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きっかけは卒業式ライブ配信 「普通の公立小学校」が新しい生活様式に適合できた理由

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
休校中のオンライン授業は「新しい生活様式」への移行をスムーズにした(写真:アフロ)

 政府の緊急事態宣言が明け、全国各地で学校の授業が再開している。当初は分散登校、午前か午後のみ短縮授業だったが、今では通常登校に戻りつつある。

 大阪市生野区にある小路(しょうじ)小学校も、そんな公立小学校のひとつだ。ただし、小路小学校では、分散登校から通常登校までの移行がスムーズで、感染防止を踏まえた授業の工夫もされていた。それはこんな具合だ。

対面とオンライン授業の併用

 同校では分散登校の期間対面授業とタブレット端末とクラウドサービスを使ったオンライン授業を併用した。学校に来ている子どもは教室で、残りの半分は自宅でオンライン授業を受けることで、クラス全員が一緒に授業を受けられた。

 小学校では通常、年度始めの4月から係や委員会活動が始まる。誰がどの係や委員会をやるか決めるのは、新型コロナウイルス流行前なら全員がそろった教室だった。これを、小路小学校では分散登校の期間、チャット機能を活用して進めた。通常登校の際、書き込み内容を踏まえてスムーズに決めることができた。

 また、リコーダーや歌は唾が飛ぶのを防ぐため、多くの学校では行われていない。小路小学校では先生が演奏した動画をオンライン授業のシステムにのせることで、子ども達が自宅で練習できた。さらに、新型コロナウイルスに感染した場合、しばらく登校できなくなるため、オンラインで授業を見られる体制も整えたという。

 今後、感染の第2波も懸念される中、小路小学校の取り組みは「新しい生活様式」に適合したものだ。もともとIT設備が整っていたわけではない、いわゆる「普通の公立小学校」が、なぜここまでできたのか、少し遡って同校に起きたことを振り返ってみよう。

きっかけは卒業式ライブ配信

 小路小学校では、休校中の3月~4月にかけて、現6年生に対してオンライン授業を行っていた。それが子ども達と先生をつなぎ、学ぶ習慣を継続させてスムーズな学校再開につながっている。

 変化が起きたのは、休校から2週間経った3月17日のことだった。当時、5年生を担当していたA先生(ご本人の希望で匿名)は「これ、良かったら、どうかな」と校長から、ホームページを見せられた。

 経済産業省教育産業室が取りまとめる「学びを止めない未来の教室」。そこには、オンライン教育をしたい個人や学校に対する企業の支援メニューが並んでいた。これは、市の教育委員会が休校を機に各学校へ伝えていた情報だった。同校では、校長判断で様々な支援メニューの中から、タブレット端末と通信用のルーターを借りてみることにした。

 無償で借りられるのは1校につき50台までという制約があったため、機器と端末は2019年度の5年生が使うことにした。小路小学校は小規模校で、5年生は一学年35人だから全員に配れる。

 もともと校長が、参列できない6年生の親戚のため、卒業式をライブ配信したい、と考えていた。その延長で、当時の5年生がオンラインで卒業式に参加できるようにしたというわけだ。

オンライン授業の可能性を知る

 端末を借りるにあたり、提供企業の研修を受けたA先生は、同じ5年生を担当していた大貫翔貴先生(現在は同市立東三国小学校所属)と共に、オンライン授業の可能性を知ることになる。

 卒業式の後の1週間、5年生向けに、そして進級し6年生になった4月も1週間、オンライン授業を行った。教科は国語と算数、社会。国語は大貫先生、算数と社会はA先生が担当した。

子どもがいない休校中の教室から授業を配信している(写真は同校提供)
子どもがいない休校中の教室から授業を配信している(写真は同校提供)

 授業は上記写真のように子ども達がいない教室で行い、それをライブ中継した。先生側の端末では一度に4名分、子どもの反応を見ることができる。そういう中で、オンラインならではの発見もあったという。

 例えば国語の授業ではアンケート機能を使った。「次の授業でここをやるから、音読しておいてね。その時、登場人物の気持ちを考えておいてね」と声掛けをした上で、授業の始めに「読んできましたか?」「分かりましたか?」と質問をする。子ども達の反応を一瞬で集約し先生が見ることができた。

 子ども達にオンライン授業の感想を尋ねると「分かった」「面白かった」という肯定的な意見がたくさん寄せられた。

オンラインだと発言しやすい子も

 「ふだんは発言しない子も、オンラインでは積極的に発言していたことが嬉しかった」と先生たちは言う。自宅でひとり、授業を受けるのは寂しいのでは、と大人は心配するかもしれないが、周囲の子どもの反応を気にせず、意見を言いやすい効果があった。

 「今回、オンライン授業をやってよかった」と大貫先生は振り返る。子ども達からは「よかった」という感想が、そして保護者から「安心できる」という意見が寄せられたためだ。

 「今後、休校措置が終わり、学校を再開しても、子ども達には心のケアが必要と言われています。双方向で先生と子ども達がつながることは、大事だったと思います」(大貫先生)。

家庭の状況に配慮した時間設定

 小路小学校の保護者は共働きが多い。休校中も出勤の必要があったり多忙だったりする保護者にとっても、先生が「つながろうとしてくれた」ことの安心感は大きかったはずだ。授業の時刻設定も子どもの状況を考えて工夫した。

 「授業開始は10時にしました。最初は午後にしようか、とも考えました。やはり朝起きる生活習慣を続けてほしい。9時では、起きられず厳しいかもしれない、と考えて10時にしたのです。毎日同じ時刻に授業が始まることで、少しずつでも勉強する習慣を続けられると思いました」(A先生)。

 現実に生徒が置かれた環境と、理想のバランスを取ろうとする努力がうかがえる。1日の授業時間は1~3時間だったそうだ。

通常授業の工夫が生きた

 オンライン授業を実際にやってみた感想を、大貫先生は「ふだんやっている授業と似ている」と振り返る。

 もともと大阪市は主要教科について習熟度別に少人数クラスで教えるために、先生を加配していた。例えば通常、2クラスの学年なら3クラスに分け、より少ない人数で理解度合いに応じて授業を行っていた。

 加えて小路小学校ではチームティーチングを実践しており、ひとりの先生が授業をしている間、もうひとりの先生が教室をまわって生徒の様子を見る。注意が逸れている子どもや、授業が分からなそうな子どもを見つけたら、サブの先生が部分的に個別対応する。

 今回、オンライン授業をする際も、ふたりの先生が協力した。国語は大貫先生、算数と社会はA先生が授業を行い、もうひとりの先生はミュート機能の解除をしたり、書き込みを必要に応じて消したりといったサポートに回った。ふだん、教室で慣れていたチームティーチングがオンライン授業でも生きたことになる。

インタビューにこたえる大貫先生(左)と筆者(右)。A先生は顔をうつさず音声のみで参加(筆者作成)
インタビューにこたえる大貫先生(左)と筆者(右)。A先生は顔をうつさず音声のみで参加(筆者作成)

 「もともと、ITは好きだった」という大貫先生と「たまたま情報教育などの研修を受ける機会が多かった」というA先生は、しかしIT教育の専門家ではない。最優先で考えているのは、子どものことだった。

 子ども達にタブレット端末を渡したのは休校中の3月17日。使い方の説明は10分程度しかできなかったが、実践し子どものアイデアを取り入れながら進めていった。先生が黒板を動画で映しながら授業をして、その後、子ども達がグループに分かれてチャットをする。入力に慣れていなかった子も2日目から「waからn(わからん)」と意見を言ったり、友達の発言に賛意を表明するようになってきた。

 オンライン上でトラブルが起きるのを避けるため、授業終了後は先生が子ども同士ではチャット等ができない設定に切り替えたという。

自治体格差が大きい休校中の対応

 公立学校が休校中に行ったオンライン授業の対応は、自治体間の格差が大きかった。県内全域で小中高校生がオンライン授業を受けられる環境を整えた広島県や、いち早くオンライン授業を始めた熊本市の取り組みはメディアでよく取り上げられた。国立や私立大学の付属小学校では、学校単位で独自の取り組みをする例も見られた。

 一方で、多くの自治体は家庭間のITインフラ格差を前に、立ち往生していた。筆者は東京都内に住んでおり、公立小学校に通う子どもがいる。教育熱心と言われる地域だが、休校中にオンライン授業は一度も行われなかった。

 自治体の教育委員会から、PC、インターネット接続の状況に関するアンケートがメールで届いて回答したが、その結果はしばらく分からなかった。子どもひとりずつに、オンライン授業に使えるアカウントが付与されたのは、緊急事態宣言が明け登校が始まった後のことだ。

 3月の間は学習に関する情報提供は特になく、自宅学習の課題が出されたのは4月に入ってからだ。それは、週1回程度、登校して受け取り、学校ホームページに掲載された指示を見る形で行われた。

 筆者は夫婦ともに在宅で仕事ができる職種であり、ドリルや通信教育の教材を準備し、1日交代で子どもの勉強を見ていた。しかし、このように時間を割くのが難しい家庭の方が多いだろう。

先生たちは悩み独自に対応していた

 教育行政の動きとは別に、現場の先生たちは自主的に情報交換していた。大貫先生は言う。

 「いろいろな地域の先生たちと話をしました。先生たちは、悩んでいましたYouTube等で授業を限定公開している先生もいますし、学校ホームページに課題を載せている先生もいます。

 一番の課題は、インターネット上に載せた動画や課題を全員が見られるようにすることです。Wi-Fiを児童生徒のいる全ての家庭に設置してほしいと心から思います。

 例えば休校中、新しい単元について課題を紙で配ることはできます。でも、今は教科書が読めない子どももいますから、読んで理解することを全員に求めるのは難しい。ネット環境さえ整えば、解説動画を載せて見てもらうことができます。

 インターネット環境がない子どものため、電話で質問を受け付けている先生もいるほどです」

 冒頭示したように、小路小学校では、休校中、オンライン授業を続けた成果が如実に表れている。校長先生の情報提供と意思決定、現場の先生の自主的な動きは、子どもと先生の関係を継続させた。

 そして今年3月で市内にある別の小学校に異動した大貫先生は次のように話す。

 「3月のぎりぎりまで子ども達とつながれたこと。休校もあり、ちゃんとしたお別れもできていなかったので良かったと思っています」

全ての子どもにネット環境を

 小路小学校における取り組みや、他自治体の状況を踏まえて最後にひとつ、提案をしたい。それは、Wi-Fiとモバイル端末を義務教育年齢の子どもがいる全ての家庭が持てるように保障することだ。

 端末やネット環境のない家庭に学校を通じて配布することを、自治体任せにせず、中央政府の責任として予算をつけて実施してほしい。既に端末やネット環境のある家庭はオンライン教育を待っていたが、多くの地域では、何も行われなかった。

 全員一律、平等を基本とする公教育の文化は「新しい生活様式」が浸透する中で、変化を求められている。今回、休校期間中、できる限りのことをした先生たちを、政府は制度としてぜひ、後押ししてほしい。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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