フェンシング全日本選手権での心拍数表示。米プロスポーツ界では、なぜ、できないのか。

(写真:田村翔/アフロスポーツ)

 今月9日、フェンシングの全日本選手権個人戦各種目の決勝が、普段は演劇などを上演する劇場で行われた。

 日本フェンシング協会は「今までにない観戦の形」を提供しようと、さまざまな挑戦をしたようだ。劇場での決勝は舞台にスポットライトが当たり、大型のビジョンには選手の心拍数がリアルタイムで表示された。

 各メディアの報道によると、チケットは完売で、会場は満員だったそうだ。新しい挑戦は大成功だったといえるのではないか。

 しかし、米国のプロスポーツから見れば、大型のビジョンに選手の心拍数を表示することは、繊細な問題も含んでいる。NBA、MLB、NFLなどの選手会は、選手の生体情報を収集して公開することで、プライバシーを侵害されたり、契約交渉で不利になることを懸念している。そのため、労使協定には、経営者側が選手の生体情報を収集、利用することに一定の制限をつける条項を盛り込んでいるのだ。

 最近は、テクノロジーの発展によって、さまざまなデータがリアルタイムでテレビ画面に映し出されるようになった。たとえば、野球ならば、投手の投げたボールの回転数や、打者の打った打球の角度やスピードが瞬時に分かるようになった。サッカーなどでも選手の動きをトラッキングするのは当たり前になっている。

 米国では、これらは選手のパフォーマンス情報ととらえ、心拍数や体温などの生体情報とは種類の違うものと考えられている。パフォーマンス情報は公開にしても良いが、生体情報は個人のものと捉えられているようだ。

 米国のプロスポーツで選手会側が生体情報のデータの公開に慎重になっているのは、経営者側が選手の情報を管理することになると、契約交渉や試合での起用で不利になるという心配からだ。生体情報は本来、選手個人のものであるのに、それを経営者側が収集、管理して、契約条件の材料に使われるかもしれない。また、フィールドを離れている時間でも、生体情報の提供を求められると、就寝時刻や睡眠時間、食事時刻などが経営者の手に渡り、プライバシーがなくなることを恐れてもいる。世界のトップに立つ選手たちの生体情報は価値あるもので、他者にデータの収集、管理の権利を与えると、貴重な個人情報が売買されることも想定される。

 ここ数年、大学スポーツでも生体データの収集が行われるようになっている。スポーツ用品メーカーと提携して、データを収集している大学もある。大学スポーツは、プロスポーツと違って、選手会が存在しないので、大学生アスリートは生体情報の提供を拒否するのが難しく、倫理的に問題なのではないか、という意見もある。

 もちろん、これらのデータを収集し、分析することで、怪我やパフォーマンスの向上に役立つこともある。集めたデータの所有者は誰なのか。どこまで共有できるのかが、ポイントだ。

 ただし、米国でも、若い世代の選手のほうが、経営者側と生体情報を共有することに抵抗がないとも言われている。数年後、米国の各プロスポーツの労使交渉では、選手会側が生体情報の共有や公開に合意しているかもしれない。そのときには、2015年のバレーボールワールドカップの中継と、日本のフェンシング界の試みはおおいに進んでいた、と捉えられるだろう。