賢いお姫様の物語『アリーテ姫の冒険』。児童文学のベストセラーを日本に絶望しそうな大人が、読むべき理由

悪い魔法使いは「女性差別社会」の比喩として描かれる。(写真:ロイター/アフロ)

 いつもより早く夕食が終わったので、以前から読みたかった本を開きました。『アリーテ姫の冒険』(ダイアナ・コールズ著、グループ ウィメンズ・プレイス訳、大月書店)。面白そうなので小学1年の娘に読み聞かせを始めると「続きも!」と言われるままに、気が付いたら92ページを読み通していました。

 原書は1983年にイギリスで出版され、日本でも邦訳が出て大変話題になりました。絶版になっていましたが、復刊されて現在は入手可能となっています。

 お話の魅力はヒロインのアリーテ姫が読書家で賢く、前向きで得意分野を生かして難関を次々突破していくところ。姫を殺そうとたくらむ魔法使いとその家来の意地悪さが巧みに描かれているため、姫が彼らをぎゃふんと言わせるたびに、子どもはもちろん、読んでいる私もすっきりした気分になります。

『アリーテ姫の冒険』。左側の箱から出すと右側の本が表れる。原題は
『アリーテ姫の冒険』。左側の箱から出すと右側の本が表れる。原題は"The Clever Princess(賢いお姫様)"だ。写真は筆者撮影。

 お姫様に王子様、良い魔法使いに悪い魔法使い、ヒキガエル、蛇、ネズミ、馬、そして不思議な宝石や水など、おとぎ話の要素をふんだんに盛り込みつつ、一般的なお姫様物語とは逆の世界観を提示していることに、大人はすぐに気づくでしょう。ヒロインのアリーテ姫が闘う相手は、意地悪な魔法使いや娘に無関心な王に象徴される「女性差別社会」です。

 読書好きでお城にあった本を片端から読破してしまい、賢くなって自分の意見を堂々と述べるアリーテ姫に、家庭教師は怒ります。なぜなら家庭教師は、お姫さまは自分の意見を言うべきではない、と考えているからです。王様は財産を増やすことに執心し、アリーテ姫がお金持ちの王子と結婚することにしか興味がありません。挙句の果てに宝石と引き換えに娘を悪い魔法使いと結婚させてしまいました。

賢い姫を迫害する魔法使いと王様

 おとぎ話の形態を取りつつ、女性が知性を持つことを認めず、ただ従属させるジェンダー規範や、娘をモノのように扱って結婚させる、今なお残る慣習を批判的に描きます。

 面白いのはアリーテ姫が、父親と結婚相手から酷い目に遭わされても、泣くことも落ち込むこともせず、前向きに物事にあたり、日々を楽しみつつ、欲しいものを手に入れていく描写です。彼女は賢いがゆえに「結婚できない」と人格を否定する親や、劣悪な環境に彼女を閉じ込め、難題を与えて殺す口実を探す魔法使いなど、気にもしません。

悪役を歯牙にもかけない姫の強さ

 現実の世界では、このような目に遭えば自己肯定感が下がったり、何もやる気が起きなかったり、もしくは自分の境遇を嘆いて暮らすことが多いはずです。そこをあえて反転させ、あくまで前向きに生きて最後は自らの手で幸せを勝ち取るお姫さまを描いたところに、この物語の価値があります。そうです。この物語はひどい現実を目の当たりにした時、あきらめ、希望を失いかける私たちに前に進む勇気をくれるのです。

 私がこの本を娘と一緒に読んだのは、2018年12月18日。同日、世界経済フォーラムのジェンダーギャップ指数が発表され、日本は110位でした。この指数は、健康・教育・経済・政治の4分野について国内の男女格差を算出したものです。昨年、日本は114位でしたから少し順位を上げたと言えるのかもしれませんが、特に政治・経済分野のリーダーが少ないため、先進国最下位を脱することができずにいます。この事実を初めて知る方は、そこそこ豊かな生活を送り、安心して暮らせる日本がなぜこんなに順位が低いのか?  と驚くかもしれません。

110位に驚かない自分にショック

 しかし、この指数を毎年見ている私は、今年の発表に驚きはありませんでした。

 私が本当にショックだったのは、110位という数字に慣れてしまった自分自身です。「ああ、やっぱり」と思ってしまい、実は夜になるまで関連ニュース記事を読みませんでした。男女平等政策に関する仕事をしているのに、これはまずいです。

 心が麻痺しているのは、このところ医大入試の女性差別に関する報道に接して、うんざりしているためです。私に限らず、多くの働く女性や母親や心ある男性も入試差別に驚き怒っています。

医大入試女性差別に小学生男子の反応

 身近なところでは、小学4年生の息子に「女子はコミュニケーション力が高いから、医大の入試で差別されたんだって」と話したところ「え? お医者さんでしょう? 注射とかする時、コミュニケーション力が高い方がいいでしょう」と言っていました。子どもの単純な感想かもしれませんが、会見で時代錯誤な言い訳を並べる大人たちより、子どもの方がずっと正論を言っていると私は思います。

 異常な状況が続くと、大人はそれを変えようとするより、何とか受け入れようと正当化の理由を探してしまいます。私が医大入試の女性差別について、怒りを覚える一方で、関連のニュースをあまり見たくないと感じていたのは、現実を見れば見るほど、受け入れがたく感じるためです。

差別社会に疲れた大人に子どもの世界観が効く

 こうして、心に鎧を着て、間違った日常、差別的な社会構造をできるだけ見ないようにしていても、ふとした拍子に「あ、こっちが正常な考え方なんだ」と気づくことがあります。私は子ども達と話すことで、正義感や道徳、規範を取り戻すことができると感じています。

 今、日本の大人、特に性差別について「おかしい」とか「間違っている」と感じている大人には、だから子どもの世界観に近い物語が必要だと思います。間違った現実に適応してしまわないため、本来あるべき世界観を取り戻すには、物語が有効です。また、連日目にする報道を見て、この社会に絶望しそうになっている人は腹立たしいニュースからちょっと距離をおいて、自分を元気づけてくれる物語の世界に身を置いてみることをお勧めします。

 身近にお子さんがいる方は、ぜひ『アリーテ姫の冒険』を一緒に声に出して読んでみて下さい。冬休みに会った親戚のお子さんに読んであげるのも良いと思います。きっと喜ぶでしょうし、子ども以上に大人が勇気づけられることでしょう。

 アリーテ姫の物語には、彼女の強力な味方になる中高年女性が登場します。ある人は魔法の指輪を、またある人は美味しい食事で姫を元気づけます。つまり、魔法という形で描かれる専門技能も、料理という形で描かれるケアワークも、共に自分より若い世代の女性を差別的な構造から解放するのに必要ということです。私も自分に何ができるか、もう一度ちゃんと考えてみようと思いました。

参考記事:

人権問題から経済問題へ~世界経済フォーラム・ジェンダーギャップ指数の意義とは

(Yahoo! ニュース個人2018年4月26日)

* 記事公開後に「子どもの頃、読んで大好きだった。今は絶版ですか?」とご質問をいただいたので、2段落目を加筆しました。現在、入手可能です。