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最下位でも笑顔で挑む市原弘大がひっそりと胸に秘める恩師への想い

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
最下位でも明るい笑顔の市原。その胸の中には恩師への想いがある(写真/舩越園子)

今週のブリヂストン招待の初日の朝、悲しい知らせが届いた。

「今朝、千葉晃プロが亡くなりました」。

千葉晃プロは日本のジュニア指導の草分け的な存在だった。

ニッカボッカーズ姿がトレードマークだった千葉晃プロ
ニッカボッカーズ姿がトレードマークだった千葉晃プロ

昭和20年生まれ。嵐山CCを経て、昭和59年に日米ゴルフ研究所を立ち上げ、千葉県内のゴルフ練習場である北谷津ゴルフガーデンでクラブを握る子供たちを「優しく、易しく」指導してきた。その多くをプロゴルファーへと導いていった。

市原弘大は千葉プロの教え子。大会開幕直前に訃報を聞き、どんな想いで大会に挑むのかが気になった(写真/舩越園子)
市原弘大は千葉プロの教え子。大会開幕直前に訃報を聞き、どんな想いで大会に挑むのかが気になった(写真/舩越園子)

訃報を聞いて、真っ先に思い浮かべたのは、今週のブリヂストン招待に初出場の市原弘大と来週の全米プロに挑む池田勇太のこと。どちらも千葉プロの教え子ゆえ、彼らのショックや動揺がとても心配になった。

そして、私にとっての千葉プロは生まれて初めて取材をさせてもらったプロゴルファーだった。私は大学時代からゴルフをしていたが、ゴルフに関する諸々を文字に置き換え、人々に伝えるという作業をしたのは、当たり前かもしれないが、この仕事を始めてからのことだった。

1990年の夏、あるゴルフ雑誌からの依頼で千葉プロのゴルフ技術を取材させてもらい、記事にするという仕事をいただき、千葉プロとゴルフ場で初めて会った。だが、生まれて初めてプロゴルファーに取材した私は、何をどうしたらいいのか要領がわからず、おたおたしてしまった。

そんな私の取材の下手さと、おそらく理解できていないであろう表情を読み取り、千葉プロはその日に話してくれたゴルフ技術の内容をわかりやすく図解したものを、私が帰宅するより先に私の自宅宛てにFAXしてくれていた。

疲れ果てて家に帰り、その分かり易いFAXを見たとき、千葉プロの人間として、プロゴルファーとしての優しさ、大きさを感じ、そういう触れ合いがあるこの仕事が「楽しい」と感じられた。

あれから28年超。今、私がゴルフの取材をして、文章を書き、みなさんにお伝えする仕事を続けることができているのは、その始まりに千葉プロとの出会いがあったからだった。

【市原の涙】

ブリヂストン招待の初日。73で回った市原がホールアウトし、日本メディアの囲み取材を終えたところで、ひっそり声をかけた。

「弘大さん、千葉プロのこと、、、、」

市原は何から話したらいいのか戸惑っている様子だった。私のほうから「残念ですね。まだ73歳。もっと長生きして欲しかった」と話し始めると、市原も胸に閉まっていたものが次から次に出始めた。

「2か月ぐらい前から容態がちょっと悪くなっていたんです。僕、(6月始めの日本ツアー選手権で勝ったので)優勝報告に行ったんですけど、すでに千葉プロは脳の病気で、そのときも話があっちこっちへ飛んじゃったりして、、、。でも、ゴルフの話はわかるみたいで、うれしそうな顔をしてくれました。優勝報告ができたことが、今、思えば、本当に良かったなって、、、、」

市原の目から涙がボロボロこぼれ始め、止まらなくなった。

そういえば、2年前の全英オープンで、ぎりぎり予選通過を果たしたとき、市原は感激のあまり、うれし泣きして、あのときも涙が何筋も頬を伝った。それが私が初めて会った市原だった。

市原も、そのときのことを覚えていたようだ。そして、私がずっと昔から千葉プロにお世話になり、親交があったことも知っていた市原は、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、こんなことを言った。

「さっき(ホールアウトして)上がってきて、ここ(取材エリア)へ歩いてきたとき、舩越さんの姿を見た途端、泣きそうになっちゃって、、、、なんか僕、舩越さんに泣いているところばっかり見られちゃって、、、、、」

悲しい想いを一生懸命、胸にしまってプレーしていたのだろう。それが一気に溢れ出してしまったのだろう。とても素直で、とても優しく、そして感受性が強いのだろう。

市原の涙は、どんどん溢れ、なかなか止まらなかった。

「千葉先生のためにも、がんばりましょう!」

そう声を掛けると、市原は目を真っ赤にしながら頷いた。そこに湯浅文乃トレーナーも近づいてきた。彼女も千葉プロの教え子だそうだ。

「昔、私たちがジュニアのころ、千葉プロの北谷津は誰もが通るところでした。他には、ほんと、教えてもらえる場所はなかったんですよね。そういえば、石川遼くんも来ていたことがあったみたいです。北谷津に遼くんの写真も飾ってあります」

そうやって3人で話しているうちに、ようやく市原の涙が引いてきた。

千葉プロの思い出を一緒に語る市原弘大と湯浅文乃トレーナー。「北谷津は当時のジュニアがみんな通るところだった」という(写真/舩越園子)
千葉プロの思い出を一緒に語る市原弘大と湯浅文乃トレーナー。「北谷津は当時のジュニアがみんな通るところだった」という(写真/舩越園子)

【ゴルフは楽しくプレーしろ!】

市原は試合ではパットに苦しみ続け、2日目は74。3日目は1メートル前後も「まったく入らない。入る気がしない」とさらに苦しみ、78を叩いて、ついに71人中71位の最下位へ。

それでも、ロープ際から子供たちが手を伸ばせば、近寄って行って握手やサインをした。サインボールを渡したりもした。ボランティアの人々にも丁寧に笑顔で握手した。取材するメディアへの対応も終始、丁寧で謙虚。

「こんなスコアでも拍手をくれる。声をかけてくれる。その中でプレーできるのは選手冥利に尽きます。声をかけられたら、できるだけ応えるようにしています」

そして、前向きな姿勢とユーモアも欠かさない。それは「ゴルフは楽しくプレーしろ」という恩師・千葉プロの教えなのだ。

「ここまでパットが入らないと、明日はエースパターを休ませて他のパターでやろうかな。全英オープンのときに向かいのショップで買ったヒッコリーシャフト(注・昔の木製のアンティークのようなシャフト)のパターでやってみようかなんて思います。150ポンドぐらいで買ったんですよ」

もちろん冗談だが、最終日に「1日ぐらい、いいスコアで回りたい」という気持ちは本物だ。予選落ちのないこの大会、4日間、「プレーさせていただける」。そのチャンスを活かし、自分自身の今後のためにも、そして天国へ旅立った恩師のためにも、頑張りたい――。市原は、そう願っている。

「千葉プロは、ゴルフが大好きな人でした。楽しくプレーする姿勢を最後まで貫いていました。子供たちを怒って指導する人ではなく、褒めて伸ばしてくれた。僕は小学校5年の終わりぐらいから中3まで、ほぼ毎週、日曜日に北谷津に通い、千葉プロに教えてもらった。千葉プロの『楽しめ』という教えを胸に、あと1日、頑張りたい」

湯浅トレーナーも「千葉プロは子供に優しい先生でした。私は10歳から中3まで習いました。毎週は通えなかったけど、夏休みの嬬恋合宿に行くと、すごく久しぶりなのに『おお、文乃!よく来たな!』って、ちゃんと覚えていてくれて、声をかけてくれました」

市原プロと湯浅トレーナー。教え子2人が千葉プロへの想いを胸に抱き、そして挑む最終日。「1日だけでも、いいスコアを!」と笑顔で奮闘する市原を千葉プロが天国から眺め、「弘大!頑張ったな」とうれしそうに微笑む。そんな最終日になってほしい。

そして来週は池田勇太が恩師への想いを抱きつつ、全米プロへ挑む。

そんな人と人との絆を感じながら取材し、文字にできるこの仕事、私はやっぱり大好きで、それも千葉プロのおかげである。

「千葉先生、ありがとうございました。あなたの教え子たちは立派に成長し、世界の舞台で戦っています。安心して、天国からのんびりと眺めていてください。本当に本当に、お疲れ様でした」

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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