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新入社員の8割が「仕事にやりがい」 さらなる高みへ向かうために

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 12月4日、エキサイトニュースに「約8割の新入社員が仕事にやりがいを感じている。仕事にやりがいを感じるポイントは「先輩・上司からの声掛け!」」と題する記事が掲載された。

 新入社員の仕事に対するやりがいを調査したところ、「とても感じている」が22%、「感じている」が61%であった。上位には、先輩や上司が頻繁に声がけしてくれる(55.7%)、日々色々なことを吸収できている(53.4%)、仕事ができるようになってきた(51.1%)がランクしている。

 反対に、やりがいを感じていない2割弱の新入社員は、成長実感がない(61.1%)とか、いつも同じ仕事で新しいことがない(33.3%)といった回答をしている。ようするに、やりがいのあるなしは、仕事を通して成長している実感があるかどうかにかかっているようだ。

 当たり前に言われていることが調査によって裏付けられた。人間は、人間として尊重されなければ、成果を上げることはない。もしくは、いずれ人間として扱われる会社に移ってしまうだろう。新入社員を成長させるための具体的な方法について考えてみたい。

マズローの欲求五段階説

 よく知られているようにアブラハム・マズローは、欲求五段階説を唱えた。人間の各種の欲求をピラミッド型の五段階に表し、最下層には人間が生きていくための基本的な欲求である生理的欲求、その上に安心・安全な暮らしを求める安全の欲求、さらに上には、仲間や集団のうちに属したいという社会的欲求を位置づけた。これらは会社に入ることで(まともな会社という条件付きだが)、ただちに満たされる欲求であろう。

 重要なのはその上で、他者から認められたいとか、尊重されたいといった承認欲求が位置づけられる。この承認欲求が「先輩や上司からの声掛け」によって満たされているとき、やりがいをもつようになるのである。かくして人は、最上位に位置づけられる、自己の能力を活かしてあるべき自分になろうという、自己実現の欲求を満たそうと努めるのである。

 新入社員を成長させ、成果を上げさせるには、まずはその人を認めてやることが重要である。新入社員なのだから、わからないことばかりである。それなのに、お前はダメだとののしってしまえば、成果は上がらない。基本的にミスを誘発するのは、ミスを起こさないように努めるからである。萎縮してしまっているからである。ようするにまぁ、新人がダメなのは、マネジメントが下手くそなのである。悪いのはマネジメントであって、新人ではない。

自己実現の先にあるもの

 マズローの話を進めたい。マズローは、後年になって、自己実現のさらに先にあるものに目を向けるべきと考えた。自分という「エゴ」を超えて、自分の周りにあるものの繁栄を望む段階、自己超越の段階を示したのである。すなわち、人間は他者の繁栄を求めるのであり、そうすることで自己の繁栄に到達するのである。自己実現とは、自己超越の結果に他ならない。

 もともとマズローは、自己実現の中に、自己とは異なる他者への献身の要素を含めていた。マズローの思想が「人間性心理学」のうちに組み入れられるのは、それがアリストテレス以来唱えられてきた人間の社会性について述べたものだからであり、人間は自己の能力を活かして他者ないし社会に貢献することで自己実現に到達するとみなすからである。これが例えば、自己利益の追求を目指す「近代の」経営学などに編入されるようになって、「自己」あるいは人間の捉え方が変化してしまった。よってマズローは、晩年になってから、自己を超越した存在である他者とか社会といったものを強調したのである。

 近代の科学は、人間を主観的にではなく、客観的にとらえようとした。人間の主観的な見方は哲学や人文学においてなされるが、自然科学、社会科学、あるいは従来の心理学などでは、客観的に見ようとするのである。前者において人間性は humanity と呼ばれ、後者においては condition と呼ばれる。近代の文脈では、人間らしさよりも、条件 condition のほうを重視するのである。余談だが、婚活で「結婚相手の条件」を定めるのは、後者の人間観の影響である。

 近代の経営学は、人間を後天的な能力、スキルをもつもの=条件・状態として捉えようとする。スキルを活かして、「労働」を行う動物とみなすのである。そうであるから、例えばその人の「人格」よりも、実際に上げた成果のほうを重視する。失敗をしないこと、ミスを犯さないこと、数字で測ることのできる高い成果を上げることが、人間の、あるいは仕事におけるよき人間の条件なのである。そうでない人間は、条件を満たしていないのであるから、仕事を行うにはふさわしくないとみなすのである。

 しかし人は、心をもち、自己に対する何らかの認識をもち、それを維持発展させようと努める生き物である。よって人間を、たんに刺激に対して反応を示すものとして捉え、指示を与えればその通りに動くものとみなせば、人は生き生きと働くことができなくなる。仕事を一つの業務としてしまえば、人は何のために働いているのかがわからなくなり、生きがいも、働きがいももつことはできなくなるのである。だからドラッカーは、『マネジメント』を語るにおいて、人間を人間として生かす方法を考えた。作業をする手だけを雇うことはできない。人間を雇わなければならないのである。

仕事とは何か

 新入社員のやりがいを喚起するためには、まずは仕事とは何かということを、肌で感じられるようにしなければならない。頭で理解させるのではなく、体でわかるように、仕事の範囲を定めなければならない。

 いうまでもなく、人は顧客に価値あるいは満足を提供することで、顧客からお金を頂く。人は、他者に貢献することで、自らの欲求を満たすことができるようになるのである。すなわち仕事とは、他者に貢献することで、最終的に自らの自己実現に到達するための手段なのである。それらのことを実感できるように、新入社員の仕事の範囲を定めなければならない。貢献に目を向けさせ、その結果として「ありがとう」と言われるように、仕事を与えなければならない。

 仕事とは、部分ではない。顧客に与えるのは、ひとまとまりの価値であって、仕事の成果の全体である。よって仕事は、その一部の業務を与えることではない。たとえそのようにしたとしても、最終的にいかなる価値を顧客ないし社会に示したのかを知ることができるようにしなければならない。仕事には何らかの意味ないし意義があるのであって、それを実感することが、仕事の成果である。部分の寄せ集めが全体となることはないのである。

 人間は、自己の目的に向かって生きている。そうであるから、日常において行われる新入社員への声かけは、真摯な姿勢に向けて行われるとよいだろう。あるいは、その人の成長に向けて行われるべきである。うまくやったことそれ自体ではなく、ひたむきな姿勢があることが、人間性を育て上げる。かくして人は、生きがいを持って働くことで、結果として、高い成果を上げるようになるのである。すべての成果は、向かい続けてきたことによってなされた結果である。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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