都立西高校の生徒が語り合った「女性に参政権がなかった100年前のイギリスと今の日本」

映画『未来を花束にして』のシーン。主人公(写真左)は女性参政権運動に身を投じる

100年前のイギリスと今の日本に共通点はあるのか? 当時と今の常識で、いちばん違うのは、どんなことか?

今月の初め、東京都立西高校の生徒たち数十名が、イギリスからきた女性とディスカッションを行い、私はモデレーターとして参加しました。

イギリスの女性参政権運動と現在の日本の状況についてディスカッションする高校生
イギリスの女性参政権運動と現在の日本の状況についてディスカッションする高校生

イギリスから来たのは、ヘレン・パンクハーストさん。複数の国際NGOで女性や子どもの支援を行っています。ヘレンさんの曾祖母は、100年前、イギリスで女性参政権獲得運動のリーダーだった、エメリン・パンクハーストさんという方です。エメリンさんが指導したイギリスの活動を描いた映画『未来を花束にして』が、日本で1月末に公開されるのを前に来日しました。

映画の原題は「Suffragette」(サフラジェット)。聞き慣れない言葉かもしれません。20世紀初頭にイギリスで女性に参政権を求めた人々を指します。その名の通り、映画が描くのは、100年前のイギリスで参政権を求めた人々の話。その戦いは時に命がけでした。中には家族や仕事を捨てて、戦いに参加した女性もいて、映画は中でも「普通の女性」を主人公にしています。

参政権だけでなく、100年前の女性はあらゆるものがなかった

そもそも、女性に参政権がない、というのは、どういうことでしょうか? 参政権がないというのは、読んで字の通り、政治参加できない、という意味です。それはつまり、自分たちが決定に参加していない法律に縛られることなのです。

例えば、当時のイギリスでは、女性には親権がありませんでした。離婚した後、子どもに会う権利もなく、たとえば離婚後、父親が子どもを勝手に養子に出しても、文句を言えません。映画は「親権がない」という抽象的な概念を心に響く分かりやすいシーンで描き出します。

また、政治に参加できないことは、税金の使い道を決められないことを意味します。主人公は若い母親で、自身の母を幼い時、事故で亡くしています。死因は仕事中に火傷を負ったことで、現在なら労働災害とみなされ、遺族に補償があるはずです。当時はそんな概念はなく、親を失った幼児は保護されることもなく、学校へも行けずに働かなくてはいけません。

幼児の時、母を失い、7歳から洗濯工場で働いた

主人公は自分の母と同じように、7歳から洗濯工場で働き始めています。現在の国際基準に照らせば違法な児童労働が当たり前の時代であったことが、分かります。女性に参政権がない世界では、女性はあらゆるものを持っていませんでした。男性と同じ職場で働き、男性よりきつい仕事をしながら、男性より賃金は低く、事故や雇用主による性暴力は日常的に起きていました。

当時のイギリスが特別ひどかったわけではなく、これは当時、世界的にみて「ふつう」の光景でした。日本でも、かつて女性に参政権も親権もありませんでした。当時作られた性犯罪に関する刑法規定は、時代遅れになったまま、今も使われています

子どものために未来を変えたい、とふつうの母親も考えた

映画では、女性を取り巻く厳しい環境が、主人公の仕事と家庭生活を通して描かれます。

印象的なシーンがいくつかあります。主人公には小さな男の子がひとりいます。もし、女の子だったら、どんな人生だろう、と、主人公と同じ洗濯工場で働く夫に尋ねると、夫は言います。「お前と同じように洗濯工場で働くんだろう」と。そこに、主人公は小さな疑問を抱く。本当にそうなのか。それでいいのか。

偶然が重なり、同僚女性の代わりに議会で証言をすることになった主人公は、国会議員(もちろん、全員が男性です)から「女性参政権をどう思うか」尋ねられて、こう答えます。「ないのが当たり前だと思っていたから、考えたこともありません」。でも、同時にこうも言います。「別な人生があるかもしれない、と思って、ここへ来て話をしました」と。

主人公(写真左)は子どものため、今と違う未来を作りたい、と考える。
主人公(写真左)は子どものため、今と違う未来を作りたい、と考える。

(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.

歴史を振り返れば、参政権そのものも大きな問題です。でも、ふつうの人にとってより重要なのは、人生をより良いものに変える可能性でしょう。また、自分の子どもが、息子でも娘でも同じ機会と権利を持てるかどうかということは、多くの人にとって大事なことでしょう。

今の日本についても考えさせられる映画

私には、息子がひとり、娘がひとりいますので、主人公の気持ちは非常によく分かります。男女平等は、抽象概念ではなく、私にとっては、息子にできることは娘にもできて、娘にできることは息子もできる、シンプルなことです。子ども達が「女の子だから無理」と思わずにいられること。「男の子だから我慢しなきゃ」と思わずにいられることが大事なのです。

こんな風に、いろいろなことを考えさせられる映画です。12月1日、都立西高校では、ディスカッションに参加した生徒たち全員が映画を見て、自分の感想や意見を話し、ヘレンさんと意見交換しました。中でも特に印象に残ったやり取りをご紹介します。

「映画では、女性たちが参政権を求めて命がけで戦った。今、日本の私たちは、選挙権があるのに行使しないことがある。後者の方がより、根が深い問題ではないか」

確かにその通りです。「あるのが当たり前」なのに使わない社会は、ないものを獲得しようと奮闘する社会より、改善が困難に思えます。同時に、こういう問題を認識する10代がいる、ということに、希望を感じました。

平等を求めるための破壊行動は正当化されるのか?

議論になったのは、映画の中では、活動家の女性たちが郵便ポストなどを破壊するシーンです。彼女たちは半世紀にわたり、平和な形で参政権を求めてきたけれど、メディアも政治家も聞く耳を持たなかったために、取った強硬手段でした。

当日、出席した多くの高校生が「ものの破壊は仕方がなかった」という意見を持っていたが、中には「やりすぎだったのではないか」という声もありました。

それに対して、ヘレンさんは、女性たちは暴力的な手段を使いたくなかったこと。また、「映画の中で、誰の誰に対する行為が暴力とみなされているのか、注意してみてほしい」と話していました。ヘレンさんの言うとおり、警官が活動家を逮捕するシーンでは、暴力的な人もいますが、これは暴力とはみなされません。国家権力の行使だからです。

「法律に従うべき、という言葉が映画で何度も出てきたけれど、その法律を作ったのは男性で、その法律は男性しか守らないものだった」と分析した生徒もいました。

今の日本で女性候補と男性候補に向けられる視線のちがい

話題は100年前のイギリスに留まらず、現代の日本にも及びました。ある生徒さんは、今年初めて投票した時の感想を次のように話しました。

候補者の性別によって、人々の見る目が違うと思いました。同じく強そうな人でも、女性だと、ちょっと怖いとか言われて、男性だと信頼できる、と言われることがある気がします」

これは、ジェンダー(男女の社会的な違い)に関する研究でも実証されていることです。とても鋭い意見だと思いました。

権利は勝ち取るもの、と先生は言った

映画の鑑賞は、社会科の先生の発案だったそうです。先生は冒頭と最後のあいさつで「主権者教育」の重要性を話されていました。加えて「権利は勝ち取るものです」「みなさん、発言して、発信してください」と語りかけていました。高校で、こういうことを習う機会があるのは素晴らしいことです。

100年前のイギリスで起きたことを、今の日本に照らして考える、とても素敵な時間でした。映画は2017年1月、TOHOシネマ系で公開されます。女性の社会政治参加に関心がある方、18歳選挙権など政治参加の拡張に関心がある方。子ども達のために男女平等な社会を作る必要があると思う方、学校の先生…多くの方に見ていただきたい映画です。

3人女性がイギリスの女性参政権運動のキーパーソンとして描かれる。
3人女性がイギリスの女性参政権運動のキーパーソンとして描かれる。

(C)Pathe Productions Limited, Channel Four Television Corporation and The British Film Institute 2015. All rights reserved.

2017年1月27日(金) TOHOシネマズ シャンテほか全国で公開。