コロナ禍で苦境のスポーツ選手 サポートする側に求められる「変化」と「視点」城北信用金庫の場合 

大前孝太郎理事長(中央)と城北信用金庫所属のアスリートたち 提供:城北信用金庫

「コロナ禍で継続してアスリートを支える」城北信用金庫 大前孝太郎理事長インタビュー  

2020年東京オリンピック・パラリンピックは延期が決定し、選手たちは先行きの見えづらい状況の中でパフォーマンスを維持するという難しい調整を余儀なくされている。

今年5月末に行われたアスリートを対象とするアンケート調査では、ほぼ半数の選手が活動の自粛があったことが報告されている。これまで五輪を目指して来ながらもコロナ禍における生活不安から、競技を断念する選手も現れた。これら不安定な状況にある選手を前に「2020東京」を合言葉に選手を支援していた所属やスポンサー企業は、改めてそのポリシーを問われるかたちとなった。  

ここでコロナ以前から、選手の不安を払拭しているユニークな支援企業に注目した。東京都北区に本部を構える城北信用金庫である。同金庫の大前孝太郎理事長は「我々は弊金庫に所属する選手を単なる広告塔としては見ていません」と公言し、在籍する6人の女性アスリート全員を正規職員として雇用している。現在、五輪に出場する選手が企業に所属する場合は、雇用形態が単年度ごとの契約社員がほとんどであり、コストが人件費ではなく販促や宣伝費で計上されている。当然ながらメディア露出の多い種目が優遇される。最たるものが、競技時間の長いマラソンや駅伝である。一方、城北信用金庫に所属しているのは、テコンドー・走り幅跳び・カヌー・フェンシング・フリースタイルスキーと言ったスポーツ紙でも取り上げられることの少ない種目の選手たち。マイナースポーツの選手を正職員として雇用する。異色とも言えるこのアスリート支援ポリシーは理事長の大前のキャリアに起因している。大前は前職が内閣府の官僚で、国作りの政策に関わる中、スポーツの分野にも大きな関心を持っていた。ここに分け入って調査と議論を重ねており、日本のアマチュアスポーツを取り巻く現状と課題を熟知していた。その分、自らが経営者に転じた際、企業側からの観点のみならず、アスリートにとって必要な支援を提供できる知見がすでに備わっていた。どんな調査と思考の末、今に至るのか。まず、内閣府時代の話から、聞き始めた。

「官僚時代から考えていましたが、もう日本はモノづくりだけでは国際競争の中で生き抜いていけないというのが、私の分析です。そうするとハードではなく、ソフトを作らないといけない。スポーツはその重要なソフトのひとつです。スポーツの総合的価値を見直すと、教育的な部分だけではなく、ビジネス、生涯施策などの多面的な価値があることに気づきます。スポーツ庁の必要性というのは、それまで学校体育は文部科学省、障がい者スポーツは厚生労働省、スタジアム建設は経済産業省というように、行政が縦割りになっていたその弊害を正すということ。つまりは横串を通すことにありました。大切に思ったのは、アマチュアスポーツについての議論ですね。すそ野を広げていくことです。若い世代がスポーツをする環境を作ってどう社会で活用していくのか。私はファーストキャリア作りという言い方をしていますが、例えば大学を卒業して最初に就職する際の環境をどう整備するか。そこでの体験が現役を引退した後の仕事や生き方、つまりはセカンドキャリアに大きく影響してきます。日本代表の選手などで典型的なのは大学の客員講師になることがあげられますが、これも枠が少ない。就職ができないことでドロップアウトさせずにどう社会として活用していくのかを考えていました」

 内閣府時代に考えていたスポーツ支援に対する理念と具体性は、自身が金融機関の経営者になったときに満を持して活用された。

継続支援と地域密着

「元々、僕はアスリートの引退後のキャリアに対する問題意識を持っていたので採用する際に、『金メダルを取るのは凄いことだけれど、引退後の方が人生は長いのだから、その先も考えて行動して欲しい』とまず伝えました。そのためには企業側も変わらないといけない。スポーツ支援をする上で、実際に各企業のファーストキャリアをデータで見ると、アスリートの雇用形態は契約社員がほとんどで結果主義。例えば契約条項に世界選手権でベスト10から落ちたら契約更新しませんとか、そんなものが入っていたりする。追いつめて、スポーツで競技成績さえあげてくれれば良いというものですね。それもあって良いと思いますが、うちはチャレンジとして、結果主義ではない普通の金融機関の職員として、同じく期限の無い正規雇用でいくと発表しました。だからこそ、少しでも社会を見てほしいと伝えました。ケガをしたり成績が悪くても短期間で切るとかは絶対にないのだから、その分、余裕をもって空いた時間を地域について考えることに使ってほしいのです」

 大前がアスリートと社会との接点を考えた時、そのマッチングポイントは地域密着だった。会社に対する貢献だけではなく、スポーツによる地域社会支援。最初に始めたのは、小学校などに出向いての講演会やスポーツ教室の開講である。機能して行けば、当然、選手には活動の中で社会性が備わり、地域の人々もまたスポーツの存在意義に気づいていく。

「うちに入って競技に集中してもらってもちろん構わないけども、可能な範囲で地域貢献活動に積極的に対応して欲しい、と。コロナの前、選手たちは行政とも連携して60校近くの小中学校で講演を行いました。北区のスポーツイベントにも参加しましたが、そのニーズも高かったです。子どもたちからのフィードバックもたくさんあるので選手たちもやりがいも感じていました」

 テコンドーの山田美諭も意識は高かったという。アスナビという制度をご存知だろうか。JOC(日本オリンピック委員会)による選手に対する就職支援のシステムで、オリンピック・パラリンピックを目指すトップアスリートと企業を結び付けるシステムである。2015年、当時大東文化大学の学生であった山田美諭はこのアスナビのオーディションに一人でやってくると、自己紹介をしたあと、得意の中段から上段の二段蹴りを披露してみせた。徹底的に鍛え抜かれた体幹の強さによって繰り出されるこの蹴りの美しさに圧倒された大前は、テコンドーそのものの魅力に魅かれて採用を決めた。

「167センチの山田の蹴りが、185センチの男子選手の顔面に届く。まさに身体が織りなすアートだと思いました。2020年の東京五輪開催が決定したあとは、いろいろな種目の代表選手が学校に請われて講演なんかをするわけですが、それもテコンドーが一番盛り上がりました。彼女自身が、地域との関係性を熱心に語っていて、子どもテコンドー教室等の構想も考えていました。こういう活動もコロナが収束したら、また復活させていきたいです」

 山田は今年2月の日本代表選考会でも優勝を果たしており、企業ポリシーと選手実績を両立させている。アスナビにおける良きマッチング事例であろう。

支援企業としてのガバナンスの促進

大前理事長 提供:城北信用金庫
大前理事長 提供:城北信用金庫

一方、テコンドーと言えば、昨年、前体制にあった協会が遠征費用における使途不明金問題などで、ガバナンスに反しているのではないかと選手たちから指摘が重なった。ワイドショーで取り上げられたこともあり、競技自体にマイナスのイメージが付着した。その際、大前は支援企業の立場から、「自分たちのような金融機関からすれば明細が出ない報告というのは、納得できません」と是正を企業の立場から、提言している。

当時のテコンドー協会理事でアスリート委員長の任にあった高橋美穂は「選手の支援のみならず、ガバナバンスについて、スポーツ界の常識は一般社会での非常識です、とやんわりと指摘して下さった。協会の自浄作用を促す意味でもありがたいことでした」と語る。

 大前は「あの件については陸上や水泳と違ってテコンドーの協会規模が圧倒的に小さいということが原因としてあったと思います。うちの山田に限らず、テコンドーの選手は皆、素朴でストイックです。あの子たちが声をあげたのは、本当に辛かったのだろうと思います。でも災い転じて福となるべく、新体制になってこれから社会に向けてのコミュニケーション戦略をしっかりと発信していけば、これはすごく人気の出るスポーツになっていくと思います」

 アスナビに来るのはマイナースポーツの選手がほとんどであるが、そこからくみ上げて選手とともにメジャーに育てて行くー。この試み自体が、ひとつのグランドデザインだが、大前はさらにその先を見据えている。今年、城北信用金庫はテコンドーのプムセ(型)の選手である梅原麻奈を採用した。梅原は、自立した言葉で、テコンドーのあり方を語れる選手だと周囲は語る。アスナビは先述したようにオリンピック・パラリンピックの強化指定選手が登録されるが、残念ながら、プムセは五輪種目に入っていない。つまりは、五輪にとらわれず、独自のアンテナでアスナビの対象にならない選手もまた見逃さずに採用する。サポートのマインドが制度よりも前に進んでいる。何より企業側も選手たちも、コロナ禍で浮足立っていない。長期支援と地域密着で、継続と普及育成を活性化させる。「城北信用金庫方式」は日本のアマチュアスポーツのすそ野を広げている。