樋口尚文の千夜千本 第92夜「海辺のリア」(小林政広監督)

日本外国特派員協会での記者会見(撮影=樋口尚文)

仲代達矢を仲代達矢から解放する共同戦線

ずっと楽しみにしていた『海辺のリア』を観ている時間は、仲代達矢という俳優についてあれこれふり返り、考え続けるうちにあっという間に過ぎた。

そもそも仲代の属した俳優座は、1944年に創立されて戦後の映画、テレビに深く食い込み、この世界での演技のスタンダードを築いた。特に仲代の育ての親のひとりと言われる佐藤正之は、戦前の満映に入った後、シベリア抑留から帰還するや、俳優座に属して映画部長となった。映画最盛期の東映は採用したニューフェースを俳優座で半年修行させることにしていたし、まだテレビが普及しておらず映画界からは胡乱なものとみなされていた1954年にはなんと佐藤が企画した橋本忍脚本、渋谷実監督、小沢栄太郎、千田是也出演『勲章』のテレビ版をまず放映し、翌日から映画版を松竹で封切というメディアミックスのはるかな先駆のような試みもやっている。翌55年にはNHK『やがて蒼空』でまだ無名の仲代がドラマ出演を始めた(『七人の侍』の通行人役で黒澤明にしぼられたというのもほぼこの頃=前年)。

邦画興行最盛期の1958年には、日本テレビに〈俳優座アワー〉という枠が出来ていて、その一話『忠直卿行状記』では56年に佐藤プロデュースの日活映画『火の鳥』で映画に本格的に出演しはじめた仲代がすでに主役を張っている。また、佐藤は仲代夫人の元女優・宮崎恭子を66年の山本周五郎原作のフジテレビ『釣忍』で脚本家デビューさせた(ペンネームの隆巴もここから始まる)。こうして仲代は、佐藤の俳優座映画放送(後に株式会社「仕事」として独立)を窓口として、映画会社にも専属しないフリーの立場を維持したことで、五社協定の拘束を受けず邦画各社とテレビをまたいだ自在な出演を実現していた(女優でこういう立場を貫いていた稀有な例が香川京子だ)。だからこそ松竹の『人間の條件』『切腹』にも、大映の『鍵』『炎上』にも、東宝の『用心棒』『天国と地獄』にも出演できたのである。

こうした俳優座時代から無名塾時代をまたいでの業界との独自のかかわり方において、仲代達矢はわが国の映画、テレビに新劇のエッセンスを注入し、虚構的な様式のある演技を行き渡らせた最大の貢献者のひとりである。もちろんその演技は商業的な安定性、見やすさが求められる大手映画会社の商業映画や従来の地上波のテレビ番組にこそ最もハマるものであって、なかには勅使河原宏監督の『他人の顔』のようなアートフィルムにも出演していたが、仲代のプロフェッショナルな演技に、たとえばモデルだった入江美樹の自然体の演技を対置することで監督は作品を風通しよいものにしていたが、あくまで仲代は新劇的な手堅い演技のままであった。

こうして仲代の足跡をあらたまって回顧して、いったい何が言いたいのかというと、そんな言わば一定の商業的なスケールのなかで、そこにふさわしい新劇的な演技のアイディアルイメージを体現し続けた仲代という巨星が、インディーズの雄である小林政広監督の作品に出るということは(もう三作目なので皆そこに驚きを感じなくなっているかもしれないが)仲代の俳優史においては相当画期的でベンチャーな出来事なのである。大島渚は新劇俳優を好まず歌手や素人をしばしば起用したが、そもそも仲代の構築された演技は黒澤明や小林正樹、はたまた岡本喜八の撮影所映画にはハマッても、ヌーヴェル・ヴァーグ的な自在さ、奔放さで撮られた作品にはなじまなかったことだろう。別にそれは悪いことではなくて、逆にそうでなければ『影武者』や『乱』のような作品を成立させる演技は出来ない。

こうして無理せず新劇的な足場をしっかり踏み出さないことによって、仲代は現在の作品歴と評価を獲得したわけである。その業績が称揚されて文化勲章など貰ってしまったら、高齢でもあるし、その評価に安住していればよいはずなのである。文化勲章受章後の新作映画が公開される俳優というのは存在しないとも聞く。ところが、仲代達矢の真に顕彰さるべきところは、この御年でなお自らの新劇的演技に果敢にメスを入れずにはいられないという点である。新劇的な演技然とした演技をどんどんひっぺがして行きそうな小林監督を共犯者に選んだのは、そういう外部からの荒療治なくしては自分にしみついた堅牢な計算演技を変えてゆくことなど出来ないと踏んだからではなかろうか。

それでも『春との旅』の仲代はいつもとは違う特異な役柄ながら演技は折り目正しい感じであって、『日本の悲劇』では後頭部のフィックスショットなど小林監督が大胆な王手をかけて名優の芝居の定石を封印することで、次に行こうとしていた感がある。そして『海辺のリア』はまたさらに踏み込んで、「役柄」の域で手を打たず、仲代達矢「本人」の生地をリアルにつかみ出そうとしているふしがある。だが、監督がここまでの覚悟でのぞんでも、そっけない海辺をさすらう老俳優に扮した仲代は(その背後に数億円をかけて作った炎上する城のセットなどがあるかのごとくに)名優の演技を披露し続ける。それでいて、仲代には何かその枠から踏み出したいという意欲もみなぎっていて、時にサディスティックな感じすら漂う小林演出に応えて海に沈み、これがもし旧邦画五社の商業的、安定的な映画であればNG扱いであっただろうずぶ濡れになって煩悶する表情などを垣間見せてくれる。

しかしこれだけ予算も限られたインディーズの世界観と、インディーズならではの監督の尖鋭さをもってしても、ついつい仲代は名芝居をしてしまうのだ。本人からしてこの自らの引き出しを逸脱してみたいと旺盛な自己拡張への意志を持ちながら、ヌーヴェル・ヴァーグみたいな自在さの方にはなかなか解放されない。そこを小林監督がじわじわと挑発して、生真面目で誠実な仲代を自由にさせようと試みる。あっちの海辺とこっちの海辺をふらふらとそぞろ歩きながら、この仲代と小林監督の駆け引きが全篇に反復される。

こうして浮き彫りになるのは、わが国の映画・ドラマ領域の新劇の伝道師であった仲代が、84歳にしてその新劇メソッドをぶっ壊して新境地を探らんとする、あたかも貪欲な〈演技生命体〉のようなありようであった。だから本作は面白いとか面白くないとかそういうものではなくて、その俳優=監督のイタチごっこ的な交感を目撃し続ける、いたく刺激的な作品なのである。そしてこれを観つつ思うのは、幾度か記者会見で仲代達矢の実像にふれた時の驚くべき軽やかさ、おおらかさである。いかに聡明な方でもヨワイを重ねるほどに頑なに、重たくなっていくのだろうに、この80歳を超えて以降の仲代達矢の寛容さ、軽快さは驚異的である。岡本喜八監督作品での仲代はすでに軽快軽妙ではないかと言われるやもしれないが、ああいう商業映画の文脈での「軽妙さ」にとどまらない素の、生なりの滋味を感ずるのである。

ゆえに私などからすれば、もうあの普段着感覚の時の「仲代さん」をそのまま見せてくれれば、もう小林監督が策を弄するまでもなく、すっかり演技の型から解き放たれた仲代を映像におさめることができるだろうに、と思うのだが、きっとカメラを向けた瞬間に「仲代さん」は消えて〈演技生命体〉の「仲代達矢」にヘンシンしているのだろう。俳優がいちばん怖いのは演技上「何もしないこと」だとよく耳にするが、『海辺のリア』の主人公が「仲代さん」になりたいと切に思いながら、ついつい「仲代達矢」になってしまうさまを観ていると、なるほどそこは根深いなと思うのであった。