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「60歳から始める山歩き」は人生を豊かにする。山歩きをはじめるあなたへ贈る5つのメッセージ

加藤智二日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン
寸又峡「夢の吊り橋」 *記事の中の写真はすべて筆者が撮影

日中の陽射しは強いですが、先日過ぎ去った台風10号以降、空気の温度が変わり秋を感じるようになりました。これから山歩きをはじめようかと考えている中高年の皆様へ贈る5つのメッセージをご紹介します。

雲海のむこうに何がある?
雲海のむこうに何がある?

良いメンター(助言者又は指導者)と山歩きを始めてみましょう。間違いなく素晴らしい人生に近づきます。

おすすめするのは「頂上を目指さない山歩き」です。

忙しいビジネスパーソンの皆さんにも、これから第二の人生へ向かう高齢者の方にも、自然が好きな全ての方にふさわしい山歩きのスタイルです。四季を通じた動植物とのふれあい、変化に富んだジオパーク巡り、古道を歩いて歴史の舞台をたどるなど、五感と脳を刺激する森林浴しながらの山歩きです。

現代人が森林浴を必要とする理由は2つあります。第1は、人工的な社会へ移行したことです。人類の歴史は約700万年に及びますが、人間はその間のほとんど、99.99%の時間を自然の中で過ごしてきました。人間の遺伝子は自然に適応しており、このことは産業革命から2、3世紀を経ても変わっていないのです。人間の体は自然に適応しているため、現代社会の生活ではストレスがかかります。

出典:森林浴の効果を科学する:千葉大学の宮崎良文教授

ジオパークとは、「地球・大地(ジオ:Geo)」と「公園(パーク:Park)」とを組み合わせた言葉で、「大地の公園」を意味し、地球(ジオ)を学び、丸ごと楽しむことができる場所をいいます。

出典:日本ジオパークネットワーク

ひとり? でもご安心ください。1960年生まれ来年60歳となる山岳ガイドの私が実践するメソッド(方法)です。

好日山荘ガイドコラム「山の楽しみ」

水の流れは絶え間なく
水の流れは絶え間なく

1:小学生の遠足程度のコースを選択します。他の誰とも競争せず山を歩いて体力チェックしてみましょう。

かつてのスポーツマンや20年中断していた運動を「昔取ったきねづか」とばかりに張り切るのはお勧めできません。登山案内は初級・中級・上級などとレベル分けされていますが、私たちの心理上「中級」を選びがちなことを忘れてはいけません。

あなたご自身以外には誰も「あなたが弱い!」などという人はいませんからご安心ください。足首の捻挫や膝痛、心臓や脳の血管疾患を起こしてしまうことは絶対避けたい事なのです。

2:酸素が無くては生きられません。友人と歩いているのであれば、会話が続けられる程度の歩行速度を意識します。一人で歩いているならば、時々ろうそくの炎を吹き消すように吐き切ってから深く吸い込みます。

他の登山者の追越し・すれ違いは小休憩のチャンスと考えるようにしてみましょう。

あくびは酸欠のサイン?
あくびは酸欠のサイン?

3:30分に一回程度は水分を飲みます。身体の60%は水です。体重の2%にあたる水分を失うだけで喉の渇きが現れ、3%まで失うと危険な状態の一歩手前となります。登山活動での脱水量は「体重Kg×行動時間hrs×5ml」で概算されるといわれています。

体内の水分が2%失われるとのどの渇きを感じ、運動能力が低下しはじめます。3%失われると、強いのどの渇き、ぼんやり、食欲不振などの症状がおこり、4~5%になると、疲労感や頭痛、めまいなどの脱水症状があらわれます。そして、10%以上になると、死にいたることもあります。人間にとって水分の摂取は、欠かすことができないとても大切なものなのです。

出典:大塚製薬「もし身体の水 分がなくったら」

例を挙げると、60Kgの人が5時間登山したのであれば1500mlの水分を身体から失うということです。5時間の登山行動中に小まめに水を飲んで補給していくことが重要となります。この時、ミネラル分の補給を考えて「経口補水液」を利用することをおすすめしています。

黒薙温泉 露天風呂
黒薙温泉 露天風呂

4:60分に一回は行動食(糖質を含む食べ物)を食べます。私たちの身体には様々な形(肝臓や筋肉のグリコーゲンや脂質やタンパク質)で栄養が蓄積されています。長年の不摂生でためこまれた腹回りの脂肪もその一つです。

しかし、運動中に利用できる即効性があるエネルギー源は60分程度しか維持できません。血中糖度が低下し空腹を感じている状態では、筋肉だけでなく重要臓器である脳への栄養補給が弱まっているということになります。

私たちは栄養を摂取することで、健康を維持しています。栄養を取れない飢餓状態では、まず肝臓や筋肉に蓄えられているグリコーゲン(ブドウ糖が結合した多糖類)をエネルギー源として利用します。

出典:大塚製薬「栄養素の役割」

足が動かなくなるといった「ハンガーノック(シャリバテ)」だけでなく、脳の活動低下によって転倒や判断ミスが起きやすくなってしまいます。

安全な行動をするには気合ではなく、健全な状態の筋肉と脳が必要だということを忘れてはいけません。

5:四季の彩りをみせる草木、懸命に生きる昆虫たち、さえずる小鳥、火山がつくった地形、プレートテクトニクスによって明らかにされてきた様々な種類の「海からやってきた岩石」、寺社仏閣や路傍の石仏など、ゆっくり歩くからこそ視界に飛び込み、心に感じられるものがあります。

今までの人生で得意としていなかった分野もあると思います。第二の人生のスタートですから、子供の心に戻って新しい分野に興味を示してみてはいかがでしょうか。

氷河地形 天狗池の秋
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「頂上を目指さない山歩き」は「脳活・健康山歩き」でもあるのです。もうすぐ9月!山歩き、あなたも始めてみませんか?

「登山初心者が絶景を楽しむために大切にしてほしい5つのポイント」 ⇒ こちら

日本山岳ガイド協会認定山岳ガイド・カメラマン

ネパール・パキスタン・中国の8000m級ヒマラヤ登山を経験。40年間の登山活動で得た登山技術、自然環境知識を基に山岳ガイドとして活動中。ガイド協会発行「講座登山基礎」、幻冬舎「日本百低山 日本山岳ガイド編」の共同執筆。阪急交通社「たびコト塾(山と自然を学ぶ)」、野村證券「誰でもできる健康山歩き」セミナー講師。山岳・山歩きに関するテレビ番組への出演・取材協力。頂上を目指さない脳活ハイキングの実践。登山防災協議会会員、一般社団法人日本山岳レスキュー協会社員、公益社団法人日本山岳ガイド協会安全対策委員会委員長、山岳ガイドステージⅡ。

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