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新型コロナの影響で大きく揺れる米ゴルフ界。覆る結論。されど最善策を模索し、進んでいくしかない

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
TPCソーグラス近隣の感染拡大の状況が心配されている(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 米ゴルフ界が大きく揺れている。リーダーたちの判断が正反対に分かれ、男子の米PGAツアーは無観客試合という形での「続行」を決め、女子の米LPGAは「延期」を決めたのが12日(現地時間)。しかし、米PGAツアーは発表から10時間後、結論を覆し、「進行中のプレーヤーズ選手権と向こう3週間の全競技を中止する」と発表した、

【男子ツアーは無観客で「やる」はずだった】

 当初、米PGAツアーのジェイ・モナハン会長は試合を「続行」するつもりだった。同ツアーのフラッグシップ大会であり、「第5のメジャー」と呼ばれる今週のプレーヤーズ選手権の第1ラウンドが進行中だった12日の正午(米東部時間)、試合会場のTPCソーグラス(米フロリダ州ポンテベドラビーチ)で会見を開き、同大会の2日目以降の残り3日間と翌週からの3試合(バルスパー選手権、デル・テクノロジーズ選手権、バレロ・テキサス・オープン)を無観客で開催することを発表した。

 モナハン会長は、トランプ大統領や連邦政府、フロリダ政府、さまざまな専門家とともに検討した結果、屋外の広いコース上で選手個々人がプレーする「ゴルフならではの特性」を考えると、観客を入れず、144人の選手と限定的な人数のスタッフだけで試合を行なうことは、感染の拡散要因とされている「密閉空間」「大声」「至近距離」をいずれも満たさないため、「リスクは少ない」「環境としては安全」「正しい道」という結論に至ったと説明した。

 しかし、この会見が開かれる2時間ほど前、プレーヤーズ選手権の出場選手の1人、台湾出身のCTパンは自ら試合を途中棄権し、すでに帰路についていた。

「僕と妻はウイルス感染のリスクから自主的に身を守ることを選んだ」

 モナハン会長の発表を聞き、米メディアの多くが首を傾げ、矢継ぎ早に質問を投げかけた。すでにプロバスケットボールもプロテニス、さまざまなスポーツ大会やビッグイベントが中止や延期、中断などという形で、今は「やらない」ことを決めている。

 そんな中、PGAツアーだけが無観客とはいえ、「やる」と決めたのは、なぜなのか?本当に大丈夫なのか?批判的、否定的な質問が相次いだのは当然だった。

【女子ツアーは「やらない」】

 一方、女子ツアーの米LPGAは、すでにタイ、中国、シンガポールで開催予定だった3試合を延期していたが、マイク・ワン会長は12日に声明を出し、今後の3試合を「シーズン後半へ延期する」と発表した。

 延期される3試合とは、ボルビック・ファウンダーズ・カップ、キア・クラシック、そしてメジャー大会のANAインスピレーションも含まれている。これで米LPGAは合計6試合を「今はやらない」と決めたことになる。

ワン会長にとっては、まさに苦渋の決断だった。しかし、ワン会長には、こんな想いがあるという。

「無観客での試合開催は、できるとは思う。だが、万が一のことがあったとき、我が判断は正しかったのか、自分は正しかったのかと自問自答することになり、一生悔いが残る」

「(試合をやらないという結論は)出したくはない結論だった。だが、後悔することにはならない結論だと思う」

女子選手たちの多くがワン会長の判断に頷いている。モーガン・プレッセルは「100%賛成です」と語り、ブリタニー・リンシコムも「まったくその通り」と受け止めている。

【男子ツアーが一度は「やる」とした背景】

 米LPGAのワン会長には、後悔したくないし、誰も後悔させたくないという想いがあり、その想いが「今は試合をやらない」という慎重姿勢につながったのだろう。言い換えれば「疑わしきは、やらない」という結論である。

 一方で、無観客ながら試合を「やる」と決めた米PGAツアーの姿勢に対し、米メディアの論調は批判的なものが多く、モナハン会長の決断は「敢行」ではなく「強行」だと指摘する記事が続出。中には、無観客試合を行なった後に「これで良かったと思える日が到来するとは考えられない」と言い切る記事もあった。

 その後に控えるメジャー大会のマスターズに関しても「無観客でやるぐらいなら、やらないほうがいい」「もはや中止することが求められている」といった記述が多々見受けられた。

 もちろん、無観客で試合続行を決めた米PGAツアーのモナハン会長が単に無謀だったのかと言えば、そんなことはない。会見を開いた時点で、すでに無観客で試合を開催するためのオペレーションが詳細に決め込まれていた。駐車場やロッカールーム、選手や家族、キャディたちのラウンジ使用や食事、試合中のスコアボードやスコアリング、ルール委員やショットリンクのスタッフに至るまで、考えられるすべての状況を考慮し、詳細に綿密に対応方法が決め込まれていた。

 そして、モナハン会長にも胸に秘めた「想い」があった。

「(無観客であれ)選手たちがプレーする姿がテレビで放映されれば、それが大勢の人々のインスピレーションの源になる。試合を安全にやり遂げられれば、そういう姿勢を示すことができれば、それこそが我がPGAツアーの存在意義である」

 まるで武士道の精神に通じるような考え方であり、その心意気は素晴らしい。その意味では、無観客であれ試合を続行するという判断は「敢行」と言えたのかもしれない。

 しかし、モナハン会長は「感染拡大の状況を注視し続け、米国政府の方針や動向と連携しながら、今後も臨機応変に対応していく」としており、結局、その後の10時間の中で、モナハン会長は一度は下した結論を覆さざるを得なくなってしまった。

【今は一時停止のとき】

 12日の夜になって、モナハン会長はあらためて声明を出し、プレーヤーズ選手権の2日目以降の中止と、向こう3週間の全ツアー競技の中止を発表した。

「週末まで選手たちが安全にプレーできるよう、あらゆる努力をしたが、、状況が刻々と変化する現時点においては、選手たちとファンのためになすべきことは、一時的に休止することだ」

 モナハン会長にとって苦渋の決断だったことは言うまでもない。

 混沌としている現状下で、試合を「やる」か、「やらない」か。どんな判断が正しいか、正しくないか。その明確な答えは今は無いのだと思う。

 未知のウイルスを相手に、誰もが未知の体験を迫られている中、それぞれが最善と思える判断をしていく以外に道はない。

 避けるべきは、誰かが下した判断を批判することだけにエネルギーを費やし、そのせいで大勢の人々の歩を止めたり阻害したりしてしまうこと。いずれにしても誰もが前進していかなければならないのだから。

世界ナンバー1のローリー・マキロイは「今は自分たちができること、やるべきことをやっていくしかない」。そう、リーダーの決断を尊重し、みんなが力を合わせて今後の最善策を模索していくしかない。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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