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災害の死者ゼロに向け、テレビは「メディアの王様」を捨てられるか

藤代裕之ジャーナリスト
NHKでの「死者ゼロを目指せ・災害時のメディア連携」の収録風景。関係者提供

東日本大震災が起きた3月11日の前後は、振り返り番組や検証記事がつくられます。1月、NHKの担当者から「災害時の死者をゼロにするために、情報発信のメディア連携について議論する番組を考えている」と3月8日に放送予定の番組に出演と協力を依頼するメールが届きました。以前から関心があるテーマだったので出演を引き受けつつ、心の中では「無駄な議論にならなければいいが…」と不安がよぎりました。

メディアの連携?全然進んでませんよね

被災地を支援するIT系ボランティやソーシャルメディアの利用状況調査をしたこともあり、この時期はメディアから声がかかることがありますが、だんだんと気乗りしなくなっていました。

事前の打ち合わせでは「災害時のメディア連携は進んでいませんよね」と担当者にはっきりと伝えました。担当者がどう考えているのか知りたかったからです。

東日本大震災では、中学生のUstream「勝手中継」がきっかけとなり、NHKや民放各社の番組が動画サイトでも視聴できる同時配信が連鎖的に起きました。あの時、テレビもラジオも確認できない場所にいて、情報を探していた自分も本当に助かったのでした。

私は、このエピソードを中学3年生の教科書(光村図書)に『「想いのリレー」に加わろう』というタイトルで紹介しました。中学生、テレビ局や動画サイトの人、誰もが「もっと多くの人に伝えたい」と考えて起きたリレー。そこに希望を見たのです。

国語3(光村図書)に掲載されている『「想いのリレー」に加わろう』筆者撮影
国語3(光村図書)に掲載されている『「想いのリレー」に加わろう』筆者撮影

あれから9年。ようやくNHKが4月から同時配信の新サービス「NHKプラス」を提供し、民放は秋に準備するとのこと。ニュースサイトやアプリも各自で取り組みをアピールするだけで、メディアの連携は進んでいるどころか、むしろ後退しているのが現状です。メディアをテーマにした番組は業界の内輪受けになりがちだし、毎年のように深刻な顔で議論をしながら、状況が変わらないことに失望もありました。

担当者は「そのようなことも、率直に話して頂いてかまいません」と言い、NHKとフジテレビとテレビ局だけでなくヤフーを加えた共同企画の説明がありました。

テレビだけから情報を得る時代ではない

メディア連携を進めるためには、なぜメディアは連携できないのかを考える必要があります。

「テレビの皆さんがメディアの王様であるという意識を捨てないと無理ではないか」と伝えました。災害時にテレビが何が出来るのかをテーマにした番組では、最後はいかに自分たちが頑張るかをアピールして終わりがちです。しかし、スマートフォンが普及し、多様なメディアから情報を得ている時代に、テレビだけでは伝えることはできません。

例えば、下記の図は2018年(平成30年)豪雨災害で被害を受けた広島市の住民アンケートから、避難情報の入手実態を年代別にしたものです。テレビは最も割合が高いですがそれでも3割程度、メールや防止アプリ、さらには地域の声掛けからも情報を得ています。この図は、まさにあらゆるメディアを通して情報を伝えないと「災害時の死者をゼロ」にはできないことを示しています。

「平成30年7月豪雨災害における避難対策等の検証とその充実に向けた提言」に掲載された年代別の避難情報の入手実態の表をもとに筆者作成
「平成30年7月豪雨災害における避難対策等の検証とその充実に向けた提言」に掲載された年代別の避難情報の入手実態の表をもとに筆者作成

テレビが何ができるかではなく、テレビは何ができないかを考えないと、連携が実現するわけがありません。

ホワイトボードでメディアの役割を整理する

メディア連携を阻む理由に「スクープ合戦」があります。それは、メディアスクラムや特定の被災地や人物ばかりが、取り上げられるという地域格差を生んでいきます。このような問題は、ずっとシンポジウムなどで議論されてきましたが、総論賛成各論反対で、最後は「現実には出来ないでしょう」と理想論だと片付けられてきました。

しかしながら、視聴者がNHKとフジテレビに求めているものは違うでしょうし、被災地と被災地ではない地域の人が求めている情報も異なります。キー局、ローカル局、コミュニティFMやケーブルテレビ局、インターネットなど、それぞれの役割が異なるはずです。

「テレビは頑張っていきます」とならないように、それぞれのメディアで何ができて、何ができないか、議論しながらホワイトボードに書き出して整理するという提案をしました。そんな光景はテレビであまり見ないので難しいかなと思いましたが、これが採用され、2時間以上議論した後に出演者みんなで書き上げたホワイトボードが下の写真です。

番組の最後に出演者が書いたホワイトボード筆者撮影。放送されたので写真を差し替えました
番組の最後に出演者が書いたホワイトボード筆者撮影。放送されたので写真を差し替えました

帰り際にスタッフさんから「高揚感がある収録でした」と声をかけられました。どのように編集されているのか、私自身も番組を見るのが楽しみです。災害時のメディアのあり方、連携について、みなさんも視聴して考えて頂ければ幸いです。

3月13日深夜にNHK総合テレビで再放送です

番組「死者ゼロを目指せ・災害時のメディア連携」は、3月8日14時からNHK総合テレビで放送です(追記:3月13日深夜、3月14日の2時40分から再放送があります)。番組には、NHK、フジテレビ、岩手めんこいテレビ、ヤフー、FMあおぞら(宮城県亘理町で臨時災害放送局としてスタートし、現在はコミュニティ放送)の担当者が出演しています。

東日本大震災は予想外のメディア連携を生んだ。あれから9年。NHK・フジテレビ・ヤフーなどメディア関係者が結集!被災地に役立つ情報発信のあり方を考える。

出典:フジテレビ・ヤフーと共同企画 死者ゼロを目指せ・災害時のメディア連携

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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