漁獲規制によって、大西洋クロマグロの資源量が急回復し、漁獲枠が増加されます
漁獲規制の成功により、大西洋クロマグロの資源量が回復し、漁獲量が増える見通しです。地球の反対側からの明るいニュースですが、ここに至る道のりは平坦ではありませんでした。今日はこのニュースの背景について、解説をします。
まず、今月22日、大西洋クロマグロを管理している国際委員会(大西洋まぐろ類保存国際委員会 ICCAT)で、来年以降の漁獲枠拡大が合意されたことが一斉に報じられました。
ワシントン条約での最初の議論(1992年)
一時は絶滅の危機も指摘された大西洋クロマグロについて、過去の規制の動きをみてみましょう。大西洋クロマグロは、日本も含む関係漁業国が、大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)という国際組織を構成して、管理をしています。ICCATは1969年に発効した歴史のある団体ですが、大西洋クロマグロに関しては、十分な規制ができないまま乱獲が進行し、環境保護団体から非難の声が上がっていました。
このような背景から、1992年にスウェーデンが大西洋クロマグロをワシントン条約で規制することを提案しました。このときは、日・米・カナダ・モロッコが漁獲割当量を半減させるなどの自主規制の方針を示して、規制は見送られました。当時のスウェーデン提案は、それほど多くの国の支持を得ていなかったようです。
機能しなかった自主規制
残念ながら、自主規制は一部の地域でしか機能しませんでした。大西洋クロマグロはメキシコ湾と地中海の二箇所の産卵場を持ち、メキシコ湾の産卵群の保護は進んだのですが、対照的に地中海での漁獲が急増しました。
地中海の漁獲が急増した要因は日本市場向けの畜養が広まったことです。リビア、トルコ、モロッコなどの地中海諸国が1990年代後半から畜養事業に参加し、日本への大西洋クロマグロの輸出が急増します。畜養の場合は、魚を獲る国と魚を育てる国が違うケースが多く、漁獲量や魚体などのトレースができない中で、漁獲量の過小報告などの不正が蔓延しました。漁船や畜養イケスの設備能力が漁獲枠を大幅に超えており、実際の漁獲量と同じぐらいの不正漁獲が存在したと管理機関ICCAT自身が認めています。そして、これらの魚の出口はトレーサビリティが欠如した日本市場ですから、我々日本人にも関係が無い話ではありません。
ICCATは、科学委員会の勧告に従って、1990年代後半から漁獲枠を設定しました。下の図の赤い線の漁獲枠(漁獲上限)で、青と黄色が報告された漁獲量です。報告された漁獲量が漁獲枠とほぼ等しいのですが、実際に市場を流通している大西洋クロマグロの量を調べてみると、大幅な無報告漁獲の存在が明らかになりました。図の灰色が報告されなかった漁獲量の推定値です。2008年には、3万トンの漁獲枠の所を6万トンも漁獲していたのです。
二回目のワシントン条約締約国会議(2010年)
このような状況で、2010年に再びワシントン条約での規制が議論されました。モナコが大西洋クロマグロの規制を提案したのに対して、早い時点でEUと米国が賛成の意を表明するなど、かなり現実味を帯びていました。しかし、EUの中でもスペイン、イタリアなどの漁業国とそれ以外の足並みがそろわなかった上に、日本とリビアが水面下で手を結び、中国、韓国とも連携して、途上国を中心に反対票をまとめてモナコ提案を阻止しました。
当時の筆者は、「票を買う金と政治力があるなら、規制に反対するのでなく、規制をする方向に使えば良いのに」と心底失望しました。「そもそもICCATに管理能力がないから、このような事態になっているのにICCATに今後も任せつづけても、大西洋クロマグロに未来はないだろう」とも思いました。
しかし、実際は全く別の展開になりました。なぜなら、ICCATが大西洋クロマグロのトレーサビリティを徹底し、不正漁獲がほぼ出来ない仕組みを導入したからです。前述のように、地中海の畜養の多国間取引が不正の温床となっていたのですが、EUが中心となり、全ての国際取引の情報をトレースする仕組みを造りました。これらのマグロの出口である日本も、漁獲証明書を港できちんと調べて、内容に疑義があるマグロの輸入を一切許可しませんでした。日欧が連携して、不正漁獲の根絶に取り組んだ結果、不正漁獲を含めて6万トンあった漁獲量を、科学者が勧告する1万トンまで削減することに成功し、資源のV字回復に繋がっていきます。
規制の厳格化→資源の急回復
こちらが最新の資源評価の結果です。F10は10歳魚の漁獲死亡(漁獲率と近い値)になります。図中に複数の線がひかれているのは、過去の不正漁獲の量は正確に把握できないので、いくつかのシナリオを仮定しているからです。どのようなシナリオを仮定しても、近年は漁獲死亡が大幅に削減されて、SSB(産卵親魚量)が急増しているという結果が得られています。このように水産資源は規制をすれば比較的短期間の内に目に見えて増加することが知られています。実効性のある規制が出来るかという人間社会の問題がネックになるのです。
ICCAT SCRSレポートより、引用
これまでグダグダだったICCATが、管理機関として機能し始めました。「これだけのことができるなら、最初からやっておけば良かったのに」と思われるかもしれませんが、やはりワシントン条約締約国会議での危機感が関係国全体に共有されたことが大きかったのでしょう。その意味ではモナコの提案は大変に意味があったといえます。
今後の見通し
ICCATは、実効性のある規制によって漁獲枠を削減した上で、資源の回復に併せて安全を見ながら漁獲枠を増やしています。環境保護団体も漁業自体に反対しているわけではないので、クロマグロの増枠については概ね好意的に受け入れられているようです。今回合意されたのは2020まで段階的に漁獲枠を増やすという内容です。
地中海では、多くの漁業者がクロマグロ漁業を廃業し、業界の再編が進みました。残った漁業者も少ない漁獲枠と厳しい規制の中での再出発となりました。しかし、これらの我慢は実を結び、資源は順調に回復し、漁獲枠も増やすことが出来ました。2020年には今よりも12000トンも漁獲が増えます。畜養で重量を増やした後に、大半が日本向けに輸出されることでしょう。現在の太平洋クロマグロの日本の漁獲枠は7000トン程度ですが、ここに大西洋クロマグロの輸入が10000トンが増加するとなると、価格が大幅に下落する可能性があります。消費者にとっては喜ばしいことですが、養殖マグロの価格も引きずられて低下すると、日本のマグロ養殖の経営は厳しくなるかもしれません。
大西洋クロマグロが危機を脱したのとは対照的に、日本周辺に生息する太平洋クロマグロの漁獲規制は難航しています。昨年は、三重県などで違法操業が相次ぎ、日本は漁獲枠を大幅に超過してしまいました。今年度の漁期が7月から始まったのですが、北海道の定置が配分された漁獲枠の10倍も漁獲するなど、各地で混乱が続いています。この坂道を越えた後には、大西洋クロマグロのような明るい未来が待っていると信じて、漁獲規制に取り組んでもらいたいと思います。