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雪不足でも雪崩事故に注意 知っておきたい雪の基本と楽しむポイントは?

加藤智二日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン
人為的でも自然発生でも雪崩が起きるには雪が必要だ。※写真はすべて筆者が撮影

 今日4日は立春です。暖冬、2月に入ろうかという先月末になって、やっと西日本のスキー場にも歓声が響くようになりました。

 そんな中、北海道トマムスキー場の管理区域外と北アルプス乗鞍岳に於いて、雪崩による死亡者が発生してしまいました。

 積雪の多さではなく、積雪過程と降雪直後の雪に隠された罠を見抜こう!

 ゲレンデの管理区域を出たこと=雪崩事故という訳ではないですが、非管理エリアで遊ぶバックカントリースキーや雪山登山におけるリスク管理をないがしろにした場合に、命を失う軽率な行動に陥りやすいことは事実です。

 雪崩リスク見抜けず「バックカントリー」遭難、外国人ら死者も

出典:読売新聞オンライン

 乗鞍岳で雪崩 1人死亡 スノボ中に巻き込まれる

出典:信毎web

 1:雪崩が発生するには不安定に積もった雪が必要です。

西日本の雪山としては有名な伯耆大山
西日本の雪山としては有名な伯耆大山

 街だけを見ていると気が付きにくいのですが、空に浮かぶ雲から降ってくる雨も上空では氷の結晶です。冬期の標高1000m程度の山岳地帯では雪になります。5月でも3000mのアルプスまで標高を上げれば降雪は普通の現象です。すでに積もった積雪表面に発生した「表面霜」の上に急激な降雪は雪崩発生の大きな原因のひとつです。

 日本列島にはユーラシア大陸との間にある日本海という巨大な水蒸気供給源があるために年間を通じてたくさんの雨か雪が降っているのです。だから様々な豪雨など自然災害被害も多いですが、緑豊かな森と清らかな川の流れがあるのです。

高い山に積もった積雪は天然のダム、小さな流れから大きな川へ。
高い山に積もった積雪は天然のダム、小さな流れから大きな川へ。

 2:冬の季節、「寒気流入」に注目します。

 シベリア上空で冷やされた乾いた空気は、日本海からの水蒸気を吸い湿った冷たい空気となります。これらの湿った冬の季節風が山岳地帯に降雪をもたらします。

 最近では一週間ほど先までWEB上で確認することができるので確認しておきましょう。 ⇒ 一例はこちら

 上空5500m付近の500ヘクトパスカルにおける寒気の等温度線が能登半島近くまで南下するかどうか、注目しましょう。等温度線は時にまるで花の輪郭のように描かれることもあります。極めて冷たい空気の塊はシベリアに閉じ込められたままなのでしょうか。それとも立春以降に巨大冷凍庫のトビラは開け放たれ、上空5500m付近にマイナス30℃の寒気が日本列島に覆いかぶさるのでしょうか?

 注目しておきましょう。

北アルプス大日岳上空から中大日岳付近、ヘリコプターから
北アルプス大日岳上空から中大日岳付近、ヘリコプターから

 古い話になりますが、20年前の2000年も雪がとても少なく、「第55回とやま国体」の雪不足が今年のように大きな話題となっていました。

 記憶では2月のバレンタインデーあたりに突然、湿った豪雪になりました。それまでの自衛隊の皆様に要請して雪を運び込まないと競技ができない状態から、一転して除雪に苦労することになったのです。

 立山など北アルプスの峰々はいつもと変わらぬ真っ白い姿になりました。しかし、私たちは見た目が同じでも積雪内部構造が極めて脆弱であったことを見抜けませんでした。

 そして、痛恨の2000年3月5日北アルプス大日岳雪庇崩落事故も今年のような降雪状況の年でした。当時、国立登山研修所の講師であった私は亡くなった二人の大学生と共に大日岳の斜面を膨大な雪と共に流されました。数メートルの差が生死を分けたのです。強固に堅く締まっていたと見えた表面の積雪、実はその10数メートル下は形をとどめることもできない程の「ザラメ雪」があったのです。いわば砂上の楼閣、目の前の見える部分でしか判断していなかった。日本の山岳界に衝撃を与えた事故でした。

 3:今期の積雪経緯(急に積雪があったかなど)にも気を配ります。

 最近の積雪傾向は突然ドカンと降ることが多いのです。自分の下にある降雪の経歴を可能な限りイメージしておくことは決して無駄にはなりません。

1985年パキスタンガッシャーブルム2峰8035メートル頂上直下の雪庇。巨大氷河をかかえるヒマラヤも日本の北アルプスも同じ「天から降る雪」です。
1985年パキスタンガッシャーブルム2峰8035メートル頂上直下の雪庇。巨大氷河をかかえるヒマラヤも日本の北アルプスも同じ「天から降る雪」です。

 降った雪は季節風に吹き飛ばされ、風下に堆積していきます。外見が白く同じように見えても、足を踏み込んだ時の安定度は様々です。ショベルなどによる積雪チェックはもちろん大切です。

 今年はいわゆる根雪となるような積雪が繰り返し積もっていません。2000m標高を上げると10℃以上気温は下がり、下界では雨でも山岳地帯では雪となっています。

 4:専門のセミナー受講も大きな力になります。

 雪の体験を積むには年月が必要です。他の経験を聞くことは大きな力となります。また、今年はバウムクーヘンのような層構造もあまり多くないところも多そうです。実際に行く情報を事前に得るチャンスでもあります。

 弱層といわれる雪崩発生原因のひとつを見抜くため、最低限の基礎知識などあるとうれしいです。

 日本雪崩ネットワークでは積雪地帯に入る方が学ぶ様々なメニューが用意されています。 ⇒ こちら

立山室堂平における積雪調査
立山室堂平における積雪調査

 黄色い層は中国大陸からの黄砂を多く含んだ層です。積雪は過去の降雪と気象の履歴書という側面もあります。

 20年もの時が経ちコンピュータ解析能力などが進歩しています。突然降ってきた!などということにはならないでしょうが、自然そのものを制御することができません。

 5:急な降雪の直後に雪斜面に踏み込むのはリスクが高いものです。

 積雪の圧密(雪粒が互いにくっ付き合う)には時間が必要です。雪自体が持つ摂理も学び経験を積むことが必要です。

樹林帯にも雪は積もり、吹き溜まり雪が現れます。スキーやスノーボードの得意とする場面です。
樹林帯にも雪は積もり、吹き溜まり雪が現れます。スキーやスノーボードの得意とする場面です。

 庇状ではないけれど。樹林帯に吹きだまったものも雪庇といいます。雪庇という漢字を見ると、「雪」の「庇(ひさし)」ですが、この字が大きな誤解を生んでいるのです。

樹林の尾根にできた吹き溜まり状の雪庇
樹林の尾根にできた吹き溜まり状の雪庇

 地表に到達した雪粒や積雪は風に流され移動します。地形などによる気流で様々な積雪地形を形作ります。稜線の風下側に溜まった庇状の部分を含む吹き溜まり雪全体を雪庇(せっぴ)といいます。最も弱く崩れやすいのはもちろん庇状の部分ですが、積雪の強度・安定性は雪の積もり方、その時の気温などで変化します。表面だけでなく、深い部分の強度にも気を配る必要があります。

 一粒一粒は軽い雪粒ですが、風に乗って風下に移動させられます。どれだけ遠くまで移動するかは、風の強さによる駆動力と重力で決まってきます。強風で雪が削られると美しい雪紋も見ることができます。地表の凸凹、傾斜、樹木や岩など事物で風の流れは変化するので、雪稜は美しい姿を見せてくれます。

雪粒は風によって風下に移動するとき、雪面を削り様々な造形を生み出します。
雪粒は風によって風下に移動するとき、雪面を削り様々な造形を生み出します。

 憧れの雪稜を行く登山者。安定した積雪と天候は週末とは限りません。山の事情に合わせることも必要なのです。

2月伯耆大山 狭い雪稜を行く
2月伯耆大山 狭い雪稜を行く

 何気なく皆が歩くところが安全であるとは限りません。笑われても用心深く、より安全なコースをとることが大切です。

日本海側気候の山地であれば、冬の季節風で荒れた天気が数日続くと吹き溜まり雪と雪庇ができます。
日本海側気候の山地であれば、冬の季節風で荒れた天気が数日続くと吹き溜まり雪と雪庇ができます。

 雪庇はアルプスの専売特許ではありません。滋賀県の比良山地武奈ヶ岳にも北西の季節風で雪庇が形成されます。庇状になっている部分、傾斜が急になっている部分など様々ですが、雪が吹き溜まっているのが良くわかります。

 雪上を行く先行者のトレースがより安全とは限りません。幅の広い雪稜は一見安全のように感じるかもしれませんが、視界が利かずに強風が吹く状況ではどうなるでしょうか。先行者が無事なら自分も無事!

  ⇒ 正常化バイアス、という陥りやすい思考です。

 

 これから雪山に行く経験を積む中で、自分で判断し危険なエリアから離れることに必死となることもあるかもしれません。

 答えは一つではないです。準備・装備・経験を照らし合わせて判断するところが自然相手のスポーツの醍醐味です。

 笑顔の絶えない山行の中にも、様々な危険が潜んでいます。近づかない!という選択肢もあることをお忘れなく。

日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン

ネパール・パキスタン・中国の8000m級ヒマラヤ登山を経験。40年間の登山活動で得た登山技術、自然環境知識を基に山岳ガイドとして活動中。ガイド協会発行「講座登山基礎」、幻冬舎「日本百低山 日本山岳ガイド編」の共同執筆。阪急交通社「たびコト塾(山と自然を学ぶ)」、野村證券「誰でもできる健康山歩き」セミナー講師。山岳・山歩きに関するテレビ番組への出演・取材協力。頂上を目指さない脳活ハイキングの実践。登山防災協議会会員、一般社団法人日本山岳レスキュー協会社員、公益社団法人日本山岳ガイド協会安全対策委員会委員長、山岳ガイドステージⅡ。

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