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全英オープン2日目 上位陣と松山英樹の心の余裕

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
戦いながら手にはオニギリで全英2日目に20位に付けた松山英樹(写真/中島望)

全英オープン2日目に単独首位に浮上し49歳のミゲル・アンヘル・ヒメネスは、長い髪を後ろで束ね、葉巻を燻らせる個性派選手だ。出で立ちがユニークなら語る言葉もユニーク。だが、ユニークながらきわめて的を射ているのは、厳しい現実を生き抜いてきた苦労人ゆえの知恵や悟りがあるからだろう。

「リーダーボードの“どこぞ”にいるより、リーダーボードのトップにいるほうが気分はいい。なあ、そうだろ?違うかい?」

単独首位に立ったヒメネスはヘアスタイルもユニーク(写真/中島望)
単独首位に立ったヒメネスはヘアスタイルもユニーク(写真/中島望)

若年化が著しいゴルフ界でシニア入り間近の49歳が全英オープンで首位に立つ。その感想を尋ねられると、「オレにその権利はないのかい?首位に立つのは若者だけの権利なのかい?」

即座に言い返し、世界のメディアの笑いを誘いながらも質問した若い記者をたじたじにしたヒメネスの姿が実に痛快だった。

おどけた人柄。おとぼけキャラ。それはヒメネスの生来のパーソナリティ。だが、そんな彼であっても、勝てそうで勝てないこと続きだった米ツアー時代の終盤は心がぎりぎりまで追い詰められ、ジョークの一つも言えないほどになっていた。

「アメリカは淋しい。だから母国のスペインに帰るよ」

そう言って米ツアーから去り、欧州ツアーに専念し始めたヒメネスは、そのころすでに40歳代に突入していたのに、むしろ勢いを増し、欧州ツアー通算19勝のつわものになった。

機械だって性能をフルに発揮するためには“遊び”が必要であるように、高く飛ぶためにはその前に沈み込む動作が、あるいは助走が必要であるように、プロゴルファーも持ち前の才能や良さを存分に発揮するためには“遊び”に当たる心の余裕が必要だ。

今のヒメネスには、それがある。だからこそ、彼の良さが総花的に発揮され、49歳という年齢に関わらず、彼は今、全英オープンをリードしながら第3ラウンドを迎えようとしている。

【ウエストウッドの心は?】

そのヒメネスと1打差の2位タイグループに英国のリー・ウエストウッドがいる。世界ランク1位に輝いたこともある実力者。メジャー優勝は時間の問題と言われ、ウエストウッド自身もメジャーとなると目の色を変えて挑んできた。

優勝争いに絡んだ経験は数多い。が、どうしても勝てないまま時間だけが経過してしまった。しかし今年の全英オープンにはいつもと少し異なるアプローチをしている。

そう、機械に“遊び”が必要であるように、ほんの少し力を抜いて心の余裕を作ろうと彼は心に決めていたのだ。

ウエストウッドの長年のコーチは、この大会で松山英樹が助言を仰いだピート・コーワンだった。が、昨夏にコーワンと決別し、以後はセルフチェック。今年5月ごろから、なんとなくブッチ・ハーモンに見てもらってはいるが、いまだにコーチを流動的にしているところも、ウエストウッドの“遊び”の部分だ。

ファッションでも冒険をしてみた。普段は地味なウエアだが、全英初日は珍しく派手なイエロー系で挑み、「ファッションセンスについては……何も語らないよ」なんてちょっぴり照れながらも楽しい心で好プレーを披露した。そのかいあって2日目を終えて2位タイ。

派手なファッションに挑んだ初日の冒険心が功を奏した(写真/中島望)
派手なファッションに挑んだ初日の冒険心が功を奏した(写真/中島望)

「メジャーでは予選2日間でアグレッシブになりすぎる必要はないんだ。ある程度、いいポジションで週末に入ることを目指せば、それでいい。それぐらいで、ちょうどいい」

【松山の心は?】

心がいっぱいいっぱいになりすぎたら決していい結果は得られない――ヒメネスやウエストウッドのそんな考え方を知り、それならば松山英樹はどうなのだろかと知りたくなった。

初めての全英オープン、初めてのリンクスに挑みながら、楽々の予選通過どころか、上位入りが十分に狙える20位で3日目を迎えることになった。

そこまでの道程で、彼の心は果たしていっぱいいっぱいだったのか、それとも余裕があったのか。単刀直入に尋ねたら、「いやあ、そうでもないです」。

なるほど。プレー中も周囲を見渡したり、リラックスしている風の笑顔やポーズを見せたりしていた松山の姿を思い返せば、彼の「そうでもない」という言葉は、なるほどと信じられた。

「それより、ミスのほうが苦しかった」

ショットは好調。だが、得意なはずのパットには2日間とも苦しみ、それに加えてミュアフィールドのグリーンは日照りで干上がった最悪のコンディション。だから、技術面ではいっぱいいっぱいに近い感があったが、精神面には余裕あり。

21歳のプロ1年目。国際経験はゼロに近いほど少ない松山だが、全米オープンでは10位に食い込み、全英オープンでは20位で3日目へ。

そうやって上位を狙えるゴルフができているのは、機械に必要な“遊び”のような、飛ぶために必要な助走のような、そういう心の余裕が保てているからだ。もちろん、それは礎となる技術があってこその話。が、決勝2日間で技量レベルが大きく変化することはない。大きな可変要素はメンタル面なのだ。

ヒメネス、ウエストウッド、そして松山。心の余裕と安定を最も上手に保てた人が、サンデーアフタヌーンにクラレットジャグを抱く。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、ラジオ福島、熊本放送でネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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