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海外では「日本人は “NATO” だ」と馬鹿にされている 創造のプロセスを理解しよう

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 どうやらわが国では、イノベーションがどのように成就するかが理解されていないらしい。

 筆者は元ビジネスマンの大学教員だが、現在タイで某企業の現地法人の統括をしている前職の同僚から、日本人は海外とりわけアジアで “NATO” と揶揄されていると聞いたことがある。

 NATO とは No Action, Talk Only の略である。

No Action, Talk Only

 とある日本の一流企業の役員は、毎年アジアトップクラスの大学教授を、メンバーと数名で訪問する。自社の事業領域における今後の動向について、ヒアリングを行うのである。大学教授は、懇切丁寧に説明する。彼らは満足気な顔で、今後のビジネスに活かしますと、日本に帰っていく。

 翌年彼らは、再び大学教授を訪問する。そして同じ質問をする。ビジネスは、まったく新しい動きをみせてはいなかった。「行動なし、会話だけ」だったのである。

 当時は面白い冗談だと思っていた。しかし、調べてきた結果、どうやらこれは本当なのだということがわかってきた。例えばネットで No Action, Talk Only と検索すると、同じような話が何件もヒットする。まとめると、アジア諸国やシリコンバレーなどでは、日本企業はいわゆる表敬訪問のノリで話を聞きに行く。相手は何かビジネスの機会になるだろうと思って、時間を割く。日本側は、社内で検討すると言って、その場を去る。どれだけ待ってみても、何の進展もない。結果、NATOの日本企業は、嫌われ者となる。

 ビジネスは、当然ながら時間の勝負である。しかも、このイノベーションの時代においては、一分一秒の勝負である。よって、誰しもが生産性のない仕事に時間を費やしたくはない。日本企業が話をしたいと言ってくれば、何か提案があるのでは、と思うに決まっている。しかし彼らは、何の前向きな話ももってこない。はっきり言ってしまえば、日本企業は人の時間を浪費することに何の罪悪感ももたない、くれくれさん Taker なのである。

不安は行動の大敵、小さく始めよ

 べつに筆者は、日本企業を貶めるつもりはない。ただし、日本企業のビジネス創造の姿勢に関しては、もの申すべきだとは思っている。

 人は不安を抱くと、言い訳をし、何もしなくなる。だから、不安をできるだけ小さくするために、できることからやれるようにするとよい。ドラッカーの言うように「イノベーションは、小さく始める」が原則なのである。

 公園デビューした母親は、すべり台を滑るたくさんの子供たちの前で、恐れて何も行動しない自分の子供を見たことがあるかもしれない。母親は「行ってくれば」と言うが、子供は動かない。なぜなら、経験したことがなく、得体が知れないからである。

 しかし、たくさんの子供たちが、喜んですべり台で遊んでいる。自分の子供もそれを見て、なんだか楽しそうだと感じるようになる。ついには、母親に言うのだ。滑ってみようかな、と。実際に滑ってみる。楽しい。また滑る。楽しい。何度も滑るようになる。かくして、すべり台を滑るときのような楽しさを味わうために、他の遊具にも目を向けるようになる。公園は、子供の不安をかき立てる場所から、充実を与えてくれる場所へと変わってゆく。

 筆者はこれを「すべり台理論」と呼び、かれこれ十数年の間、人に話してきた。新しいことを行うときは、必ず不安が頭をもたげる。それが大きくなればなるほど、行動できなくなる。大きなことをやろうと思えば思うほど、不安は大きくなるのである。結果、成功する確信がなければ、動けなくなる。かくして、イノベーションのための一歩は、いつまで経っても、踏み出されないのである。

 いまの日本企業に足りないのは、小さく始める姿勢である。先進国の日本には、大企業がひしめき合っている。新たな事業にインパクトを求め、大きな成果を上げようと躍起になることで、最初から成果を求めてしまう。すなわち、小さなビジネスを、大きく育てようという観点が、まったくのところ欠けているのである。勢いのあるアジア諸国や、シリコンバレーのようになれないのは、これが原因である。

未来のために、試行錯誤せよ

 小さく始めたビジネスは、大きく育てることができれば、さらなる利益を生む。これが、勢いのある国の人たちの観点である。

 したがって重要なのは、小さくビジネスを立ち上げたあとの、活動量である。原則として成果は、知識を得る時間、思考の質、活動の量によって決まる。一流と呼ばれる日本企業の多くは、活動量が足りない。つまり、知識や思考はあれども、試行錯誤によって成果を上げようという姿勢が、日本には足りないのである。

 何はともあれ、やってみることである。挑戦し、失敗を重ねて、成功の糸口をつかむことが肝心である。新しいことを行うと、予期せぬ障害が必ず生まれる。どこに障害があるのかをつき止め、その解決策を講じ、実際に試してみることで、新しい仕組みや方法が生まれてくる。すなわち、ビジネスが創造される。

 日本企業は、失敗を咎める。しかし、失敗をしないのは、無難なこと、手慣れたこと、失敗する余地のないことを行っているからである。それではビジネスは、縮小していくだけである。楽しみながら、アクションを起こし、試行錯誤しながら、大きく普及させていく。これがイノベーションのプロセスである。

続編を書いた。最後にいくつか、ドラッカーの言葉を挙げておくことで、終わりにしたい。

新しいくせに大きく見えるものこそ怪しむべきである。成功の確率はごく小さい。イノベーションに成功するものは小さくしかもしかもシンプルにスタートする。

『イノベーションと企業家精神』

彼らは仕事をする。大穴は狙わない。産業革命をもたらし、一〇億ドル・ビジネスを生み出し、一夜で成り金になるようなイノベーションを求めたりはしない。大金持ち間違いなしというアイディアをもとに事を起こす企業家、特に急ぎすぎる企業家は、必ず失敗する。失敗を運命づけられている

『イノベーションと企業家精神』

新しいものを始めるにあたっては、誰もが犯しやすいいくつかの間違いに気をつけなければならない。その一つが、アイディアから一挙に全面展開に入ることである。テストの段階すなわちパイロット(試行)の段階を飛ばしてはならない。最初から全面展開を図るならば、小さな傷が折角のイノベーションを台無しにする。

『非営利組織の経営』

イノベーションにおいては、長い懐妊期のあと突如爆発期がやって来る。数年にして新製品、新市場、新産業を生み出す。しかしその時までは、いつそれが起こるか、それとも起こりうるものかさえわからない。

『マネジメント』

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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