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ドローンに怯える金正恩政権が撃墜訓練始める 暗殺、空撮、情報散布を警戒

石丸次郎アジアプレス大阪事務所代表
女性高射砲部隊による防空訓練の様子。朝鮮中央通信より引用。

昨年9月、韓国で興味深いコンテストがあった。「北朝鮮情報自由国際連帯」という市民団体が、北朝鮮内に外部情報を投入するためのアディアを公募したのだ。

約150点に及んだ応募企画書を見せてもらったのだが、目を引いたのはドローン(無人機)を使ったアイディアの多さだ。韓国や中国からドローンを飛ばして、ビラを撒いたり、動画の記録されたUSBやSDカードを散布したりするというものだ。小型カメラを装着して北朝鮮を空撮するというアイディアもあった。

廉価なドローンが普及した現在、これらのアイディアは十分実現可能なように思われる。実際、朝中国境ではドローンを飛ばす行為がしばしば行われているようで、中国側に「ドローンによる撮影厳禁」と書かれた立て看板が設置されていることを、産経新聞が昨年12月末に写真入りで報じている。

産経新聞 「中国が中朝国境にドローン禁止看板」

このように自国の領空に無遠慮に飛んでくるドローンを、北朝鮮当局はひどく警戒しているようで、3月に入って遂に撃墜訓練を始めた。北朝鮮の北部地域に住むアジアプレスの取材協力者が3月22日、無人機に対する軍事訓練が始まったことを詳細に伝えてきた。末端の行政組織の人民班会議で伝えられたという。以下、概要を記そう。

3月14日から、全国で軍民合同の対無人機訓練が始まり、毎日のようにやっている。

訓練の基本的な内容は、領空に侵入して来る無人機の監視、発見、報告、撃墜だ。参加する単位は、労農赤衛隊、教導隊、赤い青年近衛隊(※ いずれも民間武力組織)、そして民間地域に駐留する軍部隊だ。

一般住民には、無人機を発見したら即時に報告するよう指示があった。報告体制の流れは、人民班長→担当保衛員(秘密警察要員)、または保安員(警察)→周辺軍部隊と決められた。

発見したらすぐに撃墜するという通達も出された。訓練期間なのに実弾が支給され、空を監視している。軍人たちも、反航空訓練(防空訓練)をしつつ、無人機を撃墜できるよう準備態勢を整えている。

※教導隊 陸軍歩兵師団レベルの武装と編成を備えた予備軍。

労農赤衛隊 教導隊のレベルに満たない中高年層と未婚女性で構成。

赤い青年近衛隊 高級中学校5〜6年生(16-17歳)で構成。

参考記事北朝鮮の非正規武力=民兵組織は推定350万人 中国への警戒も強調

このような民兵組織を動員しなければならないのは、正規軍が深刻な兵員不足に陥っているからだ。

参考記事 <北朝鮮写真報告>痩せて小さな人民軍の兵士たち 兵員不足で140センチ台で入隊 (写真4枚)

さて、北朝鮮当局は、いったいドローンの何を警戒しているのだろうか? 取材協力者は無人機撃墜の理由について次のように説明した。

「首脳部(金正恩氏)を狙った爆弾無人機と、偵察、撮影のための無人機が我が国の領空を公然と飛び回っているので、民間と軍であらゆる火力を動員して撃墜するのだと、人民班会議で説明がありました」

北朝鮮が公式にドローンに敏感に反応したのは昨年12月のことである。北朝鮮のウェブ宣伝メディア「わが民族同士」は、脱北者が無人機を飛ばし、朝中国境地帯から尊厳(金日成、金正日)の銅像を打撃するテストをしたとして、首謀者、加担者を無慈悲に懲らしめると強い反発を露わにした。

また、これに先立つ昨年秋頃、中国との国境地域では、人民班会議や住民対象の講演で「国境を越えてから飛んでくる無人機を見つけたらすぐに申告せよ」という指示があったと、複数の北朝鮮の取材協力者が伝えてきている。

さらに、3月に入って米軍が最新無人攻撃機「グレイ・イーグル」の韓国配備を来年から進めると発表したことに反応した可能性もある。ただ、弱体化し規律と士気の低下が著しい朝鮮人民軍の現状で、いつ飛んでくるかわからない小型ドローンに対処できるのか、疑問である。

参考記事<北朝鮮写真報告>人民軍の規律荒廃に金正恩氏が「無法天地」と激怒 脱走・強盗・韓流ドラマ視聴まで 機密文書漏えい(写真3枚)

アジアプレス大阪事務所代表

1962年大阪出身。朝鮮世界の現場取材がライフワーク。北朝鮮取材は国内に3回、朝中国境地帯には1993年以来約100回。これまで900超の北朝鮮の人々を取材。2002年より北朝鮮内部にジャーナリストを育成する活動を開始。北朝鮮内部からの通信「リムジンガン」 の編集・発行人。主な作品に「北朝鮮難民」(講談社新書)、「北朝鮮に帰ったジュナ」(NHKハイビジョンスペシャル)など。メディア論なども書いてまいります。

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