樋口尚文の千夜千本 第145夜「初恋」(三池崇史監督)

(C)2020「初恋」製作委員会

やんちゃなVシネ的創意の爆走

東映の紀伊宗之プロデューサーがこのところ手がけた『孤狼の血』『犬鳴村』、そして本作『初恋』には、ある共通点がある。それはあの犬吠埼灯台下で歴代撮影される東映の「荒磯に波」オープニング・クレジットが、ゼロ年代のCGを使った明朗調ではなく、ぐっと波の黒が締まった実に荒々しいバージョンなのである。これはまさに『孤狼の血』の原点となった『仁義なき戦い』をはじめとする実録やくざ路線が評判を呼んでいた1970年代におなじみだったもので、私の記憶では1978年の春頃からは次のもう少し明るめで穏やかなバージョンに変わった。この荒々しくごつい波のクレジットが冠されていた時代は、ハードな実録物のほかにエロス、バイオレンス、ホラーなどの見世物に訴えたキワモノ企画もわんさと転がっていた。そこには他の邦画各社には見られない、東映ならではのエグい活力があって実に愉しかった。

この70年代オープニング・クレジットが、昨今のデオドラントされ過ぎた健全なシネコンのスクリーンに、あの時代のいささか顰蹙もののやんちゃな東映カラーを蘇生させようという進軍の狼煙であるとすれば大歓迎だ。実際、『孤狼の血』のどぎつい暴力描写や『犬鳴村』のけったいなホラー描写は、今どきのヤワな観客だと好奇心をくすぐられるどころか引いてしまうのではないかという域までやりおおせているので、そこは痛快であった。とにかく東映を筆頭に、かつての映画館のスクリーンには出所不明で胡乱な、わけのわからないフィルムとの出会いがしばしばあって、それが自分の映画体験のレンジをぐんと拡張してくれたのだった。

さてそんな流れのなかで生み落とされた『初恋』も、70年代クレジットが期待させるものを全く裏切らないやんちゃ過ぎる快作だったが、これは往年の東映というよりもビデオショップ華やかなりし頃の猥雑な活気溢れるVシネの棚からやって来た感じだ。物語の芯はごくシンプルで、ある覚せい剤ビジネスにやくざと警察が翻弄されるなか、何も知らない堅気のボクサーの青年がその騒動に巻きこまれる。三池監督への信頼の証か、内野聖陽、大森南朋、染谷将太、ベッキー、村上淳といった面々が実に機嫌よくワルぶり、狂いぶりで歌舞いてくれる(クスリのせいでどんなに死にかけても「痛くねえ!」と不敵にほほ笑んでいる染谷将太など本当におかしい)。このどぎついワル顔の面々のこってり演技とは対照的に、窪田正孝と小西桜子扮する主人公たちは飾らずピュアな演技が爽やかで好ましい。

全篇を通して連発されるバイオレンスとブラックジョークとナンセンスで間然するところない犯罪映画だが、よくよく観ていると決して製作費が潤沢でもなさそうななか、監督が知恵と職人芸を動員したアクションの小ネタの集積で(特に後半の閉鎖空間の演出)持たせているのがわかってあっぱれだった。まさにVシネバージョンの三池崇史まつりの感ある快作だった。