BBC、「差別批判は中立原則の逸脱」としたものの、後で撤回 一部始終を振り返る

ナガ・マンチェッティー氏の発言が一大事に!?(写真:Shutterstock/アフロ)

 (日本新聞協会が発行する「新聞協会報」10月22日付掲載の筆者コラムに補足しました。)

 英BBCは9月、情報番組の司会者が人種差別問題を巡って「不偏不党の編集指針を逸脱した」と発表した。しかし、非難が相次ぐと、トニー・ホール会長が判断を撤回した。通信・放送業の規制監督機関「オフコム」が調査に入り、波紋が広がった。

発端はトランプ米大統領

 発端は7月。トランプ米大統領が14日、野党・民主党の「進歩的な女性下院議員たち」をツイッターで批判した。彼女らは「政府が機能していない国からやって来た」として、「もとの国に戻って」、「犯罪まみれの地元の手助けをしたらどうだ」などと投稿した。

 米下院は、16日、外国出身者や有色人種に対する「恐怖と憎悪を正当化する人種差別的発言」だと非難する決議を可決した。

 BBCの朝の情報番組「ブレックファスト」が、翌17日、この問題を取り上げた。女性司会者でパキスタン系のナガ・マンチェッティー氏が、司会者同士の会話の中で、「有色人種の女性として、このような発言は人種差別に深く根差していると感じてきた」と発言した。

 マンチェッティー氏は、共同司会者で白人男性のダン・ウオーカー氏に個人的な気持ちを聞かれると「本当に腹が立った」と答えた。トランプ氏の投稿について「ほかの人の同じような発言を正当化する作用があると思うか」と問われると、これを肯定した。

 ウオーカー氏から「有色人女性」として個人的な思いを述べるように質問を重ねられ、マンチェッティー氏はトランプ大統領を人種差別者と呼ばないようにしながらも、指導者として発言に責任を持つべきだとの見解を伝えた。

情報番組の共同司会者ウオーカー氏(左)とマンチェッティー氏(右)(BBCのウェブサイトより)
情報番組の共同司会者ウオーカー氏(左)とマンチェッティー氏(右)(BBCのウェブサイトより)

 放送後、報道の不偏不党の原則に反するとの苦情が視聴者から寄せられた。BBC苦情対応班は、9月25日、マンチェッティー氏の発言が同局の編集指針違反だったと発表。「(BBCの)ジャーナリストは、発言した個人、あるいはその意図について私見を述べることはできない」、「発言の意図は視聴者が判断する」との見解を示した。

 翌日公表した詳細な判断理由では、マンチェッティー氏には「トランプ大統領の発言について個人的な反応を示す権利がある」ものの、「大統領の発言の意図やその影響について直接的にかつ批判的に語った」ことは指針に違反だと説明した。

 この判断に対し、批判の嵐が巻き起こった。有色人種の俳優や放送人など四十数人が撤回を迫る書簡をBBCに送付し、書簡をまとめた女性ジャーナリストは「有色人種の放送人を萎縮させる」と指摘した。サジド・ジャビド財務相や野党・労働党のジェレミー・コービン党首もBBCを批判した。

判断を覆す

 9月30日、ホールBBC会長はこの件を「個人的に精査」した結果、マンチェッティー氏の発言を指針違反とするには根拠が不十分だったとして判断を覆した。全員スタッフへの電子メールの中で、「BBCは人種差別について中立を保ったりしない」と述べた。

 しかし、事態は収束しなかった。BBCの判断についての数件の苦情を受け取ったオフコムが、調査に乗り出したのである。

 10月7日、オフコムは「BBCの苦情対応体制の透明性に重大な懸念を持っている」と述べ、個人名を伏せた形でBBCの苦情対応班との電子メールのやり取りを公開した。BBCに対し、マンチェッティー氏の発言を指針違反とした決定の詳細、判断を覆した根拠について情報を求めた。

 しかし、BBC苦情対応班はオフコムの調査権を認めず、「現時点では」との留保付きで情報提供を拒否した。オフコムはBBC側とのやり取りの中で、BBCが既に調査した案件のうち、オフコムにも苦情が寄せられた問題については調査権がある旨を指摘していたにもかかわらず、である。

世論の動きに右往左往する、BBC

 いくつかの論点が浮上した。

 不偏不党の原則がある中で、人種差別を含む「中立」の立場では報じきれない問題をどう扱うのかというジャーナリズム上の問題が1つ。BBCの不透明な状況説明にも不満が残った。

 視聴者の苦情の対象には当初、白人男性司会者も含まれていたが、BBCはこの事実をしばらく伏せていた。有色人種の女性司会者に対する差別がなかったのかが問われる。

 苦情対応班は会長の一声で判断を覆され、十分に機能しなかった。

 英キングストン大学のブライアン・カスカート教授(ジャーナリズム)は、筆者にBBC経営陣の指導力不足を指摘した。「すべての人を満足させようとした結果、誰も満足させることができなかった。世論の動きに右往左往しているだけだ」。