樋口尚文の千夜千本 第131夜「東京パラリンピック 愛と栄光の祭典」(渡辺公夫監督)

(c)KADOKAWA 公開時のポスター

あたりまえに観られたものほど消えてしまう

KADOKAWAの映像提供、上智大学の主催による〈映像が伝える、東京1964パラリンピック〉にて、このたび発掘された1965年公開の『東京パラリンピック 愛と栄光の祭典』を拝見する。少し前から、旧大映の作品群リストのなかに埋もれていたこの作品が発見されたことを伺っていたので、早く拝見したいと思っていた。1964年の東京五輪の後、11月に22か国が参加して開催された東京パラリンピックの記録映画である。

しかし、クレジットを観て驚いたのは、この作品のプロデューサーが上原明氏、監督・脚本・撮影が渡辺公夫氏だったということである。ともに大映のカメラマンで、上原氏は『複雑な彼』『早射ち犬』『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』『蛇娘と白髪魔』などを手がけ、勅使河原宏監督『燃えつきた地図』、村野鐵太郎監督『闇を裂く一発』などは特に印象に鮮やかだ。渡辺氏は戦後まもなく大映でカメラマンとなった大ベテランで、『蜘蛛の街』『川のある下町の話』『宇宙人東京に現わる』『かげろう絵図』『いそぎんちゃく』をはじめ幅広い作品を担当したが(異色なところでは三島由紀夫の『憂国』も!)、市川崑監督『日本橋』や衣笠貞之助監督『歌行燈』などの映像美は比類なきものがある。

なんとそんな大映を支えた名カメラマン二人が「東京パラリンピック」なるものの存在を知り、これは記録すべきと資金を集めて撮ったという異色のいきさつからなるのが本作だ(応援の助手には大映末期の青春映画の旗手、帶盛廸彦監督の名もある)。63分のなかに、参加する障害者たちの横顔から競技での雄姿までをとらえ、それを軸にパラリンピックの祖であるルードヴィヒ・グットマン医師や各国の選手の交流、当時の皇太子殿下夫妻の姿までをおさめ、まだわが国でなじみのないパラリンピックが障害者に希望を与えたさまを記録している。ナレーションに宇野重吉、意気揚々とした主題曲に團伊玖磨と、この小ぶりなドキュメントを意気に感じ、スタッフも堂々たる布陣である。

しかしこの作品はなにも特別な映画ではなく、大映系の映画館で1965年5月15日に山本薩夫監督『証人の椅子』の併映作としてごく普通に公開されている。興行不振で徐々にきわどい作品も増えていった季節にあって、この社会派ドラマと善良な記録映画の二本立ては、当時の大映の良心という感じだが、よくもこの作品を併映にしたものだと思う。60年代の映画館に行くと、しばしばこういう記録映画やニュース映画が添え物的に上映されていて(ほとんどは白黒)独特な面白さがあった。折しもこの直前の3月20日には市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』が公開されて大ヒットしていたので、大映の永田雅一も社員有志がこしらえた地味なパラリンピックの映画にも商機ありとにらんで買い上げたのではなかろうか。

こうしたごく普通に公開された記録映画が、すっかり保管庫の奥に埋没していたわけだが、それはまだいいほうで、1964年の東京パラリンピックを記録した映像作品は6本あるとされつつ、本作とNHK作品『パラリンピック東京大会』のほかはほぼ行方知れずだという。あたりまえに観られたものほど、消えてしまう危険性は高いのである。統計的な記録には残らないさまざまな次元の要素が映像には映っているので、今回の発掘は大変貴重なことだ。