「広告」で法律を変える。"宣伝"を超えた現代の企業PR

カルフールのキャンペーン「Black Supermarket」のPR動画より

参院選が終わった。我々は議員が決まれば、「法律づくりやその見直しは政治家に任せておけばよい」とつい考えがちだ。しかし、世界には、ひとつの広告がきっかけとなって法律が変わるケースもある。国際クリエイティブ祭「カンヌ・ライオンズ2019」で高く評価された受賞作より、今回は「法律を動かした(動かそうとしている)」キャンペーンを3つ紹介してみたい。

オーガニック農家を応援するカルフールの"闇市"

2017年9月。フランスのスーパーマーケットチェーン「カルフール」が、あるプロジェクトの立ち上げを発表した。それは"非合法"の種子から野菜を栽培する農家を支援するため生産者と5年間の契約を交わし、彼らが栽培した野菜を一部店舗内の"ヤミ市"スペースで販売するという計画だ(Black Supermarket)。

"非合法"と言っても、カルフールが販売したのは健康を害する食品ではない。むしろオーガニックに栽培された美味しく健やかな野菜たちである。

EU圏内では野菜や果物のうち、97パーセントの品種は栽培しても合法的に市場に出すことができない。農薬業界による長年のロビー活動の影響もあって、栽培種が厳密にリスト化されているからだ。合法的な果物・野菜類は、品種改良によって大量生産が可能で、農薬への耐性を持つものが大半である。

日本でも近頃では「伝統野菜」の価値が見直されているが、これらの多くは栽培が難しく、種が絶滅したものもある。国連食糧農業機関(FAO)によれば20世紀以降、世界にかつて存在した農業品種のうち約90%が失われたという。

カルフールの「ヤミ市」では、トマトやかぼちゃなどイリーガルな品種の作物を堂々と販売し、現行の法制度では栽培ができない600品種のタネも展示した。そして署名サイトの「change.org」で法改正のアピールをしようと来訪者に呼びかけた。

このキャンペーンはメディアで話題となる。短期間に約85000の署名が集まり、11月にはヨーロッパ議会に改正法案が提出され、翌年春には「オーガニック農業改正案」が議会を通過、合法種リストの見直しが行われることになった。

そもそもこの法改正の取り組み自体は、カルフールが始めたものではない。オーガニック作物を生産する農家が中心となって声をあげてはいたのだが、議会の壁に阻まれてきた。罰金を科せられ経営が立ち行かなくなった生産者もあるという。潮目が変わったのはカルフールによるサポートが始まってからだ。

本拠地をフランスに持ち、EU圏をメインとして世界各国に約12000店を展開する大企業が、生産者をサポートすることで政治家にインパクトを与え、スピーディに事が運んだところがこのキャンペーンの成果である。

カルフールはこの取り組みを、「食の質の向上」と「生物多様性の保護」を目的とした長期におよぶ"戦い"と位置付けている(プレスリリース)。

前回の記事(社会的メッセージ性の高い広告に効果はあるか?)でも解説したように、世の中を動かす"目的"(purpose)を持つプロジェクト型のキャンペーンに共感が集まる時代になっているということが、この例を見てもおわかりいただけるだろう。実際この取り組みを行うことで、カルフールに対する好感度スコアが65%から73%に上昇したというデータもある。

法律が変わり、子供が喜び、商品も売れる

次に米国の老舗レモネードブランド、カントリー・タイム(クラフト・ハインツ社)による「リーガル・エイド」というキャンペーンをご紹介したい。

よく知られているようにアメリカでは夏休みになると、多くの子供たちが道端にスタンドをこしらえて手作りのレモネードを販売する"伝統文化"がある。

お小遣いが稼げるだけでなく社会勉強にもなる古き良き慣習だが、最近ではそんな夏の風物詩も廃れ気味なのだそうだ。州によっては法律が厳格になり、許可なく露店を出すと警官は相手が子供であっても容赦なく取り締まる(実際には見て見ぬふりのユルい地域もあるようだが)。許可を取るのもなかなか面倒らしい。

そこでカントリー・タイムが始めたのは、子供たちに代わって罰金を支払うなど、レモネードスタンドを法律から守る取り組みだ。現在も特設サイトから申請できるようになっており、1スタンドにつき最大300ドルまでの支援金が出るという。

どこの国でも、マスコミはこの手の"いい話"が大好物だ。キャンペーンは多くのメディアに取り上げられた。そして、先ほどのカルフールの取り組みもそうだったように、政治家はメディアが作り出す"世論"に弱い。

結果、コロラドを始めいくつかの州が子供のレモネードスタンドに関しては例外措置を講じたり、手続きを簡略化する法改正を行うことになった。

このキャンペーンにはもうひとつの"いい話"がある。時代の波に押され売り上げが低迷、クラフト・ハインツ社がいつ生産終了を決めてもおかしくない状況に陥っていた老舗ブランドが、キャンペーンをきっかけに息を吹き返し、この7年間で最高のセールスを記録した。

社会へのアクションとブランドの成長を両立する、purpose時代のお手本のようなマーケティング施策である。

「なぜ生理用品は贅沢品なのか?」を世に問う

まだ法改正にはいたっていないが、現在、それに向けて取り組み中のキャンペーンもある。

EU諸国では消費税(付加価値税)が日本に比べて高い。例えばドイツでは19%である。多くの食料品や日用品は軽減税率が適用され7%になるが、生理用品の「タンポン」はなぜか贅沢品とされ税率19%だという。

油絵やキャビア・トリュフでさえ7%であると考えると奇妙な話だが、この税法が制定された時代には議会に男性議員しかおらず、当時の取り決めが見直されることなく現在にいたるまで続いているようだ。

この現状にモノ申したのが、オーガニックコットンを使用したタンポンを販売する「ザ・フィメール・カンパニー」である。同社は法の抜け穴をついた。おまけ付きの書籍『タンポン・ブック』を制作して販売することにしたのだ。

イラストをふんだんに使って同社の考え方を伝える46ページのビジュアル冊子に、15個のオーガニック・タンポンが付いてくる。すると消費税は書籍に適用される7%となる。

税逃れが目的なのではなく、話題にして共感者を増やそうとしている。同社は法改正を訴えて、現在も「change.org」上で署名活動を行っている。

7月26日現在、目標20万人に対して17万9000人以上が賛同しているところを見ると、もう少しで目標に到達しそうな勢い。もしかすると来年あたり、ドイツで法改正が行われ、タンポンは贅沢品リストから外れることになるかもしれない。このキャンペーンは今年PR部門でグランプリを受賞している。

時代にもっと企業のアクションを。PRの可能性

今回は法律を動かした・動かそうとするキャンペーンを3つ紹介してきた。これらを推進したのは政治団体や非営利組織ではなく、民間企業であることに改めて注目したい。政治活動ではなく、ビジネスの一環として法改正を施策のゴールに据えている。NPOなどが行う取り組みとも異なり、あくまで"PR活動"なのだ。

「PR」という言葉は一般に、幅広く"宣伝"といった意味合いで取られることも多く、ときに誤解を招く。「施策がどれくらい多くのメディアで取り上げられたか?」「SNSでシェアされたか?」といった数値で成果を図ることが大半だ。しかし、実はそれはPRの「ゴール」ではなく「プロセス」を語っているに過ぎない。

PRは「パブリック・リレーションズ」の略語であることからもわかるように、本来は企業や組織のメッセージを広めながら、社会的合意形成を目指す行いのことだ。

1970年代からアップルやインテルのPRコンサルティングを務め、現在は国内外の大学でも指導を行う井之上喬氏(井之上パブリックリレーションズ社長兼CEO)による書籍『パブリックリレーションズ』には次の一節がある。

「世界で70億人を超える人が、多くの言語や文化をもち、その中でグローバルに生きる21世紀は、情報発信者と一般社会(パブリック)との良好な関わり(関係:リレーションズ)の構築が何より求められるのである。

こうした時代にあって、経済学、社会学、経営学、心理学、政治学など20を超える学問領域をカバーしているパブリック・リレーションズは、プロブレムソルバー(問題解決者)として必要とされるに違いない。人口・食糧問題・地球環境問題、民族紛争、デジタル・デバイドなど、これらの問題解決をとっても、インターメディエイター(仲介者)としてパブリック・リレーションズの実務家に課せられた責務は重大である」

井之上氏が言うようにPRは学問でもあり、その知見や手法が活きる領域は広い。カンヌ・ライオンズをウオッチしていると、企業PRが"宣伝"をはるかに超えたものになり始めていることに気づく。こういった現代的な発想を持つキャンペーンがなかなか生まれないのは、日本の課題ではないだろうか。もったいない話である。