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<特集>コロナ鎖国の4年間に北朝鮮で何が起こっていたか(1) 死角で発生していた混乱と人の死

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
畑に座り込んで話す女性と国境警備に動員された男性。2023年9月に中国側から撮影

はじめに 

2020年1月にコロナ・パンデミックが発生してからの4年の間に、北朝鮮で多くの人が亡くなってしまった。

防疫を理由に国境が封鎖された時、北朝鮮に住む私の取材パートナーたちは、「伝染病より飢えの方が恐ろしい」と、災い到来の予感を伝えてきた。残念ながらそれは現実のものになってしまった。

死者はまず医療崩壊で発生した。貿易停止で中国製の医薬品が底をつき、高齢者や幼児を中心に病人、けが人が治療を受けられず死亡した。次いで、経済停滞で都市住民の困窮が進み、栄養失調で命を落とす人が出始めた。先行きに絶望して自ら命を絶つ事件も各地で発生した。2022年5月に国内でコロナが大流行した際には、コロナかどうかの判定を受けることもできないまま、少なくない人が命を落とした。

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そして2023年春からの数カ月間、地方都市の混乱はピークに達し、少なくとも情報が取れた地域では飢饉の様相を呈することになった。混乱は秩序の乱れを生んだ。引き締めのためだろう、金正恩政権は、アジアプレスが確認しただけでも8月以降に公開処刑を再開させている。

鴨緑江沿いに立つ住宅のすぐ前まで有刺鉄線が張られている。2023年9月下旬に平安北道の新義州市を中国側から撮影(アジアプレス)
鴨緑江沿いに立つ住宅のすぐ前まで有刺鉄線が張られている。2023年9月下旬に平安北道の新義州市を中国側から撮影(アジアプレス)

1990年代後半の「苦難の行軍」と呼ばれる社会パニック期ほどではないものの、この数年の状況は、それに次ぐ厄災だったのは間違いないと、私は見ている。この人道危機に対して、日本も、韓国も国際社会も静かだ。情報があまりに不足していたからだと思う。

「コロナ鎖国」によって、外部世界に災いの目撃者は存在しない。北朝鮮に親族を持つ在日朝鮮人、脱北帰国者は心配を募らせている。4年以上も肉親の安否がまったくわからなくなっているのだ。

後述するが、私は20年前から北朝鮮に住む人々とチームを作って、国内の動向を取材している。彼・彼女らから伝えられる情報は断片的であるが、それらを積み重ねて照合させると、金正恩政権がコロナ対策を口実にかつてない強力な社会統制策を実施したこと、また「反市場」に政策の大転換を図っていることが分かってきた。

そしてこの金政権の施策こそが、災いの原因になっていたのである。本稿では、北朝鮮国内の動向に絞ってパンデミック発生からの4年を振り返ってみたい。

畑の中に建てられた警備哨所で、作物泥棒と住民の国境接近を監視する男性。民間武力「労農赤衛隊」の農場員とみられる。2023年9月下旬に平安北道の朔州郡を中国側から撮影アジアプレス
畑の中に建てられた警備哨所で、作物泥棒と住民の国境接近を監視する男性。民間武力「労農赤衛隊」の農場員とみられる。2023年9月下旬に平安北道の朔州郡を中国側から撮影アジアプレス

1.広がった死角

2020年1月、中国発のコロナ・パンデミックが始まると、金正恩政権は電撃的に国境を封鎖し、人とモノの出入りを遮断した。

中国に出国、非合法に越境してくる人、脱北者はほぼ皆無(後述する)。メディアの北朝鮮国内取材も途絶えた。平壌に支局を置いていた共同、AP、AFPをはじめとする通信社、メディアは、4年以上も一人の記者すら入国できていない。朝鮮総連の機関誌・朝鮮新報の平壌特派員でさえ20年3月に撤収した後、24年4月の現時点まで交代要員が入国できていない。

国営通信社イタルタスなど、ロシアのメデイアも同様だ(23年7月のショイグ国防相など、高官訪朝時に同行した可能性はある。中国の新華社通信はアジアプレスの確認を拒否した)。

ゼロコロナ政策を徹底していた中国には行くことができず、朝中国境での取材もなかなか叶わない。国際郵便は止められており、日朝間では葉書一枚往来できない状態が続いている。これほど長期間にわたり北朝鮮国内から情報が出て来ないのは、これまでなかったのではないか。 

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◆北朝鮮国内のパートナーたち

私が北朝鮮関連取材を始めたのは1993年。95年に平壌、97、98年に咸鏡北道(ハムギョンプクド)に入ったが、外部の人間には、いくら努力しても、金を使っても絶対に越えることができない「高い壁」があることを実感した。

02年からは、北朝鮮に住む人々とチームを作って国内情勢を取材することにした。中国に通って、合法・非合法に出国してきた北朝鮮の人たちと会い続けて取材のパートナーを探した。目標を「市民ジャーナリスト」の育成に置いた。通信には中国の携帯電話を使っている。電波が北朝鮮内数キロまで届くのだ。

平壌市中心部のアパート街で中国製のソーセージを売る女性。2011年7月モラン区域にて取材パートナーのク・グァンホが撮影した。
平壌市中心部のアパート街で中国製のソーセージを売る女性。2011年7月モラン区域にて取材パートナーのク・グァンホが撮影した。

能力や熱意はまちまちだが、取材パートナーは総勢10人。ところが、パンデミックが始まると、そのうち4人と連絡が取れなくなった。平壌や平安南道(ピョンアンナムド)などに住んでいるのだが、中国への出国はおろか、国境地域に移動することすらできなくなり、連絡手段が失われた。残りの6人は北部の両江道(リャンガンド)、咸鏡北道、平安北道(ピャンアンプクド)の在住で、通話やメッセンジャーで意思疎通している。

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内外のメディアで、北朝鮮国内情勢を独自の情報源から伝えていたのは、日本では東京新聞の城内康伸記者(昨年末に退職)と毎日新聞の米村耕一記者くらいではないだろうか。海外ではRFA(自由アジア放送)所属の脱北者出身の記者数人が、独自の国内ルートで情報を伝えている。

パートナーたちは、皆庶民なので高級情報はない。パンデミック以降、国内移動が厳しく制限されたため、居住地以外の事情をほとんど知らない。調査の方法は単純だ。北朝鮮のすべての住民は地域では「人民班」に属し、社会にあっては職場か「女性同盟」などの大衆団体に組織されている。そこで1~2週に1度開かれる会議や学習会では、労働党や行政機関の方針や指示が伝達される。

パートナーたちには、これらを定期的に伝えてもらう。また市場や国営商店で物価調査を毎週行い、近隣の協同農場に出向いて農村の事情も調べている。入手した文書を中国のスマートフォンで撮って送ってもらうこともある。

アジアプレスは弱小組織で調査は限界だらけだ。以上を念頭に、次回からの報告を読んでいただければ幸いだ。(続く)

※人民班とは最末端の行政組織のことで、地区ごとに20~30世帯程で構成される。人員はおよそ60~100人。上部からの指示を伝達し、住民の動向を細部まで把握する役割を担う。

※本稿は2023年11月発行の在日総合誌「抗路」(クレイン)に掲載された拙稿を大幅に加筆修正したものです。

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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