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松山英樹と阿部監督の共通語

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
全米プロ19位で来季の米ツアー出場権獲得をほぼ確実にした松山英樹(写真/平岡純)

全米プロ最終日。松山英樹はオークヒルの最難関の18番で1.5メートルのパーパットに挑もうとしていた。

パーを拾えば、通算1アンダーでフィニッシュできる。外せば、イーブンパー。

阿部監督(東北福祉大ゴルフ部)が開幕前から設定していた「トップ20入り」が果たせるかどうか。トップ20に入れば、9万ドル超の賞金が手に入る。それが手に入れば、目指す来季の米ツアー出場権獲得がほぼ確実になる。そうなるかどうかは最後の最後のパーパットにかかっていた。

そんな大事なパーパットを阿部監督(東北福祉大ゴルフ部)は見届けることなく、18番グリーンを離れ、クラブハウス前へと引き上げて行った。

「アイツなら入れるだろうと思って、こっちに来た。入ったことは歓声でわかった」

18番。ティショットをやや左に曲げ、ロープ際のラフに入れた松山は、次打でフェアウエイへ出し、第3打でピン1.5メートルへきっちり寄せた。

その寄せは、松山が長い間、課題に掲げて努力を続けてきた小技練習の成果の表われだった。その見事な寄せを見ることができたから満足。松山の成長をしっかりと形につなげたと確信できたから満足。阿部監督はそんな気持ちで18番を離れていった。

「英樹はプロ転向するとき、米ツアーに行きたいと言った。だから、アイツを米ツアーに送り出すのはオレの役目だった」

やや遠くから聞こえてきた歓声。ああ、松山がパーパットを沈めたな。そうわかった瞬間、阿部監督は我が任務が限りなく完了に近づいたことを確信した。

【努力は無限】

松山が生活する東北福祉大の寮の部屋には、阿部監督から言い渡されたこんなフレーズを書いた紙が貼ってある。

「才能は有限。努力は無限」

無限だから終わりがない。無限だから絶対もない。米ツアーの正式メンバーではないノンメンバーという立場の松山が、果たして賞金をいくら稼がば来季出場権獲得が確実になるのか。

そこにも阿部監督は「絶対はない」という考え方を当てはめ、松山も同じように考えている。それゆえ、通算1アンダーで19位となり、今季67万ドルを突破してシード獲得をほぼ確実化したというのに、阿部監督も松山も「確定した」とは決して言わない。

けれど、2人の間には暗黙の了解がある。阿部監督がなぜ18番のパーパットを見届けずにクラブハウス前へ去っていったかを即座に悟った松山は、自分もクラブハウス前へ来て阿部監督の姿を見つけると、にじり寄って握手を求めた。

「決まったっすよね?」

阿部監督にだけ聞こえる声でそう言った松山の手を阿部監督は固く握り返し、彼の無限の努力を讃えた。

予選2日間を同組で回ったジェイソン・ダフナーが全米プロを制した(写真/平岡純)
予選2日間を同組で回ったジェイソン・ダフナーが全米プロを制した(写真/平岡純)

【すべてを捨てる覚悟】

無限の努力が、いつから始まったのか。

松山が本当の意味で世界の舞台を目指し始めたのは、11年に初出場したマスターズから帰ってきてからだった。

「ローアマは取ったけど、自分はまだまだ通用しない、アプローチの精度が低すぎると英樹は言った」(阿部監督)

翌年、再び自力でマスターズに出場。だが、最終日の1番ホールのファーストパットで「あれっ?」と違和感を抱き、そこから崩れて、悔し泣きに終わった。

「あのマスターズのことがあったから……」

だから松山は飽くなき努力を続け、そして今年の全米オープンで10位になり、全英オープンで6位になり、そして全米プロでトップ20入りを果たした。

プロ転向したとき、アメリカに行きたいと言ったのも、それ以前に悔しい経験があったからだ。悔しさに始まった松山の世界志向、上昇志向は、無限の努力とともに日々強まっている。

メジャーで勝ちたい――それが松山の夢。その夢が絵に描いた餅にならぬよう、現実の中で目指す夢となせるよう、阿部監督は目標設定や視線の設定に手を貸しながら松山を導いてきた。

米ツアー出場権が確定したあかつきも、やっぱり努力は無限だ。いやいや、それどころか、そこからがやっと勝負の始まりなのだ。

松山は比類稀なる才能を抱く稀有な選手。けれど、自分の才能が無限だと過信してしまったら、アスリートは努力することを怠り、限界が訪れる。

だから、そうならないために、阿部監督は教えてきた。

「才能は有限、努力は無限」

全米プロを制したジェイソン・ダフナーは、今田竜二と二軍時代をともに過ごした親友だ。

数年前、その今田が半ば興奮しながら私にこう言った。「ジェイソン、すごいですよ。メジャーで優勝するためなら、持っているすべてを捨ててもいいって言うんですよ。すべてですよ、すべて。僕はすべてを捨てる覚悟があるかって言われたら、すべてっていうのはどうなのかなあって思っちゃう……」

陽の当たらない世界で苦労を積んできたダフナーは、自らの才能が有限であることを痛感してきたからこそ、無限の覚悟と無限の努力で邁進し、ついにメジャータイトルを手に入れた。

そのダフナーと予選2日間を同組で回り、米ツアー出場権を確実化した松山。世界へ通ずる無限の道を歩み出した松山。彼にもダフナーと同じ覚悟が感じられる。「すべてを捨てても世界を目指し、メジャー勝利を目指す」。

そんな松山の未来は無限大。彼を送り出す阿部監督の喜びも無限大だ。

そして、今後も松山の努力が無限である限り、松山の夢が現実になる可能性も無限大になる。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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