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習近平の「琉球」発言 中国の決定的な事実認識の欠如

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
出典:人民日報

 6月4日、「人民日報」が報道した習近平の琉球に関する発言をめぐり、日本では中国が沖縄を略奪するつもりなので警戒しろという主張までがあるが、ピントがずれている。中国の場合は、決定的事実認識の欠如がある。

◆習近平は「琉球」に関して何と言ったのか?

 6月4日、中国共産党機関紙の「人民日報」が第一面で以下のような報道をした。その一部を図表1に示す。

図表1:6月4日の「人民日報」第一面

出典:人民日報
出典:人民日報

 記事によれば習近平は6月1日と2日、中国国家版本館と中国歴史研究院を視察したとき、以下のように述べた(筆者が黄色のマーカーを付けた部分の和訳)。

 ――私が福州で働いていた頃、福州には琉球館と琉球墓があり、琉球との往来の歴史が非常に深いことを知った。当時、閩人(びんじん)三十六姓が琉球に行っている。典籍や書籍の収集と整理を強化して、中国文明を継承し発展させなければならない。(引用ここまで)

 習近平は1985年から2002年まで福建省で働き、1990年からは福州市にいた。その間、何度も台湾が見える方向の海岸に立って海を眺めている。

 福州市にある「琉球館」は琉球王国の出先機関であり、たしかに明朝時代など一時期には琉球王国は中国を宗主国としていた時期もあった。「閩(びん)」は福建省の意味で、「閩人三十六姓」は琉球に渡った福建人を指す。

 一方、昨年8月10日に国務院台湾事務弁公室&国務院新聞弁公室から出版された台湾白書『台湾問題と新時代中国統一事業』によれば、隋王朝時代には台湾を「琉球」と称していたという記録もある。

◆中国が「沖縄県を盗りに来る」と騒ぐ一部の日本メディア

 これに対して、日本の一部のメディアは「さあ、大変だ!中国が台湾だけでなく、沖縄を奪取に来るんだ!」と大騒動し、日本政府に「早く手を打て!」と意見する者もいる。

 たしかにいま中国では、日本が「台湾有事は日本有事」として中国が台湾を武力攻撃することを大前提として日本の軍事力を高めなければという動きに出ていることに対する批判が噴出している。特にNATOの日本事務所を東京に設置することに対する批判には尋常でないものがある。

 NATOというのは軍事同盟であり、どこかの加盟国が攻撃されたら、必ず集団で攻撃した国と戦わなければならない。

 日本が中国に武力攻撃されたら、NATO加盟国全てが中国を攻撃していいことになるので、「抑止力」になるというのがNATO東京事務所設置賛成論者の意見だろうが、日本が中国に攻撃されるケースというのは、今のところ最も確率が高いのは、中国が台湾を武力攻撃した時くらいだろうか。

 ならば、中国に台湾を武力攻撃する必要があるのかと言ったら、基本的にはない!

 なぜなら、何度も書いてきたが、台湾は中国の一部として国連で「一つの中国」を認めているからだ(1971年10月)。アメリカが率先して「一つの中国」を認め、第二次世界大戦において、国家として日本と戦っていない共産中国の国連加盟を可能にし、共産中国と国交正常化するために「中華民国」台湾と国交を断絶した。だから全世界がアメリカや日本のあとを追って、「中華民国」台湾と国交を断絶したのだ。

 そのため中華人民共和国憲法の前文には「台湾は中国の神聖なる領土の一部である」と書いてある。中国にとって、その台湾を武力攻撃する理由はゼロで、もし武力攻撃するとすれば、それは台湾が独立を宣言しようとしたときでしかない。

 アメリカはそれを知っているので、何とかして台湾が独立を叫ぶように、台湾独立派を1994年から応援してきた。全米民主主義基金(NED)のガーシュマン会長が最初に台湾を訪問したのが1994年で、2003年にはNEDの台湾支部であるような「台湾民主基金会」を設立している。それ以来、NEDはひたすら台湾の独立派を支援してきた。

 NEDはその創設者の一人の言葉から「第二のCIA」と呼ばれており、その意味では「台湾有事」を創り出しているのはCIAだと言っても過言ではない。

 中国が平和裏に台湾を統一してしまったら、台湾の半導体産業は共産中国に持って行かれてしまい、中国は経済的にも軍事的にも発展してアメリカを凌駕してしまう。アメリカにとって、それは「悪夢」だ。だから共産中国には台湾を武力攻撃してほしいのである。

 習近平にしてみれば武力攻撃などしたら、統一後の中国で、台湾人が激しい反共反中的感情を抱くようになり、中国共産党による一党支配体制が崩壊する可能性が大きくなるので、何としても武力攻撃は避けたい。

 詳細は7月3日に出版される『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』に書いた。本書に収めた情報はNEDのホームページで確認している。

 実は6月13日、ニッポン放送の「辛坊治郎ズーム」という番組に出演したところ、辛坊氏が筆者のシンクタンクにおける論考欄をよくご覧くださっていて、ナマ放送で話をするに当たり、改めて論考欄をクリックしてみたら、そこに『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』という書名があることに強い興味を持って下さったらしく、番組は、いきなりこの書名から入っていった(開始から28分あたりから筆者との対談)。予想もしていなかったので、どこまで言っていいか一瞬とまどったが、辛坊氏は実に思考が柔軟で喋りもうまく、助かった。

◆中国は「蒋介石がルーズベルトに『琉球は要らない』と言った」ことを認識せよ!

 一方の中国だが、この時期、習近平の言葉を借りて「琉球」の名を出してくるのには意図があることは分かっている。日本が「台湾有事は日本有事」と言ったり、NATOの日本事務所を東京に設置しようとしたりしていることに対して、「何なら琉球の帰属権問題を論じてもいいんですよ」という脅しをかけているのだ。

 しかし、それなら聞こう。

 中国共産党新聞網は2008年1月16日に「蒋介石は琉球群島を要らないと言ったことを後悔している」というタイトルで報道したのを忘れたのか?

 今は都合が悪いから削除しているだろうが、筆者はきちんとダウンロードして本を書いている。以下に貼り付けるのは2013年に出版した『チャイナ・ギャップ』のp.75に掲載した図表だ。

図表2:1943年のカイロ密談で琉球占領を何度も断った蒋介石

出典:『チャイナ・ギャップ』
出典:『チャイナ・ギャップ』

 この概要に関しては2022年8月13日のコラム<蒋介石「カイロ密談」と日本終戦の形 その線上に長春の惨劇「チャーズ」>に書いた。

 要は、1943年11月22日~23日、カイロにおいて、時のアメリカの大統領ルーズベルトが蒋介石にこっそり話を持ちかけ「一緒に日本を爆撃しようではないか。そうしたら琉球を中華民国にあげてもいいよ」と誘ったのだが、蒋介石は再三再四にわたって断ったという話だ。

 したがって、中国が「何なら沖縄県の領有権に関する議論をしてもいいんだぜ」と言ったところで、蒋介石が「領有権は要らない」と放棄したのだから、「一つの中国」を唱える共産中国にも、領有権が存在する可能性はゼロなのである。

 その証拠は自分たちが削除した自分たちの党のウェブサイト「中国共産党新聞網」にあるので、中国には是非とも確認することをお勧めする。

 それを知らないで書いている中国人民解放軍系列の誰であろうと、また中国社会科学院の誰であろうと、ただ「不勉強なだけ」であって、「出直してこい」としか言いようがないのである。

 日本のジャーナリストも中国問題の専門家と自称する人たちも、勉強してから発言なさった方がいいのではないかと思う次第だ。

 追記:習近平の「琉球」発言以来、中国のネットや他のメディアで多くの歴史研究家が「琉球の帰属性」に関する中国の正当性を「歴史」に遡って凄まじい勢いで展開し始めた。そこで中国に戻って歴史関係の教育研究に当たっている複数の昔の教え子と議論したのだが、最初の内は「中国に帰属する正当性」を激しく主張していたのに、私が「カイロ密談における蒋介石の発言を中国共産党新聞網が報道していた事実」を主張したところ、彼らが一斉に、ピタッと黙ってしまったという経緯があることを付記する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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