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新型コロナウイルス対策に活かす「防災」的思考

片平敦気象解説者/気象予報士/防災士/ウェザーマップ所属
恒例の観桜ナイターが中止となった大阪城公園西の丸庭園にて。(3月23日筆者撮影)

 新型コロナウイルスの感染が国内でも広がっています。危機管理のスペシャリスト、故・佐々淳行さんは国家が担うべき4つの「防」として、防衛・防犯・防災・防疫を挙げました。感染症対策=防疫に際しては、同じ危機管理として防災対策と通じる考え方が少なからずあるのでは、と思っているところです。

 具体的な感染症対策については、専門家ではない私は詳しく言及できませんので他の記事などを参照願いますが、「命を守る」ための基本的な考え方として防災・減災の分野から活かせそうなものを以下にご紹介します。

 なお、国や地方自治体、医療関係者など然るべき機関から指示や対処法が示されれば、そちらを優先するようになさってください。(2020/03/28投稿)

 

■ 「正常性バイアス」「多数派同調バイアス」を持たない

 人間は、「自分だけは大丈夫」と本能的に思ってしまう生き物です。根拠のないこうした思い込みを心理学では「正常性バイアス」「正常化の偏見」などと呼びます。自然災害時に、被災された方々のインタビューで「まさか自分が…」「こんなことが身近で起きるなんて…」という声をよく聞きますが、これがまさに正常性バイアスが現れたものと言えます。

 新型コロナウイルス対策についても、同様のことが言えると思います。「自分だけはかからないはずだ」というのは根拠のない思い込みで、「もしかしたらかかるかも」「かからないように最善を尽くそう」と意識的に思うようにして、実際に行動に移すのが大切ではないでしょうか。

 また、「周りの人はまだ逃げていないし、周りに合わせておこう」という考え方も、災害時には命を危うくさせます。これを「多数派同調バイアス」と呼びます。危険だなと感じたら黙ったままにせず、自分が率先して周囲の人に呼びかけ、仲間を増やして一緒に対策することが肝要です。感染症対策の場合も、手洗いやアルコール消毒の励行など、対策を自らが率先して行い、さらにはそれを周囲の方々へ積極的に勧めていくことが重要だと感じています。逆にいえば、そうした行動をする人が増えれば、同調して行動してくれる人も増えていくはずなのです。

 

■ 彼を知り、己を知れば、百戦あやうからず

 孫子の兵法に書かれたこの格言は、気象災害の場合にも大いに活用できるため、私は講演会などで積極的にご紹介しています。

 命を脅かす敵である災害を「彼」とするならば、彼の状況を的確に把握することは非常に重要です。気象状況の現状はどこまで悪化しているのか、災害発生の危険度がどの程度悪化しているのか、刻々と変化する情勢を把握してそれに応じて適切に対処する必要があります。この際、情報発信源が信頼に足るのかどうかも大事なポイントになります。根拠の薄いいわばデマ情報に流されてはいけません。

大雨災害時に発表される情報の推移。気象災害時には情報から現在の危機の程度を把握し、個々の実情に応じた対策をとることになる。(気象庁ホームページより引用))
大雨災害時に発表される情報の推移。気象災害時には情報から現在の危機の程度を把握し、個々の実情に応じた対策をとることになる。(気象庁ホームページより引用))

 また、自ら(「己」)が置かれている状況をしっかりと客観的に知ることも肝要です。住む地域が土砂災害や氾濫のリスクが高い地域なのか、地域的な状況をハザードマップなどを活かして知るとともに、高齢者の有無など家族構成、近所のコミュニティの状況などを把握することも大切になります。

 これらを組み合わせて、「この状況になったら、この行動をとる」と、一人ひとりが事前に計画して備えておく(物理的にも気持ちの面でも)のが防災・減災対策にはとても有効なのです。

 

 感染症対策についても同様ではないでしょうか。感染拡大の状況がどの程度なのか、リスクのレベルが現下ではどの程度まで高くなっているのか、信頼できる発信源からの情報をもとに的確に把握して、その危険性を一人ひとりが認識する必要があると思います。また、3つの密(=密集、密閉、密接)と言われる感染リスクの高いとされる場面や、感染した場合に重症化しやすいとされる高齢者などの家族の有無について、自らの周囲の状況と照らし合わせることで、我々の行動を積極的に変化させ、少しでも「安全確保」できるようにする、ということになるのだと思います。

 

 「先手を打つ」「危険な所を避ける」「リスクの高い人は一層の対策をとる」という考え方は、感染症対策にも極めて有用(というよりも本質的に同じ)と感じています

 

■ 不確実さを伴う情報をどう活用するか

 天気予報は、科学的根拠に基づいた予測情報です。しかしながら、100年以上前から絶え間なく続く観測や日々の技術開発・研鑽をもってしても、100%当たる予報は依然としてできません。「何日先の現象の予報なのか」や「対象とする現象の種類」によって、予測には誤差があり、その幅も異なります

 このため、気象予測の場合は科学的根拠をもとに、最も可能性が高い展開(メインシナリオ)のほかに、最悪の場合の展開(最悪シナリオ/サブシナリオ)も合わせて検討しておくという手法をとっています。

 状況を適切に監視することで、最悪シナリオにシフトしていきそうな兆候を確実に早めに察知し、そうなった場合には迅速にシナリオを切り替えて、これに伴って必要な警報・情報の発信を行うことになります。

 また、情報の伝え方としては、メインシナリオ・最悪シナリオの両方を上手に広く伝え、「最悪の場合はこの展開になり得ます」「ですので、今の時点ではこう対処してほしい」と具体的な行動指南も踏まえて解説することになるのです。

 

 感染症対策についてはどうなのか、これについては、私には正直分かりません。これまでの感染者数の推移やウイルスの感染力・経路・特性などをもとに専門家が今後の予測を立て、それに伴った対策が国や自治体から呼びかけかられているのかと思いますが、物理法則にしたがって進み日々起こる気象現象とは異なり、「新型」であるウイルスは今後の予測を立てる上でかなりの難しさを伴うのではないでしょうか。

 また、私たちの行動次第で、感染拡大の程度は大きく変わってくるのでしょう。いわば、自然災害における「犠牲者数」「負傷者数」を予測するような面もあり、そうした意味では感染症対策の具体的なシナリオを想定するのは非常に大変なことだと私は認識しています。

津波の過小予測を防ぐため、気象庁では東日本大震災の教訓から津波警報を改善した。(気象庁ホームページより引用))
津波の過小予測を防ぐため、気象庁では東日本大震災の教訓から津波警報を改善した。(気象庁ホームページより引用))

 こうした場合は自然災害の場合には、「はじめは最悪に備え、その後現状把握が進み予測精度が高まってきたら、順次より適切な対応に切り変えていく」のが大切です。別の言い方をすれば、「迅速性」と「安全サイド」に立つ、という考えを両立させた対策を基本とします。たとえば、気象庁では、東日本大震災の大津波を教訓として、規模(マグニチュード)をすぐに正確に算出できないような巨大地震が発生した場合、まずはその地域で予め想定される最大規模の地震が発生した前提で大津波警報・津波警報を地震発生後2分程度で迅速に発表します(津波の規模の過小評価を防止)。その後、地震の規模が精度よく推定された段階(概ね15分ほど)で、それに応じたより適切な大津波警報・津波警報に切り替えていくという方法です。精度よく地震の規模が推定されるのを待っていたら手遅れになるかもしれないため、ひとまず最悪に備えた対処を住民がとるように促すわけです。

 感染症対策の場合、「最悪」とする状況を科学的にどう見積もるか、それがいつまで続くのか、さらにその予測が立つ目処はいつ頃になるのか……こうした点は、気象や地震・津波の予測とは異なる部分があるように思います。ただ、自然災害も感染症の拡大も、私たちの行動次第で「手遅れ」を防ぎ、被害を減らすことが十分に可能だと思います。むしろ、感染症対策においては、それが私たちの行動にかかっていると言って良いのかもしれません。気象現象・地震・津波も、ウイルスそのものも、直接変えることはできません。一人ひとりが重大性を適切に認識し、行動を変化させることで被害軽減に大きな効果が出るのです。

 

■ 命を守るのは「自分自身」

 自分自身や大切な人の命を守るのは、自然災害の際も感染症対策においても、ほかならぬ自分自身だと思います。手洗い・アルコール消毒の励行も、不要不急の外出を控えることも、自分自身の行動です。発症するなどした場合はもちろんプロである医療機関にかかることになりますが、出来るだけそうならないようにして「命を守る」のは一人ひとりの行動の積み重ねだと私は思います。

 また、自然災害と異なる重要な点は「万一自分が感染していると、周囲に対して脅威になるおそれがある」ところです。極論すれば、不用意な外出により、ほかの人の命を奪うきっかけにもなりかねないという恐ろしさがあると思います。感染症対策では、「命を守る」という言葉は、自分や身近な人だけではなく社会全体での「命を守る」という意味合いに変わってくるのだと認識しています。是非、あなたとあなたの大切な人と社会全体の「命を守る」ために、慎重な行動をとるようになさってほしいと思います。そして、社会全体の感染リスクが上がらないようにすることが、自分自身の命を守ることにつながってくるはずなのです。

 

■ おわりに

 ここまで、新型コロナウイルス対策にも応用できそうな防災・減災の際の考え方について、代表的なものをご紹介しました。繰り返しになりますが、私は感染症対策の専門家ではありませんので、具体的な対策方法については然るべき機関や医師などの情報を自ら入手し、そちらに沿って取り組んでいただきたいと思います。

 「気象解説者」といういわば直接の専門家ではない立場でこのテーマについて記事を投稿することについて、正直に申し上げれば、迂闊なことは書けないとの思いから悩んだことも事実です。しかし、最近の感染拡大や危機意識の状況を見て、「我が事」と思って対策・行動をとるためのきっかけになる方がひとりでも増えればとの思いから、私なりに発信できることをこのタイミングで投稿した次第です。危機管理・感染症予防の観点からは当たり前のことだったり、すでに積極的に進められたりしている内容かもしれませんが、皆さんが感染予防の心構えを高める際に少しでも役に立てれば幸いに存じます。

※この記事は、2020年3月28日(土)に執筆し、投稿したものです。情勢は刻々と変わっていきますので防災対策同様、常に最新の情報を入手してご利用いただきますようお願いいたします。

 

<参考URL>

 Yahoo! 新型コロナウイルス感染症まとめ: https://hazard.yahoo.co.jp/article/20200207

 気象庁ホームページ「津波警報改善のポイント」: https://www.data.jma.go.jp/svd/eqev/data/tsunami/kaizen/about_kaizen_gaiyou.html

気象解説者/気象予報士/防災士/ウェザーマップ所属

幼少時からの夢は「天気予報のおじさん」。19歳で気象予報士を取得し、2001年に大学生お天気キャスターデビュー。卒業後は日本気象協会に入社し営業・予測・解説など幅広く従事した。2008年ウェザーマップ移籍。平時は楽しく災害時は命を守る解説を心がけ、関西を拠点に地元密着の「天気の町医者」を目指す。いざという時に心に響く解説を模索し被災地にも足を運ぶ。関西テレビ「newsランナー」など出演。(一社)ADI災害研究所理事。趣味は飛行機、日本酒、アメダス巡り、囲碁、マラソンなど。航空通信士、航空無線通信士の資格も持つ。大阪府赤十字血液センター「献血推進大使」(2022年6月~)。1981年埼玉県出身。

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