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ポピュリズムの由来と意味するものは何か ―右派も左派もあり、その範囲は広い

小林恭子ジャーナリスト
5月上旬、大統領選前の最後の集会で演説をする国民戦線のルペン氏(撮影 小林恭子)

(新聞通信調査会が発行する月刊「メディア展望」の5月号に掲載された、筆者原稿に若干補足しました。)

欧州の各地でポピュリズムの波が広がっているといわれている。具体的にはオランダの反移民・反イスラム教など排他的な政策を掲げる自由党、フランスの国民戦線、ドイツの新党「ドイツのためのもう1つの選択肢」政党などが思い浮かぶ。3月15日、オランダの下院選では自由党が第1党になる見込みが出て、欧州に「極右ポピュリズム旋風が起きる」懸念が出た。

しかし実際には、オランダの与党・自由民主国民党が第1党となり、ルッテ首相は「ポピュリズムの前進を阻止した」と勝利宣言で述べた。昨年6月の英国のブレグジット(欧州連合からの離脱)決定、11月の米大統領選での共和党候補トランプ氏の当選による、いわゆるポピュリスト(大衆迎合)の波が欧州に押し寄せることを「オランダで止めた」というわけである。

マクロン新大統領の誕生を喜ぶ人々(勝利宣言の会場で 撮影 小林恭子)
マクロン新大統領の誕生を喜ぶ人々(勝利宣言の会場で 撮影 小林恭子)

その後、フランス大統領選では国民戦線のルペン氏を抑え、親EUのマクロン大統領が誕生した。ここでも「ポピュリズムを抑えた」と言う声も出た。

ここまでの文脈では「ポピュリスト=右派系=排他的政党=悪」というイメージがある。しかし、ポピュリスト政治の定義は実はもっと広いものであり、必ずしも悪とは言えない。

「ポピュリストの政治」について、その由来や欧州での意味合いを水島治郎千葉大学教授の名著『ポピュリズムとは何か』(中公新書)やメディア報道、現地取材などから考えてみた。

語源はラテン語「ポプルス」

欧州で「ポピュリズム」の語源をたどれば、ラテン語の「ポプルス」に行き当たる。英語では「ピープル」(人々)の意味である。古代ローマでは政治勢力の1つとなり、ジュリアス・シーザーなどが直接国民に訴えかけることで元老院を迂回しようとした。

『日本大百科全書』は、「もともとは19世紀末にアメリカ南西部で農民層を中心に結党され、民主化、景気対策、土地所有制限、大企業の寡占防止」などを要求した人民党(People’s Party)の政治運動」をポピュリズムの具体例として挙げる。

『ブリタニカ国際第百科事典』によると、同時期、ロシアでもナロードニキ(人民党)運動が発生する。これは「ツァー体制打倒を目指す知識人たちが農村を拠点として展開した社会主義運動」であった。

1930年代以降は、「都市化の進んだ中南米諸国で相次いで出現し、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、ペルー、ボリビアなど」に広がった(『日本大百科全書』)。

ポピュリズム政治の具体例として、英ニュース週刊誌「エコノミスト」は先のオランダの自由党のほかに、スペインのポデモス、ボリビアのモラレス政権、フィリピンのドゥテルテ大統領なども含める(2016年12月19日号)。

1950年代前半の反共産主義「マッカーシズム」やオバマ米元政権を批判した「ティーパーティー運動」もポピュリズムの一環として含める場合もあり、その範囲は非常に広い。

日本語でも「人民主義」、「民衆主義」という肯定的な言い方が使われる場合と「大衆迎合主義」、「衆愚政治」など否定的な意味で使われる場合がある。

改めて、その特徴は何になるのか。

直接訴える政治とエリート批判の政治運動と

水島教授は著書『ポピュリズムとは何か』の中で、ポピュリズムについての2つの定義を紹介する。

第1の定義は「固定的な支持基盤を超え、幅広く国民に訴える政治スタイル」(日本の中曽根首相、英サッチャー首相、フランスのサルコジ政権など)だ。第2の定義は「『人民』の立場から既成政治やエリートを批判する政治運動」だ。

教授は、欧米で広がるポピュリズムを後者に当たる「エリートと人民」の対比を軸とする政治運動と見る。

この意味の政治運動の1つ目の特徴は「人民」を主張の中心に置いていること。この人民は特権層に無視されてきた「普通の人々」である。しかし、同質な特徴を共有する「われわれ人民」とそれ以外の人とを区別する面がある。このため、「外国人や民族的・宗教的マイノリティは『よそ者』として批判の対象となる」。

第2の特徴は人民重視の「裏返しとしてのエリート批判」。

第3が「カリスマ的リーダーの存在」。

第4が「イデオロギーにおける『薄さ』」だという。「支配エリートの持つイデオロギーや価値観が変われば、ポピュリズムの主張もそれに応じて変わる」。

また、「下からの政治運動」ともいえるという。これにぴったりするのが、英国で欧州連合(EU)からの離脱を求めてきた英国独立党だ。自らの選挙陣営を「民衆の軍隊」と呼び、グラスルーツで始まった離脱へ向けての運動が既存勢力を動かした。典型的なポピュリスト政治だった。

水島教授はもともとオランダ政治史が専門だが、「既成政党に対する不信」、「グローバル化による格差拡大」、「イスラム移民に対する批判の高まり」といった要素が「オランダに限らず(2014年以降の欧州各地でのポピュリズム政党に)広く共通」していると思ったという(中公新書ウェブサイトのインタビュー、2月1日)。

現代のポピュリズムにはグローバル化や欧州統合など「エリートが民衆の意見を無視して一方的に進める動きへの反発が根底にある」と指摘する(同サイト)。

右派ポピュリズム(欧州の多くの国)と左派ポピュリズム(スペイン)の例があり、南北アメリカでは過去に「権力を独占するエリートに対する民衆の解放運動」という側面があった。

教授はポピュリズムを害悪として一方的に断ずることには「慎重であったほうがいい」と述べる。

オランダでポピュリズム支持の理由を再考

ポピュリズム=悪という定義でとらえないとしたら、オランダの自由党支持にはどんな背景があるのだろうか。

オランダのテレビのインタビューに答えるウィルダース氏
オランダのテレビのインタビューに答えるウィルダース氏

3月、筆者はオランダ下院選取材のためオランダに出かけた。反イスラム教・反移民のウィルダース氏の自由党が第1党になるのではないかという見込みが出て、欧州内で排外主義の波及を懸念した外国メディアがオランダに大挙した。筆者もその一人だった。

選挙後、自由党は第3党から2党になり、議席数も5議席伸ばしたものの第1党にはならず、予想は大きく外れた。例え第1党になっても、小政党が乱立するオランダでは連立政権が定番で自由党と政権を組みたいというほかの政党はほとんどなかったため、ウィルダース氏が政権を取ることはほぼ実現不可能だった。私を含む外国メディアはウィルダース氏の「コーランを禁止せよ」などの過激発言に惑わされた。

オランダ在住の京都外国語大学非常勤講師、前川愛氏は「移民排除はありえないオランダの成熟度」(読売新聞オンライン、3月28日付)で多文化社会が健在であることを紹介した。

しかし、自由党が堅実に支持者を得ているのは事実だ。前川氏はその理由の1つに高福祉政策を挙げる。政府が緊縮財政を理由に年金支給開始年齢を65歳から67歳に引き上げることを決定する一方で、「自由党は65歳に戻すことを主張している」という。

シェファー教授(撮影 小林恭子)
シェファー教授(撮影 小林恭子)

3月の下院選で自由党が獲得したのは20議席。アムステルダム大学などで教えるポール・シェファー教授によると「有権者の6人に一人が自由党に投票したが、5人は自由党以外に投票した。決して、過半数の政党ではない」と指摘する。

その上で、シェファー氏は、自由党や国民戦線など排他的な政策を持つ政党が欧州で人気を得ている理由について、「市民の中に守られたいという意識が強まっているため」と分析する。

「グローバル化が自分たちの福祉制度を脅かしていると市民は感じている。同時に、価値観の異なる移民が社会の一員となることで自分たちの価値観や文化が破壊されることへの脅威がある」。

社会福祉的にも、文化的にも保護されたいという要求が強くなっており、その両方を満たす政策を掲げているのが自由党や国民戦線だ。

「自分たちのこれまでの価値観や文化が脅かされていることに対する危機感は、市民の経済状態や教育程度にかかわらず、共有されている」。

問題は、「こうした危機感に対し、安定した、知的な回答をリベラル層・知識人が持っていないことだ」。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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