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国民を統合する象徴天皇へ 戦没者追悼式での「おことば」から見えるその意識

河西秀哉名古屋大学大学院准教授
全国戦没者追悼式での天皇・皇后、菅総理大臣(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で行われた。

 現天皇は、即位して3回目の戦没者追悼式での「おことば」である。追悼式での「おことば」は過度な修飾や形容はせず、短い言葉でなされる。令和に入って、若干、耳で聞いてもすぐに頭に入りやすいような平易な言葉に直された以外は、基本的には平成の天皇の「おことば」を引き継いでいる。いわゆる「平成流」と呼ばれるような戦争の記憶に向き合い、平和主義を貫く象徴天皇のあり方を、戦後生まれの現天皇も継承したのである。

 しかし、昨年は新型コロナウイルスの感染拡大状況を受け、この「おことば」の構成が大きく変化した。従来は三段落で構成されていた戦没者追悼式の「おことば」に、新型コロナウイルスの問題に関する一段落が増えたのである。それは、次の一節である。

私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、新たな苦難に直面していますが、私たち皆が手を共に携えて、この困難な状況を乗り越え、今後とも、人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います。

 これが従来の二段落目と三段落目の間に入り、そして第四段落となった平和を希求する文言へと繋げている。新型コロナウイルスに関しては、ともすれば政府の政策にもかかわる問題だけに、日本国憲法の「象徴」規定上、政治的な発言が許されない天皇は直接的なメッセージを発することはできない。そうした制約があるゆえに、感染症の拡大に苦しむ人々に対して「私たち皆が手を共に携えて、この困難な状況を乗り越え」ようと呼びかけ、励ましとも言えるような文言を加えたのだろうと思われる。

 ただし、戦没者追悼式の趣旨とは異なる新型コロナウイルスの問題について触れたことについては様々な意見があったことも事実である。

 では、今年はどうだったのか。第一段落・第二段落・第四段落はまったく文言を変更していない。つまり、「平成流」を継続させる意思を示したと言える。問題は第三段落の新型コロナウイルスに関する言及である。

 まず、「感染拡大により、新たな苦難に直面」とした部分が、今年は「厳しい感染状況による新たな試練に直面」に変わった。「厳しい」という文言からもわかるように、一年以上も感染拡大が続く現状への危機感が読み取れる。一方で、「苦難」を「試練」と変えていることも興味深い。天皇は年頭のビデオメッセージでも「試練」という言葉を使うなど、最近、新型コロナウイルスの問題でこの言葉をよく使用している。おそらく、「試練」は「乗り越える」ものだという意識があるのではないか。つまり、この状況はいつかは「乗り越え」られると見ているのだろう。

 そして、「私たち皆が手を共に携えて、この困難な状況を乗り越え、」という部分が、「私たち皆がなお一層心を一つにし、力を合わせてこの困難を乗り越え」という表現に変化したことも重要である。「手を共に携えて」以上に、「なお一層心を一つにし、力を合わせて」は天皇自身の意思を強く感じさせる。昨年以上にこの状況を変化させるため、自身が主体的かつ積極的に、この問題に取り組む意思を示したのである。

 新型コロナウイルスの感染拡大は、日本社会に様々な対立や分断を生み出した。こうした状況を踏まえ、天皇は自らその統合を果たすことの決意を表明したとも考えられる。つまり、「国民統合の象徴」ではなく、「国民を統合する象徴」としての意味をこの「おことば」に込めたのではないだろうか。

 こうした意識は、実は平成の天皇はその在位30年あまりのあいだに少しずつ醸成していった。しかし、現天皇は即位してまだ3年あまりである。その意味ではかなりペースは速い。それは、新型コロナウイルスの感染拡大という危機がそうさせたのではないか。では今後はどういった意識を見せていくのだろうか。様々な儀式などで発せられる「おことば」が注目される。

名古屋大学大学院准教授

1977年愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(歴史学)。日本近現代史、そのなかでも特に象徴天皇制を専門としている。京都大学大学文書館助教、神戸女学院大学文学部准教授などを経て、現在は名古屋大学大学院人文学研究科准教授。2016年8月の平成の天皇の「おことば」以降、テレビ・新聞・雑誌などのメディアで評論やコメントなどを多数発表。

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