

 疑念を一気に晴らそうと、11月、王子はBBCの番組「ニューズナイト」で単独インタビューを受けたが、ここで失態を重ねてしまう。

 番組の中で王子は女性との関係を全面的に否定し、写真について聞かれた後も「全く覚えていない」と答えた。「シャツ姿で外に出ることはない」、「自分はその時は汗をかかない体質だった(王子がたくさん汗をかいたと女性が述べていたため)」。後者の返答は、常識で考えても疑問がわく内容だった。

 また、エプスタイン被告が未成年に売春を勧誘・あっせんした罪を認めた2年後の2010年、王子は被告の自宅に滞在しており、その理由を「便利だったから」と述べ、被害者の痛みや悲しみを和らげる言葉はなかった。

 「自分は王室の人間だから、特別だ。一般市民の規則は通用しない」とでも言いたげな王子の態度は、番組放送後、非難の的になった。

 放送から4日後、王子は当分の間公務から退くと発表した。

アンドリュー王子とは?

孫のヘンリー王子夫妻が「出家」

 今年に入って、国内外で最も注目を集めたのは、女王の孫で王位継承権順位第6位のヘンリー王子と米国の元女優メーガン夫妻(サセックス公爵夫妻)による、事実上の退位宣言だった。

 1月8日、夫妻はインスタグラムのアカウントを使って王室の中心任務を担う「シニア王族」の立場から退くをことを宣言し、多くの人を驚かせた。女王やほかの王族への事前の相談はなかったという。

 公務を大幅に減らしながらも、巨額の公的資金によって改装した、ロンドン近郊のウインザー城の自宅に住み続け、英国とメーガン妃の出身地米国とを行ったり来たりする、「パートタイムの王族」を想定したため、夫妻は「いいとこどりだ」と国民の大きな批判を浴びた。

 宣言から数日後、エリザベス女王やシニア王族が集まって緊急の家族会議が開かれ、4月、ヘンリー王子夫妻は正式に公務から引退することになった。夫妻にとっては厳しい選択である

 今後、王族の称号「ロイヤル・ハイネス(殿下・妃殿下)」を使用せず、公金も受け取らない。自宅は活動拠点として所有するが、改修用に使われた公金(約240万ポンド=約3億5000万円)は返金することになった(9月、返金が終了したという発表があった)。現在夫妻は長男とともに米ロサンゼルスで暮らす。

伝記「自由を探して」(撮影筆者)
伝記「自由を探して」(撮影筆者)

 

 8月、夫妻と親交があるファッション誌編集者2人が書いた内幕本『自由を探して』が出版された。

 「夫妻は取材を受けておらず、出版には協力してない」(夫妻の広報担当者)とされているものの、ヘンリー王子の兄ウィリアム王子夫妻との溝や王室の侍従らに不当に扱われて孤立していった様子が細かく描かれており、ヘンリー王子とメーガン妃自身が直接の情報源になったという説が強力だ。

 9月22日、米誌タイムが選ぶ「世界で最も影響力のある100人」を発表する番組に夫妻は動画出演した。メーガン妃は米大統領選の投票に行くよう呼びかけ、隣に座ったヘンリー王子もこれに賛同していた。

 夫妻は特定の候補者への投票を勧めたわけではなかったものの、英王室には政治的中立性が求められており、王子は「一線を越えた」と英メディアは伝えた。生き生きと話す米国人のメーガン妃の横顔に目をやりながら話したヘンリー王子。筆者には「操り人形」のようにさえ見えた。

「自分の役割」は見つけられたか

 ヘンリー王子はこれまで、いずれは国王となる兄ウィリアム王子の影で自分だけの役割とは何かを探してきた。しかし、春からはシニア王族としての公務から一切離れることになった上、メーガン妃の隣に座って米国民に投票を呼び掛けることになった。果たして「自分だけの役割」を見つけられたのだろうか。さらに存在感が薄くなってしまったのではないか。

 王室制度の存続には国民の支持が欠かせない。王族の身勝手さが表面化すれば、国民はそっぽを向いてしまう。いつまで欧州の王室制度は続くだろうか。疑問に思うこの頃だ。