Yahoo!ニュース

興梠慎三、リオ五輪代表オーバーエージの覚悟がもたらす萌芽

神谷正明ライター/編集者
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

一度ピッチに立てば、彼ほど頼りになる存在はそう簡単には見つけられない。屈強なディフェンダーにガツンと体をぶつけられても、興梠慎三は造作も無い様子でボールを足下に収めてしまう。猫を連想させるしなやかな身のこなしは、対峙する相手を事も無げに置き去りにする。

ところが、それだけの能力を備え持っていながら、彼はおよそエゴイストの範疇からは遠いところにいる。最前線を任される選手として最低限の欲は持ち合わせているが、なにがなんでも自分で決めるという利己心とは無縁だ。「自分は生粋の点取り屋じゃない」。そういった台詞を何度か聞いたこともある。

いつだって穏やかな語り口はまさに興梠慎三の人となりを示している。彼の周りだけ流れている空気が優しく、ギスギスしたものを感じさせることはない。そんな性格だから、およそ自分から率先してチームを引っ張っていくタイプではない。自然体で、あるがままに。そうやって彼は鹿島でも、浦和でもチームに馴染んでいった。

しかし、リオデジャネイロ五輪に臨む日本代表チームのなかでは、これまで経験したことのない立場に置かれる。23歳以下の選手が主体となるチームにあって、興梠はオーバーエージとしての立ち振る舞いが求められる。実際、手倉森誠監督はメンバー発表会見の場で「オーバーエージのルールを採用してきてもらったので、彼らには軸という意識、責任感を十分に感じてもらわないといけない」と話している。

もちろん、それは本人も十分に理解している。日の丸を背負うのはフル代表でもすでに経験しているが、「置かれている立場が違うので、やらないといけないのかなという感じがする」と違いを口にする。

チームのために戦う。それはこれまでとも変わらない。しかし、ブラジルの地では、精神的支柱としてチームを牽引する覚悟も求められる。「即戦力でなにかをやってくれないと困るという立ち位置だし、そういったことを承知で臨む」。それは優勝を何度も経験した鹿島や、毎年のように優勝争いに食い込む浦和で背負ってきたものとは違う種類の責任だ。

年下と話をするのは得意じゃない。少し前にはそんな不安も口にしていたが、チーム合流初日の練習では、馴染みのないメンバーと自然に笑顔で絡む姿があった。「このチームはけっこうおとなしい印象があるのでこれからどんどんしゃべっていきたい。嫌われない程度にね」。そう笑って話した興梠だが、同じくオーバーエージとして選出された藤春廣輝によると、すでに「バスでは慎三くんがみんなと話したりしている」という。

興梠はこれまでのチームに足りないピースを埋める存在としてチームに呼ばれた。だが、逆にこのチームに呼ばれたことが、もしかしたら興梠にこれまで馴染みのなかった側面をもたらす契機になるかもしれない。

ライター/編集者

大学卒業後、フリーライターとして活動しながらIT会社でスポーツメディアに関わり、2006年にワールドカップに行くため完全フリーランスに。浦和レッズ、日本代表を中心にサッカーを取材。2016年に知人と会社設立。現在は大手スポーツページの編集業務も担い、野球、テニスなどさまざまなスポーツへの関与が増えている。

神谷正明の最近の記事