インバウンド観光客「地方送客」の鍵となる、国際山岳スポーツイベント

2017年1月 白馬村でFreeride Hakubaが実施される

9/28(水)長野県白馬村が、世界で最も権威あるフリーライドスキー・スノーボードの大会である「Freeride World Tour」の会場としてアジアで初めて選出され、2017年1月13日(金)~1月18日(水)に、その予選大会に位置づけられる「Freeride Hakuba」を開催することを発表した。

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「フリーライド」とは、日本では近年日本でもバックカントリーと呼ばれてニュースにも登場するが、スキー場の管理された場所ではない、自然のままの山を滑るスタイルのウィンタースポーツのことである。

この「Freeride Hakuba」は、

  • 事故が増加傾向にあるアウトドアスポーツのリスクに対する自治体のアクティブな安全啓蒙
  • スポーツ×地方活性化の事例

など、さまざまな切り口の読み解き方があるが、特に2つめのポイント、地方創生とその鍵の一つになるインバウンド観光客の地方送客について、国際スポーツイベントを使った先進的な事例である。

9/28 Freeride Hakuba記者発表会
9/28 Freeride Hakuba記者発表会

日本に足りていない地域の魅力の抽出と訴求

一般財団法人地域活性化センターの調査によれば、自治体として「インバウンド施策」を実施している市区町村は22.8%(2013年)しか無く、外国人に向けた観光施策を行っているところは少ない。 海外へのPR・地域ブランドのマーケティングといった「攻め」の施策まで着手出来ている自治体はさらに少なく、実施しているところも、「外国語対応」「Wi-Fi」「食・住・移動」など、観光客の受け皿としての環境整備に重点が置かれているのではないだろうか。

ところが、世界を見渡すと、国際観光客到着数は2010年→2030年の20年間で8.7億人も増加すると予測されており(観光庁)、その中心となるアジアの中間層など、所得水準が上がり、初めて海外旅行に行けるようになった観光客の獲得競争は、とっくに各国・地域間で激戦の火蓋が切られている。

年間8,400万人のインバウンド観光客を集める、世界一の観光立国フランスにおいて、国が発表する観光戦略のスローガンは「Strengthening France's attractiveness and outreach」つまり、「フランスの魅力とその伝達力を強化」することである。観光庁のビジョン「住んでよし、訪れてよしの国づくり」よりもベクトルが外側に向いている気がするのは私だけだろうか。

観光業がGDPに占める割合が、農業の次に大きいニュージーランドも、土地が持つ魅力を尖らせ、発信することに重点を置いている。「100% PURE NEW ZEALAND」というスローガンに、大自然とそれを楽しむ観光客のキービジュアルで、世界中にマーケティングメッセージを発信。若者を中心にアドベンチャーツーリズムに訪れる外国人の獲得に成功している。

出所:http://www.peteseaward.com/
出所:http://www.peteseaward.com/

つまり、日本が「おもてなし」と言って、外国人観光客の来日を正座して待ち、空港に降り立ってからの満足度の向上に注力しているいま、他の「観光強豪国」では自国行きの航空券の予約をさせる方法に課題の軸足が移っているのである。

日本でも、インバウンド観光客数が記録的な数字になったというニュースがよく見られるようになったが、国際間移動が出来るだけの財力を持つ人口が激増しているので、増えるのはある意味当然である。都市部だけでなく、地方においても、その土地の文化・自然・食など、他の国にはないユニークな観光資源をいかに魅力的なコンテンツに変え、海外に伝えていくかが、これから10年間の間で日本が観光立国になれるかどうかの鍵を握るだろう。

山岳観光と山岳スポーツイベント

UNEP(国連環境計画)によれば、旅行先で山を訪れる、山岳観光(Mountain Tourism)は、市場規模で世界の観光業のうち約20%を占めており、さらに急速に成長している。

特にヨーロッパアルプスの山岳リゾートとその周辺の経済規模は、日本人が考えるよりはるかに大きいのである。

市場の拡大を受けて、UNWTO(国連世界観光機関)は1998年に初めて「世界山岳観光会議」をスタート。ヨーロッパを中心とした国の間で、山岳観光の振興について隔年で議論を重ねている。UNWTOはこれと並行して、2013年に「ヨーロッパ・アジア スノーリゾートカンファレンス」を開始。2015年に「ヨーロッパ・アジア 山岳リゾートカンファレンス」に改名して、顧客・観光地の両面で需要の増すアジアの山岳観光市場の発展のための議論の場を作っている。

日本は、国土の約70%が山で覆われている世界でも屈指の山の多い国であり、特に地方の魅力を訴求し、インバウンド観光客を都市部から地方に送るためには、山岳観光の視点が必須である。

山岳観光に力を入れている国の一つに、韓国がある。 韓国は国土の64%が山岳地域であり、OECD加盟国の中で4番目に山の多い国である。昨年2015年には韓国の蔚山市が、上述のUNWTO「ヨーロッパ・アジア 山岳リゾートカンファレンス」を主催。オープニングスピーチでは、韓国の観光大臣が、世界の観光業のなかで重要性を増している山岳観光に力を入れ、現状では到着地の70%がソウルに集中している外国人観光客を地方に送りたい、と述べた。2018年の平昌五輪も含め、韓国の持つ「山」の魅力を世界に発信すべく国を上げて力を入れている。

韓国でパラグライダーや登山を楽しむ人
韓国でパラグライダーや登山を楽しむ人

「山岳スポーツ」とは、その名の通り、山岳地域を利用したスポーツであり、近年の先進国における自然志向の高まりと、アウトドアギア(ウェア・シューズ・自転車・スキーなど)の性能の劇的な進化でその裾野が広がり、人気が急上昇している。一般の人でも、大自然のなかに身を投じることでトップアスリートと同じ(もしくは近い)景色を見ることができるため、視聴するスポーツコンテンツとしての魅力と、参加型スポーツとしての魅力の双方をバランスよく備えていることが人気の秘密だろう。

ブランドのコンセプトを「brand for dedicated mountain athletes」(山岳スポーツに情熱を捧げるアスリートのためのブランド)としているイタリアのブランド、DYNAFIT社によれば、その売上は、2003年→2015年の12年間で約20倍になっており、市場の拡大スピードの速さがわかる。

山岳スポーツブランドDYNAFIT(ブランドウェブサイトより)
山岳スポーツブランドDYNAFIT(ブランドウェブサイトより)

山岳スポーツイベントのホストリゾートになるのは、山岳リゾートのブランディング・観光客誘致における非常に有効な手段である。ヨーロッパ屈指の山岳リゾート、フランスのシャモニ・モンブランは、グリーンシーズンはトレイルランニングの世界最高峰の大会「ウルトラトレイル・デュ・モンブラン」(UTMB)、冬は今回白馬村が誘致に成功した「Freeride World Tour」のホストリゾートとなっており、山岳スポーツの聖地としてのブランドを確立している。

UTMB (出所:http://utmbmontblanc.com/)
UTMB (出所:http://utmbmontblanc.com/)

フランスとスペインの国境にある世界で6番目に小さな国、アンドラも、山岳観光を推進し、山岳スポーツを積極的に自国の観光マーケティングに用いている国の一つだ。アンドラは、前述のUNWTO 「世界山岳観光会議」を第一回から主催し続けているだけでなく、UCI(国際自転車競技連合)のマウンテンバイク競技、Freeride World Tour、トレイルランニング、過去10年で競技参加者が100倍以上になっている山岳スキー競技「スキーマウンテニアリング」のワールドカップのホストリゾートになっている。人口わずか7万人の国ながら、急峻な山と積雪を利用したスポーツコンテンツを開発して「山岳アクションスポーツ大国」としてのブランド力を徐々に高めている。

MTBワールドカップ@アンドラ(www.vitalmtb.com/)
MTBワールドカップ@アンドラ(www.vitalmtb.com/)

日本の 「地方×山岳スポーツ」のポテンシャル

日本の山岳資源の豊かさと、山岳スポーツのフィールドとしてのポテンシャルは疑う余地がない。緩やかで四季それぞれのカラフルな景観を持ち、トレイルが整備されている里山から、3000m超の日本アルプスまで非常に多様な山域を持ち、首都圏から3-4時間以内で多くの登山道・トレイルやスキー場に到達できる国は世界でも多くない。

特に、今後世界の観光市場の中核を担うアジアにおいて、これだけ安定して多量の積雪が見込める国は他に無く、星野リゾートの星野社長はインタビューの中で、「日本の天然の雪は、中東の石油より価値がある」とその観光資源としてのポテンシャルを強調している。

しかし、国土の多くを山に覆われ、長い登山の歴史を持ち、積雪においても質・量ともに世界でトップクラスの日本で行われている山岳スポーツの国際大会は驚くほど少ない。

おそらく最も大きなイベントは、UTMBの姉妹イベントであり、富士山の周辺コースを舞台に160kmのコースを走るウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)だろう。世界遺産となった富士山のブランド力と合わさり、夏の日本のフラッグシップイベントとして、世界中から参加者が集まるイベントになっている。

ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)
ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)

Freeride Hakubaには、日本を代表する山岳スポーツイベントになれるポテンシャルがある。日本の大きな強みである「天然の雪」の上で競技を行う国際スポーツイベントであり、白馬村が発表しているように、少なくとも現時点では1月中旬にこのイベントが開催できる場所はアジアはおろか世界でも白馬だけである。オリンピックやサッカーW杯・ラグビーW杯のように、数十年に1度日本に来るイベントとは違い、そのユニークさゆえに毎年継続的に開催できる可能性もある。2018年平昌・2022年北京と、冬季五輪が東京五輪を挟んで2度、アジアで行われることも白馬村とこのイベントにとって非常にポジティブな要素である。

白馬村は、「白馬国際トレイルラン」と銘打った国内最大規模のトレイルランニングイベントも2011年から行っており、シャモニ・モンブランなど海外の一流山岳リゾートをロールモデルに、通年での国際化を進めている。

日本への国際山岳スポーツイベントの誘致には課題も多い。自治体にマーケティングの機能や予算が十分にあることが少ない、山の地権者が細分化されすぎている、国立公園の規制、中国や東南アジアなど近隣の大きなマーケットで山岳スポーツカルチャーが存在していないことなどである。しかし「この場所にしか無い」新しい日本の魅力が発見され、スポーツと掛け合わさることで、地方が世界から注目される場所に変わる可能性はまだまだあるはずだ。