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樋口尚文の千夜千本 第157夜「星の子」(大森立嗣監督)

樋口尚文映画評論家、映画監督。
(C)2020「星の子」製作委員会

奇異で目ざわりな「幸福」を「断罪」できる権利はあるのか

前作『MOTHER』で長澤まさみ扮する強烈な毒母の行状を通して「家族」のかたちの割り切れなさ、いっそ不思議さを見つめてみせた大森立嗣監督が、本作でも怪しすぎる新興宗教にはまった両親と娘たちのやりとりを通して、またしても「家族」というもののあり方を定義することの難しさを凝視している。中三の多感な季節のちひろ(芦田愛菜)はごく普通に友人たちと戯れ、慈愛あふれる両親(永瀬正敏、原田知世)に囲まれて、何ら変哲もない穏やかな暮らしをしているように見える。

だが、その平穏で曇りなき日常に見えたちひろの日常の、えも言われぬ軋みが徐々にあらわになってくる。一見普通に見えた家庭の光景に一点だけ「あれ?」と目を疑う珍妙なサインが見える。それさえなければ現象的にはつつましくも理想の親子関係かもしれないのだが、逆にそうであるがゆえにこの一家の異様さが浮かび上がってくる。ちひろの幼少時のある出来事によって両親はどうみてもあやしげな新興宗教にはまってしまい、まんまと長年にわたってその霊感商法によって金をむしりとられ、貧しい暮らしむきとなっている。ただ、両親は本当にその胡乱な水の霊験あらたかなることを信じきっていて、傍から見るとなんともきわどいことになっているのだが、本人たちは至って安定して幸福そうなのである。

両親がこういうことになったのは自分のせいだという気持ちがあるのか、ちひろはこの全く悪気のない両親のありようをずっと受容してきた。だが、姉(蒔田彩珠)はそうは行かず家を飛び出したし、おじさん(大友康平)は何とかして両親の目を覚まさせようと乗り込んできて、その影響下からちひろを引き取って「救出」しようとさえ考える。明らかにこの宗教はいかがわしく、信者の集会でリーダーぶりを発揮する人々(高良健吾、黒木華らの善意あふれるあやしさが印象的)もかなり胡乱で、恐ろしい風評すら流れている。

かたくなにこの宗教を信じているというよりは、両親のためにやんわり理解してあげようという気持ちのちひろは、「社会の目」を代表するおじさんをヒステリックに拒絶する父のようにこわばった姿勢ではなく、むしろ学校生活という普通の世界にも溶け込みながら静かに信仰を続けている。当たり障りなく、普通の女の子のように新任のイケメン教師(岡田将生)にあこがれて、誰にも迷惑をかけずに暮らしている彼女だが、ある時ついに両親や自分に対する「社会の目」のむき出しの嫌悪感を最も聞きたくない相手から激しく吐露され、心身壊れそうなダメージを受ける。

このなんともいえない境遇におかれてゆらぎ続けるちひろという少女を、ごくごく自然な演技で体現する芦田愛菜は、ほとんど天才的である。絵に描いたような熱演は排除し、ごく静かに理性的にちひろを肉体化してみせた。そして、このあまりにも奇異で目ざわりな「家族関係」が、しかしそれなりの方向で無害に彼らなりの「平穏」と「幸福」を実現していることに対して、われわれははたしてそれを「断罪」する権利があるのか。大森立嗣監督は、静謐にして澄明なまなざしで「家族」というものの得体の知れなさを焙り出してみせた。

映画評論家、映画監督。

1962年生まれ。早大政経学部卒業。映画評論家、映画監督。著作に「大島渚全映画秘蔵資料集成」(キネマ旬報映画本大賞2021第一位)「秋吉久美子 調書」「実相寺昭雄 才気の伽藍」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』70年代日本の超大作映画」「黒澤明の映画術」「グッドモーニング、ゴジラ」「有馬稲子 わが愛と残酷の映画史」「女優 水野久美」「昭和の子役」ほか多数。文化庁芸術祭、芸術選奨、キネマ旬報ベスト・テン、毎日映画コンクール、日本民間放送連盟賞、藤本賞などの審査委員をつとめる。監督作品に「インターミッション」(主演:秋吉久美子)、「葬式の名人」(主演:前田敦子)。

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