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保育無償化の対象はどこまで? 「認可外は指導監督基準を満たす園に絞って」と保育事故に詳しい弁護士

治部れんげ東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
保育事故の多くは0~2歳児で起きています(ペイレスイメージズ/アフロ)

 3~5歳児の保育無償化について、注目が集まっています。正確に言えば「実質的な無償化」で認可保育園や幼稚園、認定こども園の保育料について、一般的な保護者負担分(月額2万5000円程度)を国が補助する方向です。

 

 財源は、別途議論されている消費税増税分を充てることになっており、高齢化が進む中、現役世代にも社会保障制度の恩恵を感じてもらえるように…という意図が読み取れます。

 既に2人の子どもが小学生となった我が家に、この制度は直接の影響はありません。それでも、子育て支援予算が増えることは大事ですから、方向性には賛成です。働きながら子育てしている友人たち、いったん家庭に入って子育てに専念し、次世代育成に貢献している友人たちの努力が、報われるのかな、と感じます。

 この記事で取り上げたいのは、ですから、保育無償化の是非ではありません。3~5歳児の無償化政策に基本的には賛成しつつ「その範囲」について考えたいと思います。

「認可外無償化」、対象は見直して

 具体的には、5月31日に内閣官房ウェブサイトで公開された「幼稚園、保育所、認定こども園以外の無償化措置の対象範囲等に関する検討会報告書」の4ページ目に記されている内容の再検討を提案します。

 待機児童問題が深刻である中、幼稚園、保育所、認定こども園といったような、既存の枠組みに収まらない保育施設を利用している子どもはたくさんいます。検討会では、こうした実態を踏まえ、関係者のヒアリングなどを踏まえて、次のように結論づけています。

対象となるサービスは、質の確保が重要であるとの意見を踏まえ、

1) 幼稚園の預かり保育

2)一般的にいう認可外保育施設、自治体独自の認証保育施設、ベビーホテル、 ベビーシッター及び認可外の事業所内保育等のうち、指導監督の基準を満たすもの。ただし、利用者の公平性の確保及び質の向上を促進する観点から、5年間の経過措置として、指導監督の基準を満たしていない場合でも無償化の対象とする猶予期間を設けることが適当である。とすべきである 。(検討会報告書・4ページ目)

良い認可外に出会う人も多い

 認可外保育施設の内容は多様です。中には認可と遜色ない保育内容だったり、フルタイム共働き家庭にとっては便利なサービスを提供していたりして、保護者から評価の高い園も少なくありません。我が家の子ども達も、東京都独自の制度である認証保育所や、幼稚園の預かり保育を利用した経験があります。

 いずれも、認可保育園とは設備などが異なるものの、良い先生に恵まれ、安全に楽しく過ごすことができました。今回、認証園や幼稚園の預かり保育が無償化の対象になることは、保護者の公平感の観点からも、そこで働く先生方の処遇改善への期待からも前向きに見ています。

指導監督基準を満たさない認可外は危険

 問題は、認可外保育施設の中には、子どもに命の危険が及ぶような劣悪な園があることです。それらは「指導監督の基準を満たしていない認可外保育施設」に含まれています。保育事故に詳しい弁護士の寺町東子さんは、次のように話します。

 

「指導監督の基準を満たしていない認可外保育施設は、本来であれば、事業を続けるべきではありません。保育士が全くいなかったり、子どもの安全を守れなかったりするような、極端に人手が不足している状況は、指導監督基準を満たしておらず、死亡につながりかねない重大事故が起きやすくなります。

 特に、今回、0~2歳児の住民税非課税世帯(認可保育所に入れれば保育料無料の世帯)が認可外を利用する場合にも、月額4万2000円を給付するところが肝です。しかし、認可外で亡くなるケースの多くは0~2歳児なのです。」

保活で必死の親は危険な認可外を見抜けないことも

 待機児童が多い都市部では、親は「どうしたら保育園に入れるのか」を必死で考えます。そのため、「認可か認可外か」を基準に園を選ぶ余裕はないかもしれません。家の近所で営業している認可外施設を見つけた場合、保育料が高めであることは気になっても「指導監督基準を満たしているかどうか」確認することなど、考えつかないでしょう。実際、そのような状況で、やっと見つけた保育施設でお子さんを亡くす保護者がいます。

 寺町さんはこれまで、日本全国の保育施設で子どもが亡くなった事案を担当してきました。「保育事故」というと、やむを得ない事故のように思えるかもしれませんが、実態は驚くようなものばかりです。

虐待のような「事故」が起きるケースも

 例えば、泣く声がうるさいからとうつぶせに寝かしつけられ、長時間放置されて見つけた時には呼吸が止まっていた子、人手が足りないから子どもが動き回らないようにと毛布でぐるぐる巻きにされていた子、預けられた時に着ていた上着を脱ぐことなくミルクも与えられずにいた子など、子どもを持つ親としては信じられない事例ばかりです。亡くなった時の状況を聞くと、私には、事故ではなく虐待だと思えてしまいます。

 寺町さんによれば、保育事故でお子さんを亡くした遺族の方々は、みなさん、このように言うそうです。

「営業しているのに、基準を満たしていない施設があるとは思っていなかった」

「飲食店だって、保健所の検査で違反があったら業務停止なのに」

都道府県には危険な園を排除する権限あり

 現状、都道府県は、立ち入り検査を通じて「認可外保育施設について、適正な保育内容及び保育環境が確保されているか否かを確認し、改善指導、改善勧告、公表、事業停止命令、施設閉鎖命令等を行う」ことになっています。その目的は「児童の安全確保等の観点から、劣悪な施設を排除するためのもの」です(東京都福祉保健局・指導監査部・指導第二課・保育施設検査担当者が作成した資料より。強調は筆者による)。

 つまり、都道府県は子どもに危険が及びそうな劣悪な園に閉鎖命令を出すことができるのです。その場合、優先的に考えるべきなのは在園児の受け入れ先でしょう。その点についても、議論が進んでいます。

 都内の事業所内託児所で起きた園児の死亡事故を受けて設置された検証委員会は今年3月、劣悪な施設に閉鎖命令を出した場合、都と市区町村が在園児の受け入れ先について連携することについて、提言を出しています。

無償化は良い認可外に絞るべき

 こうした中、無償化で本来、目指すべきなのは、指導監督基準を満たしており、運営努力をしている認可外施設を手厚く支援することでしょう。そうした園は、無償化により実質的には補助金が入ったり増えたりすることになり、経営が多少なりとも楽になることが期待できます。

 それにより、保育環境をさらによくしたり、運営する園を増やしたりすることも、できるかもしれません。安心な園が増えれば、保護者は「他に選択肢がない」という理由で、事故が起こりかねない劣悪な施設に子どもを預けずにすむようになります。

「無償化の実施は2019年10月で、まだ1年4カ月も先です。その間に認可外保育施設指導監督基準を満たすように努力した施設だけを対象にすれば十分でしょう。違反施設を市場から排除せずに、2019年10月から更に5年間も放置するのは、どう考えてもおかしいです。」(寺町弁護士)

 最後に、この記事で伝えたいことをまとめます。

1) 認可外保育施設の無償化は「指導監督基準を満たすか否か」で線引きするべき

2) 指導監督基準を満たさない園は、子どもに生命の危険がある劣悪な施設の可能性がある

3) 劣悪な施設まで無償化してしまえば、多くの保護者は良心的な保育事業者と区別がつかない

4) 「無償化=指導監督基準を満たしている」ことが保護者に伝われば、安心な園を見分ける基準になる

5) 良心的な保育事業者が無償化の制度で恩恵を受けることは社会的にも望ましい

 保育無償化の対象を考える際、ぜひ考慮に入れてほしいと思います。

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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