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金融所得課税増税論の「1億円の壁」(解説)~なぜ所得が多い人ほど税負担率が下がっていくのか?

伊藤英佑公認会計士・税理士
(写真:イメージマート)

個人が株式や配当で得た利益にかかる税金が増税になるかもしれない「金融所得課税増税」。2021年9月の自民党総裁選では岸田首相は所得が1億円を超えていくと税負担率が下がっていくという「1億円の壁を打破」を理由に金融所得課税の見直しと増税の意義を語っていましたが、総理就任後にトーンダウンし、当面見直しはしないということになりました。

ただし、これはあくまで当面という話であって、2022年以降に本格的に議論する方向とも報道されています。今回は、今後またその是非について議論が沸き上がっていくのは必至と思われる金融所得課税について、解説します。

1 収入によって違う所得税の税率

自民党首脳が持ち出している「1億円の壁」。そもそも何で所得が1億円を超えていくと税負担率が下がっていくのか、その仕組みについて簡単に解説していきます。

個人が収入を得た場合には「所得税」という税金が掛かります。給与等でもらった収入は給与が増えるほど段階的に税率が上がっていく超過累進税率により、4千万円超の部分には最大45%(地方税と合わせ55%)の税率がかかる一方、株式売却益や上場株式からの配当にかかる税率は「一律で」所得税15.315%(地方税と合わせ20.315%)となります。

結論として、1億円を超えるような大きな収入は株式売却益から発生する割合が多い傾向が強いため、トータルでの納税額が低くなることとなります。

2 「1億円の壁」の正体とは?

「1億円の壁」の説明として、以下のようなグラフがよく用いられていました。ここで、所得1億円を超えたところから税負担率は減少していき、株式売却益(株式譲渡所得)の所得に占める比率が上がっていることが分かります。

(日経新聞2021年11月5日「「1億円の壁」のグラフを疑え 十字路」より引用)
(日経新聞2021年11月5日「「1億円の壁」のグラフを疑え 十字路」より引用)

所得税の税負担率が下がっていく構造についてイメージのため単純に計算すると以下のようになります。

〇給与のみで所得1億円の場合 ・・税負担率は40.2%←(1億円×45% - 479.6万円)÷1憶 (*注1)

〇給与での所得が20億円、株式売却益が80億円の場合 ・・税負担率は21.2% ←下表参照

(*注1)超過累進税率では所得が増加する部分に対し税率が上がっていき低い部分は低い税率が掛かるようになっていますので、1億円に対して45%の税負担率とはなりません。所得金額に応じての所得税の税率、控除額についてはリンク先参照(国税庁WEBサイト No.2260 所得税の税率

申告納税者の税負担率のグラフでは、所得1億円の人は約30%、100億円の人は約20%です。所得1億円の人には給与だけで所得を得ているのではなく収入の中に株式売却益や上場株式の配当を得ている人がそれなりにいるということでしょう。

所得1億円を超えると株式売却益が大きくなることの理由は、株式による莫大な金融資産を持つのは会社創業者や創業メンバー、投資家ですが、自ら起業して事業が成長し会社が上場したときに自らが保有する自社株を売却することにより得る利益が給与等との水準よりずっと大きいことなどが挙げられるでしょう。

3 金融所得課税増税が見送られた狙いは?

さて、「1億円の壁」の説明のグラフですが、よく見ると横軸の寸法が1億円から100億円がぐっと縮まっています。本来の尺よりも、1億円を超えると税負担率が急に下がり、株売却益の割合が急に右肩上がりに増える印象を与えるグラフになっています。

金融所得課税増税は当然株式投資を委縮させるインパクトがありますから、貯蓄から投資へという政策課題に逆行しますし、株式相場にも悪影響を与えるでしょう。

金融所得課税増税の論拠が1億円の壁というのなら、1億円を超えた部分の株式売却益に対して現行の15.315%より増税ということになれば、一般人への影響は限定的になりますが限られた富裕層への増税となり税収増の効果も落ちることになります。

また、リスクを取って会社を起業して成功した経営者は経済の成長に貢献し新産業の創出や新たな雇用を生みますので、起業の意欲を削ぐような政策が望ましいのかどうか。さまざまな議論が必要となり、今後の動向が注目されます。

公認会計士・税理士

公認会計士・税理士。大手監査法人を経て26歳で独立開業。スタートアップ企業の資本政策(ファイナンス)、IPO、事業会社による出資やM&A等の業務、上場企業経営者等の資産管理会社の運営サポートや税務対策、確定申告、資産家の相続対策などの業務に従事。社外役員として3社のIPOを経験。長期目線での株式投資や資産運用も行っており長年の経験がある。早稲田大学政治経済学部卒、早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。