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教員の長時間労働の真因は「過度な期待」? 教員の働き方の現状と課題をみる

平岩国泰放課後NPOアフタースクール代表理事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

学校も新年度が始まり、先生方も早速忙しそうに働く姿が見られます。昨今では、学校における働き方改革の議論が熱をおびてきています。2019年1月、文部科学省においても中央教育審議会より「学校における働き方改革」についての答申が行われました。

文部科学省の発表によると「小学校教員の約3割、中学校教員の6割が、月に80時間以上の時間外労働をしている」というデータが出ています。「月に80時間以上の残業」はいわゆる「過労死ライン」です。多くの小中学校の教員が過労死ラインで日々働いている現状は非常に深刻な社会課題であります。

一方で、ではどうしたらいいか?と改善の方法を問われると悩ましいです。学校現場には私たち市民はなかなか手が届きません。さらに、このような学校の課題に対して「学校も教育委員会も、そもそも文部科学省も何をやっとる!」と批判的で大雑把な論調にさらされてしまいます。この課題についてはもっと生産的で丁寧な議論が必要です。教育は保護者だけでなく、この国にかかわるすべての人がステークホルダーです。ですので、私たちはこの課題に対してもっと理解を深め、出来ることを冷静に考えていく必要があります。

この教員の働き方の課題に対して注目すべきレポートが提出されています。このレポートは本年2月にボストンコンサルティンググループによって教員の働き方についての分析がなされたものです。ボストンコンサルティンググループ(以下BCG)と言えば、戦略コンサルティングのグローバルトップファームです。そのコンサルタントたちがなんと学校現場に入り込み、職員室で1~2週間先生方に張り付いて「実際に何をしているのか」を分析しています。張り付かれる先生方はさぞプレッシャーがあったことと思いますが、調査に協力した自治体・学校があり、このようなデータが出てきたことは非常に素晴らしいことです。この資料を作ったチームにもインタビューしましたので、その話も合わせてご紹介します。私はこのレポートは日本を変える第一歩になるものだと言っても大げさではないと感じました。

〇先生の勤務時間はどのくらいか、また増えているのか?

前提としてまずは文部科学省の「教員勤務実態調査(2016年度)の集計」を見てみましょう。職種別の週の労働時間です。

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これを見るとどの職種においても週の労働時間が50時間を超えています。また小中学校共に副校長の多忙さや、中学校の教員がほとんど週に60時間を超える長時間労働をしているなど色々と気になるところが出てきます。一番の課題は、小中学校とも全ての職種において10年前と比べて勤務時間が増えている点です。昨今企業はどんどん働き方改革も進められていますが、学校の改革は残念ながら後退している現状です。

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続いてこちらは、学内残業勤務と持ち帰り業務の時間です。そもそも持ち帰って業務をすること自体が一般企業では考えにくくなっていますが、この調査によると平日は30分程度、週末も1時間程度持ち帰りが発生しています。日中にこれだけ働いてもまだ持ち帰って家で仕事をしているのです。改めて先生方の過酷な働き方の現状を感じていただけたかと思います。

〇先生方は何に時間を費やしているのか?

次に気になるのは、一体何にそんなに時間がかかっているのか?ということです。ここで先述のBCGの張り付き調査をみてみましょう。

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こちらは管理職ではない小学校教諭の業務の内訳です。この調査時、教師歴3年未満の先生は週に70時間働いています。このままのペースで働いていくと、残業が月に120時間を超えてしまう計算です。明らかに働き過ぎですが、その内訳はどうでしょうか。

まず全体の6割40.8時間が学習指導にあてられています。なんとこれだけで既に所定労働時間である週40時間を超えてしまっています。

さらにこの学習指導の内訳をみると、学習指導は1.授業2.授業準備3.採点・評価の3つです。

その割合は概ね以下の割合だそうです。

1.授業:40% 2.授業準備:30% 3.採点評価:30%

気づくのは、授業の前後の時間の長さです。実際に授業をする時間と概ね同じくらい前後にそれぞれ時間をかけています。生徒たちに学んだことを定着させることを目標に、丁寧な準備があり、授業後には宿題やテストなどの採点が待ち受けています。実際に授業をしている時間の1.5倍の時間が前後にかかるので、「授業の時間×2.5」が学習指導関係だけでかかるわけです。多くの先生はこれだけで週40時間を超えることになります。

そしてさらに学習指導に加えて、生徒指導・行事準備・部活動・渉外対応・研修がある。それらを全て加えると、全ての教員が過労死ラインを超えてしまう。これがBCGが見た職員室で実際に起きている現実です。

〇文部科学省はどう見た?

この現実を、文部科学省はどう見ているのでしょうか。昨年9月に文部科学省から発表された「教員勤務実態調査の分析結果及び確定値の公表について」という資料によると、勤務時間の増加は「若手教員の増加」「総授業時数の増加」「中学校の部活動時間の増加」の3つがその要因と分析されています。

(要因1)若手教員の増加

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(要因2)総授業時数の増加

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(要因3)中学校の部活動時間の増加

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この3つの要因です。つまり原因は「学校現場にある」と見ています。

〇BCGはこう見た

では、これらの要因も踏まえ現場で実際に調査したBCGのコンサルタントたちはどのように見たのでしょうか。それが下記のスライドです。

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BCGは長時間労働になってしまう先生方の行動様式を「前例重視」「自前主義」「手段が目的化」 の3つの課題に整理しています。ただしそれは表層的な事象で、その背景には働き方改革が評価されない「学校の仕組み」「ICTインフラの未整備」、そして生徒のために際限なく頑張ってしまう「教員の意識・教員の空気」があると見ています。

そして最も根底にある真因は

「保護者・地域からの過度な期待」と「それに全て答えようとする学校・教員側の意識・慣習」となっています。私たちは学校の先生に全て任せ過ぎていて、先生方はそれに必死で対応してしまう状況が長時間労働を招いていると指摘しています。教員の長時間労働の問題はともすると学校だけの問題・文科省だけの課題と考えがちですが、そもそもの課題は私たち社会の側にもあるとの重要な指摘です。

「保護者・地域の期待が大きすぎることが長時間労働の真の要因」と聞くと、どう感じますでしょうか?実際のシーンにもとづいて考えてみると分かりやすいです。

例えば、先生方が時間をかなりかけている業務に採点・評価がありました。宿題がなくなったらどうでしょう。宿題は生徒の自己採点にして先生が見なくなったら、採点をAIが自動化して行ったら「ちゃんと人間が見ろ!」と思うでしょうか?

また、運動会はどうでしょう。日本の小中学校の運動会は本当にきめ細かく種目が分刻みに進行されていて、それを私たちは当たり前に見ています。しかし、海外ではあのようなきめ細かい運動会は珍しく、親子で気楽に楽しむスポーツフェスティバルのようなものが多いと聞きます。

卒業式や式典が行われると、日本の学校の式は非常に厳粛な雰囲気で行われ、台本をキッチリと守り抜いていきます。もう少しカジュアルな式を執り行ってはまずいでしょうか?

部活も土日も含めて必ず先生がいないとダメでしょうか?先生の多くは「怪我をした時に自分がいないと責任を問われる」と心配しています。

教員の長時間労働については多くの方がおそらく「何とかしてあげたい」と感じていると思います。しかし、上記のような個別のケースになると、「それはダメでしょう」という空気が少なからず存在するのも事実です。その感覚こそが真の要因であり、その感覚をアップデートすべきだとこのレポートは指摘しています。

〇学校の働き方改革は未来づくりそのもの

「小学校教員採用試験倍率:小学校1.2倍  新潟県が全国で最低」

昨年11月このような記事が新聞紙上を賑わせました。残念ながら教員の希望者が年々減っています。小学校教員の採用倍率は2000年度の12.5倍がピークでしたので、今回の新潟県の数字はその10分の1です。1.2倍は「受ければ概ね受かる」という風に見えます。教員が魅力的な仕事として捉えられずに、希望する人が減り質が下がっていく、質の低下に保護者や社会が不満を募らせることで環境は更に厳しくなり、ますます成り手が減る、このような負のスパイラルが続いてはいけません。

学校現場にイキイキとした先生がいる、教員の仕事に魅力的で優秀な人材が入る、という正のスパイラルを起こすための大きなドライバーがこの「学校の働き方改革」なのです。

BCGの調査担当者は「学校は何をする場なのか?そして先生は何を提供する人なのか?という社会との合意が必要です」そして「変革のプロセスは学校単位で行われるものから、行政や民間を巻き込んで行われるものまであり、すべて複合的に行っていかねばならない」と指摘します。

教育は日本の全ての人にかかわる問題です。どうか令和の新時代は、社会全体で学校の働き方改革を支援し、先生方を社会全体で応援する世の中を作っていきたいと思わずにはいられません。

(BCGレポートは下記のリンクにあります)

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/mirai_kyoshitsu/pdf/006_03_00.pdf

放課後NPOアフタースクール代表理事

放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業など担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職、教育の道に専念。子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年~文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員。2019年~新渡戸文化学園理事長。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)

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