『グローバル・ジャーナリズム――国際スクープの舞台裏』ー「パナマ文書報道」はどうやって書かれたのか

国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のパナマ報道のウェブサイトより

 (新聞通信調査会発行の「メディア展望」11月号に掲載された、筆者原稿に補足しました。)

書評 

澤康臣著(岩波新書=860円+税)

『グローバル・ジャーナリズム――国際スクープの舞台裏』

 昨年、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した、金融取引に関する大量の内部文書(「パナマ文書」)が世界中に大きな波紋を広げた。パナマはタックスヘイブン(租税回避地)の1つとして知られる。

 同年4月上旬、電子メールを含む1150万点のリーク文書を元に、世界各国の約400人の記者が多国籍企業、政治家、富裕層などによる資産隠し、脱税、資金洗浄の疑惑を一斉に報じた。

 パナマ文書は2015年、ドイツの日刊紙「南ドイツ新聞」が匿名の情報源から入手したもので、米非営利組織「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)が中心となってこれはと思われる報道機関に声をかけ、極秘で調査し記事化した。報道開始まで中身が漏れなかったのは奇跡ともいわれている。リーク文書はデータの巨大さ(2・6テラバイト)でも超ド級だ。内部告発サイト「ウィキリークス」が扱った米外交公電文書(2010年)は1・7ギガバイトだった。1テラバイトは1024ギガバイトに相当する。

 世界中をあっと言わせたパナマ文書報道には、日本のメディア(共同通信社と朝日新聞、のちにNHK)も参加していた。本書の著者澤康臣氏は共同通信特別報道チームのメンバーで、このプロジェクトに関わった。

 本書の目玉は、このパナマ文書報道の舞台裏が詳述される部分だろう。一体どのようにして世界各地に住む数百人の記者たちと極秘情報を共有しながら作業を進めたのか、巨大な情報をいかに分析し、日本関連の情報をどんな方法で洗い出して記事化したのか。本書は実際に中に入って作業をした記者でなければ書けない逸話で一杯だ。このような国際的な報道に日本の記者が参加しているのは、筆者からすれば頼もしい思いがした。

「匿名性」が問題

 タックスヘイブンの利用自体は違法ではなく、「なぜこれが問題視されるのか」という見方があるが、本書を読むと「匿名性」が問題であること、このため一部の有力者、政治家などが「普通の市民が守られなければならない義務を逃れることができる」(オバマ大統領の発言、16年4月当時)点であることも分かってくる。

 しかし、本書はパナマ文書報道だけの本ではない。

 澤氏はこれに第1章のみを割き、続く章ではそれ以外の優れた国際調査報道の数々を紹介している。全体に通じるテーマは「グローバル」だ。

 インターネット通じて、私たちは一瞬にして世界とつながるようになった。情報は国境を越えて広がってゆく。人やモノ、汚職、詐欺、横領と言った犯罪行為も国境を越える。そして、「国境を越えた」問題を「暴露する記者たちがいる」(本書)。

 国際的な調査報道は、欧米のみならずアジアやアフリカでも日々行われている。それぞれの活動に携わるジャーナリストたちに澤氏が直接話を聞いており、それぞれの苦労が描かれる。

 本書の後半では世界各地で行われている記者研修の様子や調査報道の手法が紹介され、最終章ではいかに日本で調査報道を行うのか、その課題は何かが記されている。

 澤氏は共同通信入社後、社会部、外信部、ニューヨーク支局に勤務。在米中は「国連記者会」理事に選出された。2006-07年には英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所で客員研究員として勉学。日米英のジャーナリズムの実践について詳しい知識を持つ。前著『英国式事件簿 なぜ実名にこだわるのか』(文藝春秋)では実名報道が原則の英国と匿名志向が強い日本の報道を比較した。

 澤氏は一貫して、情報を「パブリックにする」、つまり民主主義社会に生きる私たちみんなものにすることを主張してきた。本書でも、裁判記録の開示が不十分であるとし、「記者ら市民が裁判や捜査を検証することを著しく妨げている」ことに苦言を呈している。

 全章を通じて、澤氏のこれまでの記者経験を踏まえての評価や問いかけが入っており、単なるほかの国での事例の紹介ではなく、読者が自分のこととして読めるようになっている。

 様々な記者研修の様子を読むと、「自分も何かできそうだ」と読者は思うに違いない。報道の未来に希望が見えてくる一冊である。