熱くてナイーヴな、至れりつくせりの娯楽篇

もう三十年以上も前の、1985年2月、ぼんやり日本テレビ「水曜ロードショー」を観ていたら、『盗写1/250秒』という滅法面白いテレフィーチャーをやっていて、ぐんぐん引き込まれた。おなじみニニ・ロッソのテーマ曲と夕陽の波止場の映像で始まる「水曜ロードショー」は通常は劇場用映画の主に洋画を放映していたが、この頃には特別枠として日本映画の俊英のテレフィーチャーを流して、ビデオ化して売るという試みがあった。この年の初夏には大森一樹監督の爽やかな佳篇『法医学教室の午後』なども放映され、好評につき翌年に続篇『法医学教室の長い一日』も作られた。この頃には枠が移動して「金曜ロードショー」になっていたが、ここでは藤田敏八監督『大江戸神仙伝』も放映されて、視聴者としては思わぬお楽しみであった。

さて『盗写1/250秒』だが、当時はまさに写真週刊誌の全盛期で、81年の「FOCUS」に始まり、この作品が放映された80年代半ばには「FRIDAY」「FRASH」「TOUCH」「 Emma」と各社揃い踏みの活況を呈した。この熱も80年代末には早々におさまって休刊、廃刊が相次ぐのであるが、『盗写1/250秒』の頃はまさに旬の題材だった。この風潮の行き過ぎに怒ったビートたけしの「FRIDAY」編集部殴り込み事件はドラマ放映の翌年のことで、いかに当時写真週刊誌の取材が白熱していたかを物語っている。脚本も手がけた原田眞人監督は、斉藤慶子を主人公にカメラマンに設定し、取材合戦の渦中にある彼女の心の揺らぎを追った。キャンペーンガール出身の斉藤慶子はまだキャリアも浅くて主役は荷が重かったに違いないが懸命な演技で、そのフレッシュな主人公を宇崎竜童、原田芳雄、夏木マリら豪華なベテランたちが盛り立てるという布陣で、ひじょうに活気と勢いのある作品だった(放映以来観ていないのでぜひ再見したい)。

今でこそ信頼を集める原田眞人監督だが、1979年に映画『さらば映画の友よ インディアンサマー』で監督デビューして以来、少しずつ監督作を増やしてはいたが、実は1995年の大傑作『Kamikaze Taxi』あたりを皮切りに一気に評価が沸騰する前は、それほど定評を得ていなかった。かく言う私もリアルタイムで全作品を追いかけてきたが、演出のタッチにいたく非凡な、風変りなものを感じて次を観たくなるものの、それが作品総体にうまく結実している感じがしなかった(畏友の評論家・ペリー荻野氏は「何が風変りと特定しにくいが、作品のパルスが違う」と言っていたが、まさにそんな感じだ)。そういう意味では、原田眞人のフィルモグラフィにあって、この『盗写1/250秒』はずばぬけて面白い初期代表作なのだが、今やなかなか語られることもないので、このリメイクをずっと大根仁監督があたためていたと聞いてしこたま驚いた。そして大根監督は、その長き思い入れを存分につぎ込んで、面白さバクハツの娯楽作に仕上げてみせた。

前作では女性だった主人公は、出版社の出世コースからドロップアウトして、パパラッチ道を突っ走っている一匹狼のカメラマンという設定に変わっている。人気アーティストゆえにどうしてもお行儀のよい好人物という役回りが多くなっていた福山雅治が、この下品で常にろくでもない悪態をつき、好きなことしかやらない鼻つまみ者(だが妙にその欲望に忠実なところが妙に憎めない)である主人公を、もう千載一遇のオモロイ役が来た!という感じで、なんとも機嫌よく演じているのがいい。彼の相棒として修業を命じられる出版社のルーキーの二階堂ふみ、この二人を見守る編集部の吉田羊と滝藤賢一はじめ、みんなとても役になじんでいて展開も弾む。基本は取材合戦にまつわる福山と編集部メンバーの熱っぽいチャレンジを描きつつ、横軸に福山の恋愛遍歴にまつわるメロドラマ的な挿話もおりまぜ、そのあたりのめりはりあるストーリーテリングや各シーンのディテールの細やかな描き方は(前作『バクマン。』でもその名職人ぶりは鮮やかだったが)実に快調である。

そして、こういう題材だけに芸能人や政治家、はては犯罪者まで、読者をあっと言わせるスクープのために、いったい福山がどんな手を使って対象に迫るのかというアイディアが全篇の面白さを煽るのだが、本作をこうしたネタの面白さだけに終わらせないのは、このタバコと下ネタと仕事病に象徴される80年代の騒然たる活気を描きつつ、その背後にあった空洞感や虚妄にも目を凝らしているところだろう。この部分を一身に引き受けるのは、リリー・フランキー扮する情報屋であって、当初は福山と一種ホモセクシュアル的な友情と愛着で結ばれた相棒かと思いきや、終盤にちょっと思いつかない展開を巻き起こす。リリー・フランキーは、80年代のバブルを浮遊するいかれた熱気、それともろともに背負い込んだニヒルな闇を、驚くべき熱演で表現していた。

こんな本作は、何よりもまずひじょうにきっちりと誠実に作られた娯楽篇だが、おもしろうてやがてかなしきナイーヴな側面もあって、実に至れりつくせりのもてなしごころ溢れる作品である。