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DX時代で売れなくなる営業 経営課題ではなく個人課題に目を向けよ

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:miya227/イメージマート)

 新型コロナウィルスの蔓延により、東京などの大都市を中心に、一気にリモートワーク化が進んだ。それとともに、営業やコンサルタントなどの顧客接点を要とする仕事においても、従来の方法では立ち行かなくなっている。

 いま生じている変化は、たんに営業の手法がオフラインからオンラインに変わっただけではない。第一に、面談の約束をメールで取り交わそうとする営業が増えた。第二に、景気の悪化によって新規の案件獲得活動が増大した。第三に、ネット上にはオンラインによるセミナーが乱立したが、その内容は似たものばかりである。そのため企業や個人は、どっと押し寄せるメールやネット広告などの情報をさばくことに時間をとられ、あげく新規の連絡については、検討するまでもなく、総じてお断りするような状況までも生まれている。

 ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、情報の豊かさは注意の貧困をもたらすと述べた。この言葉は、インターネットが普及し、情報の海の中で個々に重要な情報を選択することが難しくなったいま、より重要性をもつようになったといえる。そのため、知識学の権威であるローレンス・プルサックは、情報の価値は著しく下がったものの、知識の価値はむしろ上がったと述べた。したがって、経営資源に数えることができるのは、情報そのものではなく、情報を正しく取捨選択するための、知識なのである。

 知識こそは、生産性を向上させる要因である。生産性とは、投入する労働要素に対して上げられた生産価値のことであるが、営業に関していえば、より少ない活動のなかで、より高い価値を生み出し、自社の利益へとつなげることを意味する。そのため、価値を生まない活動を「なくす」、効率的な活動にするために作業を「けずる」、より高い価値を生み出す仕事のプロセスを「ふやす」という三つの活動によって、生産性は向上する。

 そしてDXとは、変革を目的として、デジタルを手段として用いることを意味する。ますますDXが推進されていく世の中において、いかにしてデジタル化するのかを考える前に行うべきは、いかなる変革を起こすかである。営業活動においても、旧来の方法から脱却する必要があるが、それにはAIを用いる(What)とか、オンライン面談のトークスキルを磨く(How)などの前に、何のために営業を変革するか(Why)を知ることが必要である。

困っているのは誰か

 IT分野などのソリューション営業において、研修などでは、企業の経営課題に目を向けよと教えられてきた。それは正しい。経営課題が分からず、あるいは仮説すらも立てられないときには、どこに焦点を当てて会話すべきかが分からなくなり、面談は漠然となるばかりである。だが、はっきりいって経営課題に目を向けている段階では、営業はうまくいかない。次の段階に移行しなければならない。

 まず企業とは、目的に至るプロセスのなかで、人間相互が協働するシステムである。経営学者のチェスター・バーナードは、組織とは意識的に調整された、2人以上の人びとの活動や諸力のシステムだと述べた。企業もまた組織の一つであるから、それと同じことがいえる。人間同士のシステムがかみ合わないとき、企業は生産価値を上げづらくなる。

 企業は、人間による協働のシステムである。ゆえにシステムの不機能は、人間が何らかの問題を抱え、それを解決する手段を知らないときに生じる。そして、企業が人間によるシステムであるならば、問題を抱えているのは企業ではなく、それを構成する人間であることになる。さらにいえば、企業の制度や構造、また生産機械などに問題があるというとき、実際に問題意識をもち「困りごと」を抱えているのは、無機質な機械や制度、システムなどではなく、それらを効率的・効果的に機能させることを役割 function とする、有機的な存在である人間である。

 営業が会話をしている対象は、企業ではなく、あくまでも人間である。よって営業には、目の前の人間の個人課題に目を向けることが必要である。すなわち、対面する人が、企業における自身の役割上、何に関心をもつのかに目を向けるのである。とりわけ人が関心をもつのは、現在抱えている問題を解決する方法や、いずれ生じるであろう問題にも適切に対処するための方法である。

 ところで昨今、問題と課題とをうまく切り分けられない人が多くなった。それは、いつしか課題解決などという言葉が、ソリューションの訳語として充てられるようになったことに起因する。本来、問題とはあるべき姿と現状との間に生じる「困りごと」を意味する。それを解決するために、課題 task すなわち「やること」が設定される。その具体的な手段が、アイディアとして複数挙げられ、テクノロジーが用いられる。

 これらを理解するときに、DX時代の営業の基本姿勢が定められる。DX時代の営業とは、自身に与えられたノルマを達成するために、何かを売る人ではない。企業における、特定の困っている人のために、とるべき方策を、時間をかけて話し合いながら考え、デジタルな知識を用いながら、具体的な方法を打ち出す人のことをいうのである。そして問題は、個人の数だけ存在する。かくして営業は、顧客の求める顕在的・潜在的なニーズを受け止め、みずから解決策を作り出す、新規事業担当の役割を負うことになるのである。

パーソナルな時代の到来

 DX時代の個人は、すべて個人的なつながりに焦点を当てることを余儀なくされる。たとえ巨大企業の一員であろうとも、変化の激しい社会において、会社が要求するばかりの、自身のキャリアにとって意味のない仕事を行うことは、自らの首を絞めることになるからである。

 ゆえにまた、営業がメールなどの連絡をとるにせよ、会社にではなく、個人に送るのが正しい手段となる。その場合、相手の関心に合わない情報を送ることは、自身の無能さを晒すことを意味する。ゆえに、大量のメールを企業の窓口に一斉送信するような行為は、もはや不適切といえる。企業における個々の人間の関心事を捉え、それに合致するような情報を示す必要がある。

 それゆえDX時代の営業には、ほとんど経営者と同じような知的能力が必要となる。特定の事業領域における、企業のあるべき姿を見出し、現状を正しく把握することで問題を明らかにし、問題の解決に向けた課題設定と、適切な手段を講じる能力である。この能力をもつ者を経営者と呼ばずして、誰を経営者と呼ぶべきか。したがってDX時代とは、すべての営業が経営者の資質を育むことのできる時代のことをいうのである。

 個人も企業も、他と異なる価値を提示するとき、優れた存在となる。いま営業に求められているのは、各々の営業が自社の成員として、相手先の企業の成員個人が求める価値を提示するための、発想力や創造力である。特定の製品やサービスの内容を、ただ顧客に説明するだけでは、収益を上げることはできなくなる。誰も行かなかった道を見出し、その価値を示す相手が誰であるかを、講じる。そのような思考プロセスをもつ営業だけが、新しい時代に適応することができるのである。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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