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「笑顔で勝った」渋野日向子が世界へ発信したメッセージとその伝播継承を考える

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
会見でも疲れを見せることなく、終始笑顔。それも彼女自身が楽しんでいるからだろう(写真:Motoo Naka/アフロ)

 全英女子オープンを制した渋野日向子が、凱旋帰国して臨んだ記者会見で、こう言った。

「世界でも笑顔が共通なんだと思った」

 そう、その通りである。だが、それを地で行く選手、実践できる選手は、世界でも決して多くはない。ましてや、笑顔でメジャー大会を制する選手は稀有であり、あれほど屈託のない笑顔でメジャー大会を制覇したのは、私が知る限り、この四半世紀では、世界初と言っても過言ではない。

“world-beating talent”(世界を魅了する才能)

“world-attracting personality”(世界を惹きつける人柄)

 米メディアから、そう評されている渋野は、すでにワールドクラス。まだ20歳、まだプロ2年目、メジャー制覇とはいえ世界の舞台では「まだ1勝」ではあるが、魅力という点においては、間違いなく「世界が認めた渋野」と言っていい。

【渋野、ただ一人】

 72ホール目のセカンドショットが勝敗を分ける岐路になることは、接戦の優勝争いにおいては、しばしば見られる。だが、メジャー大会の大詰めのその状況で、笑った選手、笑って勝った選手を、私は渋野以外に思い起こすことができない。

 逆に、切羽詰まったその状況で、険しい表情を見せ、どのクラブでどんなショットをするべきか、一か八かの選択をして、その結果、勝った選手のうれし涙、負けた選手の悔し涙、そういうものをたくさん眺めてきた。

 だが、笑って挑み、笑って勝ち、勝ったあとも笑い続けた選手は、渋野ただ一人である。どうして彼女には、それができたのか。その答えは、会見で語った彼女のこの言葉にある。

「プロゴルフはギャラリーさんがいて見せる競技。ギャラリーさんに楽しんでもらうには、自分が心の底から笑顔で(プレー)しないと、みんな楽しくない」

【受けつがれる手本の姿】

 世界の一流と呼ばれる男子の米PGAツアーには、世界のトッププレーヤーたちが集結しており、ハイレベルな技術、ハイレベルな戦いを披露してくれている。

 だが、ゴルフ・エリートである彼らの中には、「練習時間が減るから」「睡眠時間が不足しているから」「手が痛くなるから」といった理由でギャラリー・サービスを二の次にする選手もおり、握手やサインを待つファンの群れを避けて早々に引き上げていく選手も、残念ながら、ちらほら見受けられる。

 あの華やかな米ツアーにおいても、悲しいかな、それが実情なのだが、その中で、国民的人気を誇っている数人の選手は、みなギャラリーやファンを第一に考えている。そして、彼らの「ファン・フレンドリー」な考え方や姿勢は、先人から若者へと受け継がれてきた。

 アーノルド・パーマーがファンやボランティア一人一人に声をかける姿を間近に見て、まだアマチュアだったフィル・ミケルソンは衝撃を受けた。だからこそ、プロになったミケルソンはギャラリー・サービスに誰よりも努める選手になった。

 7歳のとき、父親に連れられて試合観戦に行ったジョーダン・スピースは、そのときたまたまミケルソンから接してもらう機会を得て、強い憧れを抱き、だからスピースもファンを大切にする選手になった。

「自分ではなく誰かのために戦うゴルフがあってもいい。僕は誰かのために戦いたいし、勝ちたい」。そう願っているリッキー・ファウラーの憧れとお手本も、やはりミケルソンだった。

 ブルックス・ケプカは少年時代に全英オープン観戦に行き、タイガー・ウッズに向けられた大観衆の拍手歓声の地響きを五感で体感。「タイガーのように、ギャラリーを沸かせ、喜ばせるプロゴルファーになりたい」と思ったそうだ。メジャー4勝を誇る今のケプカが誕生した背景には、目標となり憧れとなるお手本ウッズのカリスマ的な魅力と巡り合った、そんな体験があった。

【スポーツにおける「楽しむ」の意義】

 全英女子オープンで渋野は、会場を訪れていた大勢のギャラリー、とりわけ幼い子供たちを意識し、笑顔で接していた。

「外国人のちっちゃい子が多かった。親に連れて来られたのかもしれないけど、楽しんでもらうためにも、こちらも楽しんでやって、ハイタッチもしてくれた」

 渋野の笑顔を間近に見て、渋野にハイタッチをしてもらった子供たちは「あんな笑顔のプロゴルファーになりたい」と思ったのではないだろうか。

 笑って勝利した渋野の姿を眺めた大人のゴルファー、かつて勝負の大詰めでチョークして崩れた選手の中には、「果たして自分はゴルフを楽しんでやっていたのだろうか?」と自問した人もいたのではないだろうか。そして、「これからは、もう少し楽しもう」「次こそは、笑って挑んでみよう」と意を新たにした人、希望を抱いた人もいたのではないだろうか。

 ゴルフに限らず、スポーツの世界には、「楽しむ」「笑う」をタブー視する面が、過去にもあり、そして現在もある。「歯を食い縛って練習しろ」「死ぬ気で挑め」と檄が飛び、「白い歯を見せるな(笑うな)」と咎められることもあった。いやいや、過去形ではなく、「今もある」という現在完了進行形だ。

 必死で挑む精神や、いわゆる「スポ根」も、もちろん「悪」ではない。使い方と程度を誤らなければ、選手を発奮させるカンフル剤にもなる。そうやって成長してきた選手、成功を収めた選手は、言うまでもなく数多く存在している。

 だが、スポーツというものは「健やかな精神、健やかな肉体」があってこそのスポーツである。苦しいばかりでは息がもたない。楽しくなければ続かない。そして、楽しそうに見えないスポーツを始めたいと思う子供はいないだろう。

「ゴルフは自分の意思で頑張らないといけないし、楽しまないといけない。楽しむことが大事だと感じてもらいたい。結果を出すためにも、笑って楽しんでほしい」

 そんな強烈なメッセージを、渋野は率先してまず自分が「笑う」ことで、いや「笑って勝つ」ことで、世界へ発信した。

 彼女のコミュニケーション・ツールは、スマイル。その根底にあるものは、ファンへの想い。だからこそ、渋野は「世界が認めた渋野」になり、これからは渋野に続こうとする子供たち、大人たち、ゴルファーたちの姿が、世界に広がることだろう。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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