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松山英樹 可能性は1%!?

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
カナディアンオープンは16位。欧米での人気も認知度も急上昇中。(写真/舩越園子)

米ツアーのカナディアンオープン最終ラウンドに、どうにか間に合いたくて、ロサンゼルス発の土曜日の夜行便に飛び乗り、アトランタ経由でカナダのトロントへ向かった。

日曜日の午前10時ごろ、やっとのことでトロントに到着し、入国審査へ。

「アメリカに住んでいるんだね?カナダへは何しに来たの?」と聞かれた。

「カナディアンオープンの取材に来ました」と答えると、どうやら審査官はゴルフ好きらしく、「試合は、もう最終日だぞ」。

「そうですけど、一人の日本人選手が優勝するかもしれない小さな可能性があるので、その可能性がある限り、私は取材するんです」

そう答えると、審査官はにっこり笑って、こう言った。

「マツヤーマだろ?知ってるよ。あのヤングキッズは、いいねえ。ショットもいいけど、彼はハートがタフだ。メジャーで連続トップ10だろ?いいねえ。最終日は首位と何打差から出るのかい?」

とてもよく知っていた。ちょっと前まで「マツヤマ」と言えるアメリカ人(カナダ人も)は、ほとんどいなかった。

だが、全米オープン10位、全英オープン6位の実績は、あからさまに松山の知名度を高めた。アメリカでも、カナダでも、そして世界でも――。

【可能性】

私自身が審査官の質問に対して無意識のうちに「小さな可能性」と答えたように、首位と7打差の24位で最終日を迎えた松山が、大逆転で優勝できる可能性は決して高くはなかった。

グレン・アビーGCは8アンダー、9アンダーも夢ではないコース設定だ。松山が快進撃し、上位の選手たちが伸び悩んだりスコアをちょっと落としたりすれば、あっという間に横並びになることもありうる。

そうなってくれたら、ひょっとして……そんな小さな望みがあったからこそ、私は二の足を踏みたくなるほど高騰していた飛行機の片道チケットを「えいっ!」と購入し、取るものもとりあえず夜行便に飛び乗ったのだ。

可能性が小さいことは百も承知だった。松山がスコアを少々伸ばしたとしても、上にいた選手たちがこぞってスコアを伸ばせば、その差はいつまでたっても縮まらないわけだから。

けれど、可能性はゼロではない。そう、決してゼロではないのだ。

そんな言葉が松山の口から出ることを期待していた。だが、ショットが振るわなかった松山は、終わってみれば16位。

「結果的に、そこそこの位置で上がれた」という満足感。「自分にとって足りないものが多すぎる」という発見。いいんだか、悪いんだか。松山は、やや複雑な表情をしていた。

「今日、スタートする段階で、優勝できる可能性は何%ぐらいあると感じていましたか?」

単刀直入に尋ねると、松山はこう言った。

「1%です。ほとんどない」

それは、ちょっぴり淋しい返答だった。

【ギャップ】

期待に無理に応えてほしいと思っているわけではないし、非現実な答えはむしろ望みもしない。優勝できる可能性が低い、小さいと思っていたのは、この私とて同じこと。

だが、1%は低すぎる。「ほとんどない」は、少なすぎる。

自分が大逆転によるミラクル優勝をやってのける可能性なんだから、もうちょっと信じようではないか。そう思ったからこそ、松山の返答が淋しく感じられた。

私はもう少しだけ高い可能性を信じていた。数字にするなら、せめて10%ぐらい?それにしたって松山は1%で私は10%。なぜ、そんなギャップができてしまうのか?

その答えは、実際に7打差、8打差から大逆転優勝した現実を、この米ツアーでこの目で見たことがあるか、無いかの差だったのかもしれない。ウソみたいな、冗談みたいな、まさにミラクルみたいな逆転が、本当に起こりうる、起こしうるという現実をこの目で何度も見てきたからこそ、私は松山の優勝は起こりうる、起こしうると信じられた。

だが、当の松山のほうが、その可能性は「ほとんどない」と言ったのは淋しかった。足場を固めながら着々黙々と歩むタイプの松山だからこそ、「ショットが悪すぎ」の現実を見詰めた上で、勝利の可能性はゼロに近いと言ったのかもしれない。

だが、ミラクル逆転優勝をやってのけた選手たちは、必ずこう言っていた。

「そこに1%でも可能性がある限り、自分を信じて、自分だけは信じて、勝利を目指そうと思ってプレーした」

1%という数字を「1%もある」と取るか、それとも「1%しかない」「ほとんどない」と取るか。その差は大きい。

18番。好感触だった第2打はバンカーで目玉。「思い出に残った」(写真/舩越園子)
18番。好感触だった第2打はバンカーで目玉。「思い出に残った」(写真/舩越園子)

【読めない、つかめない】

とはいえ、松山は諦めるタイプではないはずだ。むしろ彼はネバーギブアップの精神の持ち主だからこそ、全米オープンでも全英オープンでもトップ10に食い込むことができたのだ。

それなのに、どうして勝利の可能性がわずか1%と言ったのか。釈然としない気持ちをどうにか整理したくて、今度は進藤大典キャディに尋ねてみた。

「たぶん、まだ米ツアー(の周囲の動き)が掴めないんだと思いますよ。スコアを1つ2つ伸ばすと順位がどのぐらい上がるのか、上がらないのか。スコアを1つ2つ落とすと順位はどのぐらいまで落ちるのか。そのへんがまだわかってないっていうか、わからない。でも、たぶん今日、スコアがいくつ動くと順位がどう動くかのレベルが、結構わかったんじゃないかなあ……」

私も進藤キャディと似たようなことを感じていた。だから、すでに囲み取材では松山にこんなことを尋ねていた。

「メジャー2つに出たあと、この米ツアーの普通の大会に出たわけですけど、普通の大会のほうがメジャーより難しいという点はありますか?」

すると、松山。

「うーん、(米ツアー大会は)セッティングが(メジャーより)少し甘い分、スコアを1つ落とせば(順位は)ガクンと落ちる。メジャーなら1個ボギー、ダボでも、そこまで落ちないけど……」

今の松山にとっては、メジャー大会より米ツアーの通常大会のほうが不慣れで暗中模索。最終日は「40位前後から、よく戻ってこれたかな。諦めずに最後までやって良かったかな」と喜んでいたけれど、米ツアーにもっと慣れて、周囲の動きが見えてくれば、松山自身がもっと自分のゴルフの戦略戦術を練って実践していけるはず。

その「慣れ」のために費やさなければならない時間が思いのほか長いからこそ、米ツアーにやってきた外国人選手たちの多くがその長さに我慢できなくなって米国から去っていく。

松山に当面、必要なものは、米ツアーに慣れ、選手たちの動きを知ることだ。

周囲の動きがよーく読める、掴めるという段階まで来たら、松山は自らの勝利の可能性をもっと高く据えることができるはず。そのとき、勝利の可能性が50%、60%、70%へと、格段にアップしていくことを祈るばかりだ。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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