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マスターズ優勝の陰でひっそりと紡がれていたタイガー・ウッズの心温まる秘話

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
胸の中にいつも温かい想いがあるからこそ、ウッズには奇跡が起こるのかもしれない(写真:ロイター/アフロ)

 令和の朝、心に沁みる話が米ゴルフ界から伝わってきた。タイガー・ウッズのマスターズ優勝の陰で、ひっそりと紡がれていた心温まる話。今週の米ツアー大会、ウエルスファーゴ選手権の開幕前の会見で、一人の米国人選手が明かしたウッズにまつわる秘話だ。

 ハロルド・バーナーという28歳の黒人選手がいる。2016年から米ツアーで戦っているが、まだ未勝利で発展途上のプレーヤーだ。以前からウッズが気にかけている選手の一人ではあるが、特別親しいというほどではない。

 

 だが、そんなバーナーから受けたあるリクエストを、ウッズは快く引き受けたそうだ。

 

 バーナーが10歳のころから故郷ノース・カロライナ州で一緒にゴルフの腕を磨き、大人になってからはPGAオブ・アメリカ所属のクラブプロになった親友のダニエル・メグが大腸がんでステージ4と診断され、闘病生活を送っているという。その親友に「激励のビデオメッセージを送っていくれませんか?」とバーナーはウッズに頼んだそうだ。

 二つ返事でOKしたウッズは、マスターズの開幕直前、オーガスタナショナルの一角でしいアゼリアの花々を背景にして立ち、メグを励ます動画を撮影し、メグの妻宛に送っていたという。

 動画は17秒間。水色のシャツを着たウッズは、メグにこんなふうに呼びかけていた。

「ダニエル、キミが辛く大変な日々を送っていることを僕は知っている。頑張れ。強くあれ。戦い続けろ。そして、一番大事なことは、決して望みを捨ててはいけないということ。みんながキミを想っている。だから、頑張るんだぞ。いいかい?」

 

 動画を見たメグは「もう僕は今すぐ死んでもいい」とバーナーに冗談を言いながら喜び、さらに、こう言ったそうだ。

「今週の日曜日、タイガーにきっといいことが起こる」

 その日曜日とは、メグの29歳のバースデーであり、そしてウッズがマスターズ5勝目、メジャー15勝目を達成した日になった。

【ウッズのみならず、今年のみならず】

 ウッズのビデオメッセージをメグの妻がSNS上にアップしたため、この話はメグの友人知人、クラブプロ仲間などの間で徐々に広まっていった。

 その話を聞きつけ、ジャック・ニクラスからもメグに直接、激励の電話がかかってきたという。リッキー・ファウラーからは激励の意を込めた帽子が届いたという。

 そうやって、辛い思いをしている人の話を聞いたら、すぐさま自分ができることをやる。それは、米ツアーや米ゴルフ界の人々の何よりの素晴らしさだと私は思う。

 そういえば、昨年のマスターズでも、ウッズはがんと闘病中だった男性を初日のスタート前のウォーミングアップ中に励ましていた。大腸がんと2度も闘った末、肺がんのステージ4と診断され、闘病していた52歳のシェーン・カルドウエルさんという男性の養女が「養父が一目でいいからタイガー・ウッズに会いたいと毎日言っている」とSNSで発信したところ、その話をキャッチしたウッズのキャディのジョー・ラカバや恋人エリカ・ハーマンらがカルドウエルさんと養女をオーガスタナショナルへ招待。練習場で夢のご対面が実現された。

 

 初日のスタート前の練習中だったウッズは、練習場の周囲の植え込みの向こう側から車椅子に座って手を振っていたカルドウエルさんの姿を発見。練習の手を止めて歩み寄り、握手と言葉を交わした。

「今日のラウンド後にたくさん話をしましょう」

 ウッズはそう約束したが、カルドウエルさんは容体が急変してオーガスタナショナルを離れ、サウス・カロライナの病院へ。それから18日後に天国へ旅立ったが、「あの数分間、父は笑顔を取り戻した。父にとっても、私たち家族にとっても、忘れがたきラストメモリーになりました」と養女は後にしみじみ語っていた。

 今年のウッズのマスターズ優勝は、かつて世界ランキング1199位まで落ちた元王者の奇跡のような復活の物語だったが、その奇跡の陰には、ウッズがツアー仲間の親友に贈った17秒間のビデオメッセージがあり、さらにその1年前には、ウッズが見知らぬ男性ファン親子に寄せた温かい想いがあった。そして、ニクラスやファウラーらのように、激励や支援のために、自分ができることをすぐにやるという姿勢や想いもあった。奇跡のような優勝物語の陰には、必ず心温まる秘話がある。それはウソのようで本当の話だ。

 そういうものがあるからこそ、ゴルフの世界は素晴らしい。そういう想いがあるからこそ、彼らはスターと呼ばれ、一流選手たりえる

 そういうウッズだからこそ、彼の奇跡の復活優勝は達成された。令和の朝に、そう信じたいと思い、ペンを執った。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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