Yahoo!ニュース

どんな山に行っても自分の脚で帰りたい。私がトレランシューズで登山に行かない理由をお話ししましょう。

加藤智二日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン
季節は秋、天候変化の大きい日本の山でこそ基本に忠実に。※写真はすべて筆者が撮影

 10月に入りました。さあ、秋晴れの山に出かける計画を立てている方も多いかと思います。軽快に野山を歩きたいと考えるとランニングシューズを野山のトレイル向けに進化させた軽量なトレランシューズやアプローチシューズに目が向くかと思います。登山ハイキングを主目的とするならば、はっきり言ってトレランシューズはお薦めすることはできません。今回はこの点についてお話します。

秋は足早に通り過ぎます
秋は足早に通り過ぎます

 快適な気候が楽しめる時期は目的とする山岳の標高によっては案外と短いものです。とりわけ中部山岳エリア、アルプスと呼ばれる一帯にある営業山小屋は中旬になると多くが小屋閉めとなります。一方2020年シーズンはコロナの影響もあり、遠出よりも近場ということで、身近にある標高の低い山々の賑わいはこれからが本番かと思います。

 日本の山々は低山と言えども多くの沢によって刻まれた複雑で急峻な地形が特徴です。主な登山道から派生した枝道、支尾根など身近な山々での遭難や行方不明は頻繁に起きています。トレランシューズを履いたスピード登山では小さなトラブルから重大トラブルへと至る確率が高いという自覚が必要です。

標高は低くても気分はアルプス 
標高は低くても気分はアルプス 

 交通機関の発達と日常生活からビジネスまで身体を動かす機会がとても減ってしまいました。健康維持のために10000歩歩くことを目標とした場合、その歩行距離は5~6km程度です。アップダウンもなく、体重の10%程度の荷物を背負うこともないのが普通です。正直なところ、この程度の運動負荷では楽しく快適な登山ハイキングを実現するためのトレーニングとしては十分ではありません。

 

 自然の中に入っていく場合、登山スタイルに合った体力・技術を見定めるまではSNSなど他人の情報を鵜呑みにしてはいけません。行程を見直し十分な行動時間を見込むなどして余裕を確保します。そのような登山を繰り返しながら自分の登山力向上を実感することも登山の楽しみのひとつです。

中国山地のブナ林にて
中国山地のブナ林にて

 誤解をしてほしくないのであらかじめお断りしておきますが、今回お話しするのは野山を安全に楽しく歩くにはどのような考え方で靴を選ぶかということです。トレランシューズやアプローチシューズが野山に相応しくないということではなく、誰がどういう目的でそれらのシューズを履くのかということなのです。

 どんな高性能な装備も、その機能を発揮させるのは使い手次第なのです。

尾瀬ケ原に向かって
尾瀬ケ原に向かって

 登山靴が重たい!ということで、量り売りの食材を確かめるかのように重さ基準で靴を選ぶのは間違いです。

★:ただし、同程度の使用目的でつくられた登山靴同士で重さを比べることは理にかなっています。脚力は個人差や加齢による衰えがありますから、必要な機能が満たされるのであれば軽いタイプが歩行を楽にします。

美しい景色は頂だけではありません。
美しい景色は頂だけではありません。

 登山靴がトレランシューズやアプローチシューズに比べて重たくなるには理由があります。

1:外的衝撃と怪我、濡れ、冬においては寒冷から足自体を保護する機能

2:不整地において起きやすい急激かつ過度な捻りから足首を保護する機能

3:荷物の重さが加わった状態で長時間にわたって繰り返し鋭角な岩角を踏むことで起きる足裏への衝撃を低減する効果

 登山が人里離れた場所で行うアクティビティである以上、適切な登山靴を履くことは登山者自身が高めることができる安全対策のひとつなのです。

秋の逆さ槍
秋の逆さ槍

 登山靴を履くべきなのはどのような時、どのような人でしょうか。一つ該当する場合も、複数該当する場合もあります。

1:6時間を超えるような長時間歩行となる

2:体重の10%程度、あるいはそれ以上の荷物を背負う

3:凸凹、転石、泥、砂、岩場、藪、沢の渡渉など不整地且つ多様な場面が予測される

4:急激な気温低下や降雨が予測される日、あるいは氷雪がある山に行くとき

5:山岳アスリートとして日頃からトレーニングができていないとき

6:登山初中級者であって、脚力バランスに自信がないとき

縦走登山の朝
縦走登山の朝

 リュックサックやウェア類などを軽量コンパクトにすることで登山活動は明らかに軽快になります。軽量化と引き換えに失ったものがあるでしょうか。それを自身の体力・技術・知識・経験でカバーできるか、シミュレーションしてみる価値は十分あるはずです。

 登山靴に備わっていて、トレランシューズに無い機能が何なのかを考えてみてください。逆にトレランシューズで山に登ることで得られるメリットも考えてみてください。

 登山靴を履くということは時に牙をむく自然や不測の怪我への防御機能の一部をゆだねるということなのです。

 どのタイプの靴を選んだにせよ、靴紐を確実に締めて足と靴を一体化させるようにしてください。緩みにくく確実に結べる結び方をご紹介します。これは私が長年実行している方法です。 ⇒ 

 明日行く山へあなたはどの靴を選ぶのでしょうか?メリットとデメリットを天秤にかけて検討してみてください。

 素晴らしい日本の秋山を!

槍沢の紅葉
槍沢の紅葉

 山岳ガイド加藤智二について最新情報は ↓

Facebook ⇒ こちら 

インスタグラム ⇒ こちら

 

 

日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン

ネパール・パキスタン・中国の8000m級ヒマラヤ登山を経験。40年間の登山活動で得た登山技術、自然環境知識を基に山岳ガイドとして活動中。ガイド協会発行「講座登山基礎」、幻冬舎「日本百低山 日本山岳ガイド編」の共同執筆。阪急交通社「たびコト塾(山と自然を学ぶ)」、野村證券「誰でもできる健康山歩き」セミナー講師。山岳・山歩きに関するテレビ番組への出演・取材協力。頂上を目指さない脳活ハイキングの実践。登山防災協議会会員、一般社団法人日本山岳レスキュー協会社員、公益社団法人日本山岳ガイド協会安全対策委員会委員長、山岳ガイドステージⅡ。

加藤智二の最近の記事