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NBAが史上初めてインドでの試合開催を決定。渡辺雄太と幻のインド人初のNBA選手との違いは何か。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 米プロバスケットボールNBAは20日、NBA史上初めてインドで試合を開催すると発表した。

 来年10月4、5日にインドのムンバイでインディアナ・ペーサーズとサクラメント・キングズがプレシーズンマッチを行う。米4大スポーツとしてもインドで試合を開催するのは初めてのことだ。

 NBAにとって、人口13億人のインドは魅力あるマーケット。2011年にはムンバイにオフィスを開設し、NBAファンを拡大するべく準備を進めてきた。インドでプレシーズンマッチを行うキングズのオーナーは、NBA初のインド出身オーナーのヴィヴェック・ラナディヴだ。

 インドでNBAファンを獲得するために、最もインパクトがあるのは、インド出身の選手がNBAでプレーすることだろう。自分たちと同じ国で生まれ育った選手がNBAでプレーするようになれば、人々は関心を寄せるようになる。NBAもインドのファンたちも、中国のスターからNBAのスターとなったヤオ・ミンのような象徴的な存在を欲している。

 NBA初のインド出身選手が誕生しそうだ、というところまではたどり着いたことがある。

 2015年のNBAドラフトでインド人選手が指名された。NBAにとっても、インドにとっても歴史的な出来事だった。2巡目52位でマーベリックスから指名されたのは、身長217センチメートルのセンター、サトナム・シンという選手だ。

 シンはインド北部の農村地帯で育った。どこまでも農地が広がるような風景のなか、農業を営む両親のもとで育った。農村地帯での暮らしは経済的に恵まれていたとはいえず、シンは学校教育を十分に受けていなかったようだ。

 シンは背の高い父に似て、子どもの時から身長が高かった。9歳で身長160センチに達していたという。周囲からバスケットボール選手になることを勧められ、10歳の時に、インドのアカデミーでバスケットボールを始めた。このアカデミーに入るまで、バスケットボールがどのようなものか、あまり分かっていなかったそうだ。

 シンが練習していたアカデミーは、かろうじて雨がしのげるような施設で、お世辞にも近代的な育成施設とは言えない。どんどん大きくなる足のサイズに合ったバスケットシューズを買うこともできず、アカデミーから支給されるようなこともなかった。大きな穴が開いたまま、靴底が外れかかっているようなシューズを履いて練習していた。

 そんな時、スポーツ選手育成で知られる米国IMGアカデミーがインドでセレクションを開催した。(IMGアカデミーはテニスの錦織を輩出しており、現在はバスケットボールの田中力らが学んでいる)。

 IMGアカデミーは高身長のシンに目を付けた。インドの農村で育ったシンは大きな決断をして、奨学金を得て米国フロリダ州のIMGアカデミーで高校生活をスタートさせた。2010年のことだ。

 IMGアカデミーでバスケットボールの練習を始めたシンだが、チームメートと比べると基礎的な技術が全く身についていなかった。しかも、インドでも十分な教育を受けていなかったためか、ほとんど英語でのコミュニケーションができない、という大きなハンデもあった。それでも、真面目なシンは、勉強とバスケットボール漬けの日々を送った。少年ながらに、インドを背負っているという気持ちもあったようだ。

 しかし、IMGアカデミーから卒業する時期が近づいても、進学先が決まらなかった。猛勉強にもかかわらず、シンの英語力が全米大学体育協会NCAAの求める基準に達していなかったからだ。大学進学が難しいシンは高校卒業後に1年だけアカデミーに残り、そこから直接NBA入りを狙うことにした。

 そして、シンは、2巡目52位という下位ながらNBAのドラフト指名を受けた。シンのインド時代やIMGアカデミーでの様子は「ワン・イン・ア・ビリオン」というドキュメント映像にまとめられている。ドキュメント映像はシンがマーベリックスから指名を受けたところでハッピーエンドとなる。

 しかし、現実は甘くはない。指名はされたが、シンはNBAではプレーできず、マーベリックスの下部リーグでプレーすることになった。そこでも十分な出場機会が得られなかったシンは、一度はインドのリーグに戻った。今シーズンはカナダのナショナル・バスケットボール・リーグに在籍している。

 NBAのメンフィス・グリズリーズからNBAデビューを果たした渡辺雄太は1994年10月13日生まれの24歳。シンは1995年12月10日生まれの23歳。同年齢の2人だが、NBAへの道は大きく異なる。

 渡辺は尽誠学園から米国のセント・トーマス・モア・スクールに留学し、全米大学体育協会NCAA1部のジョージ・ワシントン大学へ進学。ひとつずつ階段を昇りながら成長し、ドラフト指名はされなかったが、ツーウェイ契約を結び、NBAデビューを果たした。

 渡辺はシンにないものを持っており、選手としての資質の違いが大きいのだろう。それでも育成環境の差もあったと言えるのではないか。インドでバスケットボールを始めたシンだが、エリート選手として育成された期間は、実質的にはIMGアカデミーで過ごした4年半しかなかった。高校での勉強では追いつけないほど、学力でも遅れを取っていた。シンの努力の末の挫折は、逆に、NCAA1部の大学からNBAデビューした渡辺の頑張りと素晴らしさを改めて実感させるものであるとも言えるかもしれない。

 しかし、インドには、シンに続こうという選手たちがいる。Gリーグには2018年10月時点で、インド出身選手が2人いる。また、インド系カナダ人のシム・ブラーは、キングズからNBAデビューした経験がある。

 NBAは2017年にインドのデリーでNBAアカデミーをオープンさせた。NBAのプレスリリースでは、トッププロスペクトの男子、女子をエリートバスケットボール選手として育成するためのトレーニングセンターだという。

 エリート選手の育成環境は少しずつ整備されているようだ。NBA初のインド出身選手が誕生するのは時間の問題かもしれない。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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