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変装香港デモ隊が暴力を煽る――テロ指定をしたい北京

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
香港「逃亡犯条例」改正巡り混乱続く(写真:ロイター/アフロ)

 中国中央政府(北京)は何としても香港デモに「テロ」というレッテルを貼り軍を出動させてデモを鎮圧したい。その口実を作るためにデモ隊に変装した香港警察や中国軍を潜り込ませ、デモ行動を意図的に過激化させている。

◆なぜ香港はテロの兆しを見せ始めたと言えるか?

 8月14日、「環球視野」は「なぜ香港はテロの兆しを見せ始めたと言えるか?」という見出しの報道を行った。それによれば、8月12日、中国国務院香港マカオ事務弁公室のスポークスマン楊光氏は、臨時記者会見を開き、11日夜に香港警察が暴徒により火炎瓶を投げつけられた事態を重要視し、激しく非難した。そして以下のように述べている。

 ――ここのところ、香港の過激派デモ隊は非常に危険な道具で警察官を繰り返し攻撃している。これは既に深刻な暴力犯罪を構成しており、テロの兆しを見せ始めている。これは香港の法治や社会秩序を著しく乱す違法行為であり、市民の生命安全に対する深刻な脅威であり、香港の繁栄と安定を脅かす深刻な挑戦である。

 その上で楊光氏は、「テロとは何か?」に関する多くの国際組織による定義を披露している。

 定義の内容自体は省くが、「国連によるテロの定義」や「EUのテロリズム概念」などを紹介しているところを見ると、目的は一目瞭然。要は「西側諸国によるテロの定義」と「中国が定めたテロの定義」は一致しており、中国が自国で定めた「反テロ法」に基づいて合法的に武力鎮圧をしても「西側諸国による非難は許されない」という予防線を張っているわけだ。

 案の定、楊光氏は2015年12月27日に開催された第12回全人代常任委員会第18次会議で可決された「中華人民共和国の反テロ法」を持ち出してきて、中国におけるテロの定義の説明に入った。中でも現在進行中の香港デモに共通する部分を強調した。

 だからこそ逆に、香港のデモは「暴力的な手段」を使用しており、「不特定の民間人が攻撃の標的」となり、「香港市民の社会的経済的発展に著しい弊害をもたらす」ものでなければならない。こうしてこそ「テロ指定」ができるのである。

 その「テロ指定できる証拠」として楊光氏は記者会見で過激派が使用する武器を示し、それが香港デモでも使われていることを紹介した。

◆変装してデモ隊に成りすます香港警察など

 香港警察や北京政府からの回し者が変装して、民主を求める側のデモ参加者に成りすましていることは早くから指摘されていた。

 しかし当局側が認めたのは、これが初めてのことだ。

 8月12日、香港警察(香港警務処のトウ炳強・副処長)は11日の記者会見で、「デモ参加者を装った警察官を動員した」と初めて認めた。なぜなら11日のデモの中で「変装していると思われる警察官がデモ参加者を逮捕している動画」がデモ参加者によって撮影され、インタ―ネットにアップロードされたからだ。この動かぬ証拠を見て、香港警察は「おとり捜査」をしたことを記者会見で認めたのである。

 但し、「非常に暴力的な暴徒」を標的にしたものであって、「決して暴力を煽るようなことはしていない(すなわち、「何かを誘発したわけではない」、「トラブルを起こせという指示はしていない」)」と弁明したのが、かえって怪しい。

 一方、8月13日には中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」の記者・付国豪氏がデモ参加者に取り囲まれ殴打を受けたと中国大陸のメディアが報じた。このとき付氏は「私は香港警察を支持する。さあ、私を殴ってもいいよ!」と叫んでいる。その後デモ参加者に結束バンドで手足を縛られた付氏が倒れて横になり、激しく殴打されている動画が映し出されるのだが、不自然なことがいくつかある。 

 1.付氏は「さあ、私を殴ってもいいよ!」と叫んでいる。この時の中国語は「可以打我了!」だ。普通なら「打就打ba(口辺に巴)!」(さあ、殴りたければ私を殴れ!)」と言うはずなのに、「可以」(~してもいい)という言葉を使っている。おまけに「了」という文字まで最後に付けたということは、「さあ、殴ってもいい準備ができたよ」「準備OKだよ」というニュアンスを添える。不自然だ。

 2.付氏は叫んだ時に、一瞬、笑い顔らしいものを見せている。もちろん「観念した時に勇者が見せる不敵な笑み」として褒めたたえることはできよう。しかし慌てた様子が皆無であるというのは、どうも不自然。

 3.付氏は「警官と間違えられた」と報道されているが、なぜその時に「私は新聞記者だ」とひとことも言わず、「私は香港警察を支持する」と叫ぶ必要があったのか。「香港警察を支持する」と言えば、デモ参加者が「殴ってくれるだろう」と計算したのではないのか。

 4.「暴徒は付国豪の所持品をすべて奪った」と環球時報は報道しているが、その奪い方が不自然だ。携帯やキーホルダーあるいはカードなどが一つずつ地面に置かれた紙(らしきもの?)の上に「きちんと」奪われて行って、動画がその一つ一つが紙の上に置かれていくのを「きちんと」撮影している。このような「暴徒による強奪」など、あり得るだろうか。

 5.彼の上司に当たる環球時報の胡錫進・編集長は、付は「報道以外、なんの任務も負っていなかった」、「彼はスパイではない」と強調し、45秒ほどの動画を公開した。そして最後に「その場にいるのはテロリストだ!」という言葉で結んでいる。この言葉が欲しかったのではないのか。

 6.不思議なことに、あれほどの暴行を受けながら、付氏は軽傷で済み、翌日には普通に行動している。「芝居は終わったのか・・・」という印象を与える。

◆香港に駐留する中国人民解放軍

 香港にはいま約8000人ほど(一説には1万人)の中国人民解放軍が駐留している。

 香港返還に際してトウ小平がイギリスのサッチャー首相と交渉していた時、「中国人民解放軍に関してはどうするか」という話になった。

 そのときトウ小平は火の玉のような勢いで叫んだ。

 「軍隊なくして何の領土か!軍隊がいてこその国家だ!」として、「一国二制度」の「一国」を強調した。こうして1993年から香港に駐留する中国人民解放軍部隊の編成が開始され、1996年1月28日に編成を完成させて深センに配備した。そして同年12月30日に「香港駐軍法」が制定され、1997年7月1日零時に香港への進駐を完了させている。

 2019年7月24日、中国国防部の呉謙・報道官は記者会見で、「香港政府の要請があれば現地の中国人民解放軍が出動することが可能だ」と強調した。中央テレビ局CCTVをはじめ中国政府系メディアは、7月21日に香港のデモ隊の一部が香港にある中華人民共和国の国章を汚すなどしたことについて「これはテロ行為だ!」と激しく非難してきたが、これに関して国防部の呉謙氏は、「必要に応じて軍隊を使う用意がある」と示唆した。

 一方、冒頭で述べた楊光報道官の記者会見が行われた8月12日、CCTVなど中国の政府系メディアは同じタイミングで人民武装警察部隊が深センに移動する様子を撮影した動画を公開した。人民日報は、人民武装警察部隊の任務について、「反乱、暴動、深刻な暴力事件および違法な事件、テロ攻撃およびその他、社会の安全を脅かす事態に対処する」と具体的に説明している。

 なお、人民武装警察部隊は2018年1月1日零時を以て、中央軍事委員会の直轄となっている軍隊である。

 何もわざわざ武装警察がテロ防止の予行演習などをしなくとも、そもそも香港に中国人民解放軍がいる。いざというときには駐香港の中国人民解放軍がいるので、武装警察の予行演習はあくまでも威嚇が目的だ。

 以上より、次のようなことが推断される。

 ――中国の中央政府(北京)は、何としても香港のデモを鎮圧したいが、国際社会の目があるため、なかなか軍を出動させることができないで焦っている。今年は建国70周年記念。10月1日以前に解決しなければならない。そこで、デモが「テロ行為」であることが証明されれば軍の出動が許されると考えて、「テロの定義」に当てはまるように、香港警察あるいは政府や軍関係者などがデモ参加者に変装して、デモ行為の過激化を目論んでいる。

 香港の若者たちが、どうかこの策謀にはまらないよう、願うばかりだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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