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ファーウェイ禁輸解除が前提条件だった――米中首脳会談

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
G20大阪サミット 米中首脳会談(写真:ロイター/アフロ)

 6月29日の米中首脳会談の後、トランプ大統領は第4弾の対中追加関税を見送っただけでなく、ファーウェイに対する禁輸緩和まで宣言。中国は米議会における米企業公聴会の結果を見て、禁輸解除を会談の条件にしていた。

◆トランプ大統領が初めて見せた弱々しい表情

 6月29日、G20大阪サミットにおける米中首脳会談を終えたアメリカのトランプ大統領は、記者会見に臨んだ。

 全世界の目がそこに注がれる中、いつものあの威勢のいいトランプ大統領にしては、考えにくいほどの弱々しい表情だと私の目には映った。

 これは、まずい。

 声の張り、大きさ、トーンまでが、きっと思わしくない言葉を吐露するのではないかと予感させた。最初に発せられた声は、何か重苦しく、低い。いつもは年齢の割に、きれいな張りを見せている顔の皮膚までが、シミや細かな凹凸が目立ち、「やはり、それ相当の歳なんだなぁ」と実感させるではないか。彼の表情の中では初めてのことだ。

 そして案の定、トランプ大統領の口から出た言葉は「対中追加関税見送り」と「ファーウェイ に対する禁輸緩和」だった。

 対中追加関税に関しては、「第4弾の厳しい関税の引き上げは見送り、通商交渉を再開していく」ことになり、ファーウェイに関しては、「米企業は関連部品に関して、これまで通りファーウェイとの取引を継続していい」ということになった。つまり、ファーウェイがスマホなどの端末を製造するのに必要な半導体を米企業から輸入していいし、またソフトウェアなどのサービスも受けていいということになる。

 但し、安全保障上問題がない部品に関してとか、エンティティリストからの排除は検討中とか、口ごもりながら言ってはいるが、ファーウェイの製品はすべて安全保障上の問題があると言ってきたのだし、エンティティリストでは全ての半導体などの部品に関して米政府の許可なしに販売してはならないと指示しているのであり、そのタガを外したのだから、この弁明には苦しい自己矛盾がある。

 中国は「禁輸制裁解除」を要求し、米国側は「禁輸制裁緩和」に留めたと、本コラムでは区別して書いているが、実態は大差ない。

 なぜ、ここまでの譲歩をしたのか?

◆中国は「ファーウェイの禁輸解除を会談の前提条件」にしていた

 大阪で開催されるG20における米中首脳会談を最初に呼びかけたのはトランプ大統領の方である。もし応じなければ、厳しい追加関税が待っていると習近平国家主席に脅しを掛けている。中国外交部側はしばらくの間、「出席するか否かに関しては、今のところ情報がない」と答えを濁していた。

 6月18日になってトランプ氏は習氏と電話会談し、ようやくG20出席と米中首脳会談実施の同意を「一応」取り付けた。万一にも習氏が出席を断れば、トランプ氏のメンツは潰れ、大統領選に不利になる。だから、その前までは激しい脅しを掛けていたわけだ。

 それならば、米中首脳会談を行う可能性などをツイッターでつぶやかなければいいのにと思うが、これがトランプ氏の癖。ほぼ反射的に発信してしまうのだろう。「先に言ったものが敗ける」というルールを、あまりわきまえていないらしい。その後、中国外交部は習氏のG20出席と米中首脳会談実施を正式に表明した。米中通商交渉担当者同士の電話会談も行なわれた。

 その間に何が起きたのか。

 中国政府の元高官(長老)を取材した。

 すると、思いもかけない回答が戻って来た。

 ――華為(Huawei)に対する禁輸を解除しないと、米中首脳会談に応じないという、前提条件を中国側が付けていたんですよ。つまり、6月18日の時点では、実はまだ「前提条件」を突き付けたままでした。  

 「それは、いつ頃から付けた条件でしょうか?」と質問を重ねると、さらなる驚くべき回答が戻って来た。

 ――あまり詳細は言えませんが、要は、米議会での公聴会自体もそうですが、習近平の訪露、訪朝などの一連の流れも、この公聴会の成り行きと連動しています。トランプを追い込んだのですよ。何のために、清華大学経済管理学院顧問委員会に、あれだけ多くの米企業CEOを揃えていると思っているんですか……。

◆米議会におけるファーウェイ関連米企業の公聴会

 第3弾の対中制裁関税が実行に移されたのが6月15日で、6月17日から25日の間の計7日間、第4弾の対中制裁関税に関する公聴会を米議会は開き、特にファーウェイに対する禁輸制裁に対する是非を米企業に聞いている。

 私自身はこれら一連の公聴会を知り、民主主義の国家はなんと素晴らしいのかと、感嘆の思いでアメリカという国のシステムに尊敬の念を抱いたものだ。大統領が一存でその時々の思いを国策としてツイートしても、議会が民間企業や団体を招いて公聴会を開いて初めて決定していくというシステムは、一党独裁の国家・中国ではあり得ない現象だし、日本ですら滅多にないことだろう。

 何と言っても公聴会に集まった米企業および半導体などの業界団体数は300を超えたとのこと。

 ここにこそアメリカの偉大さがあると感動していたのだが、結果は逆の方向に動いていた。ほとんどの米企業や業界団体が、ファーウェイに対する禁輸制裁に反対したのだ。

 日本の経団連の意向を汲まないと、日本の政党も選挙に勝てないように、アメリカの大統領とて、選挙の票田に企業団体の意向が影響してこないわけがないだろう。考慮に入れないはずがない。

 5月15日にファーウェイをエンティティリストに加えて、米企業はファーウェイに対して米政府の許可なしに部品やサービスを提供してはならないとトランプ氏は命じていた。しかし、ファーウェイと取引をしている米企業はとてつもなく多い。そのサプライチェーンを切断されることは、米企業のビジネス生命にとって致命的であるというのが公聴会における主たる訴えだった。だからファーウェイに対する禁輸制裁を取り下げろというのが圧倒的多数による要求だったのである。

 大統領選のために強気に出ていたトランプ氏が、選挙に不利な結果をもたらす選択をすることはできない。

 公聴会における態勢不利をトランプ氏が実感したタイミングを狙って、習氏側は最後のダメ押しをしたのだという。

 ということは、6月26日辺りにファーウェイへの禁輸解除の約束を取り付けたことになろうか。

 それを裏付ける類似の情報が、たとえば6月27日のウォール・ストリート・ジャーナル(Wall Street Journal、WSJ)に載っている。題して、“China to Insist U.S. Lift Huawei Ban as Part of Trade Deal ”。中国側は絶対にこのようなことは公表せず、秘密裏に動くので、私同様のインサイダー情報をホワイトハウスから得る特別のルートがWSJの誰かにもあるのかもしれない。

 G20大阪サミットの参加者合同撮影の時に、習氏だけが安倍首相の面前を素通りして、トランプ氏に握手をしに行く場面があった。あれは「禁輸解除を事前に承諾してくれたお礼」として、いや、正確には「強制的に承諾させた手前(?)」、トランプ氏のメンツを儀礼的に保とうという目的だったのではないかと推測するのである。

◆清華大学経済管理学院顧問委員会に居並ぶ米大財閥のボスたち

 拙著『「中国製造2025」の衝撃』の表5「清華大学経済管理学院顧問委員会委員リスト」(p.177~p.179)をご覧いただきたい。ここに米大財閥のボスたちの名前がズラリと並んでいる。中国と関連する大手米企業のCEOは、ほとんどこの顧問委員会の委員だ。つまり習氏の母校である清華大学に顧問委員として参画し、習氏と緊密につながっているのである。全てはキッシンジャー元国務長官が斡旋したものであることは、同書の中で詳細に説明している。

 中国がいよいよの窮地に追い込まれたときには、このボスたちを動かせばいい。

 顧問委員会は、言うならば「北京にあるウォール・ストリート」だ。

 公聴会に参加する300以上の企業に、このボスたちが圧力を掛けてない保証があるだろうか?

 中国政府元高官の、「何のために、清華大学経済管理学院顧問委員会に、あれだけ多くの米企業CEOを揃えていると思っているんですか……」という言葉は、このことを指していると解釈すべきだろう。

 水面下で、北京が米議会をコントロールしていたことになる。

 これを「シャープ・パワー」とアメリカのシンクタンクは名付けている。中国を警戒しない方がおかしい。日本はまだ気づいておらず、警戒心がまるでないが……。

◆「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」――習近平

 私は1990年代から在米華僑華人たちを数多く取材してきたが、そのとき老華僑が言った言葉が忘れられない。「もう戦争はこりごりだ。中国共産党は嫌いだが、戦争はしてほしくない。そのためにアメリカが中国とのビジネス・チェーンを切ることができないようにしておく。そうすればアメリカは中国と戦争を起こすことはできない」、「これこそが中華の知恵だ」と言ったのである。

 米中貿易摩擦が始まってから、習氏はよく「あなたの中に私がいて、私の中にあなたがいる」という言葉を使う。

 これは世界中(特にアメリカに)強固なサプライチェーンを形成して、何か衝突があった時には、相手がその「鎖の絡み」から抜け出せないようにしておくという、中国の戦略を指している。

 5月22日付のコラム「Huawei一色に染まった中国メディアーー創設者が語った本音」でも書いたように、ファーウェイの任正非CEOも、5月下旬に受けた集団取材で同様のことを言っている。

 2004年にファーウェイから分離した半導体メーカー(設計を主とするファブレス)のハイシリコン(ファーウェイの子会社)が、実はアメリカ半導体メーカー大手クァルコム並みの半導体設計を製造する能力を持っているのだが、敢えて自社製半導体で全てを賄わず、半分はアメリカを始めとする世界各国の半導体メーカーから輸入していたのは「孤立するのを避けるためだ」と説明している。早晩、アメリカとは山頂で激しい競争に出くわすだろうことは分かっていたので、世界市場に深く複雑に溶け込んで、いざという時にはその「チェーン」を切ることができないようにしていたのだという。 

 それが米議会での公聴会で力を発揮し、今般のトランプ氏の「ファーウェイ禁輸制裁緩和」発言へとつながったという側面も否めない。

 民主主義国家には選挙という素晴らしい手段があるが、その民主性は形骸化し、政争の道具と化している側面は否めない。本来は民主主義国家が構築してきたはずのグローバル経済は、中国にとって有利であり、中国の戦略の神髄と化してしまっている。本末転倒だ。言論弾圧をする国家がグローバル経済を歪んだ形で牛耳り、「中華の知恵」を発揮しているのである。

 日本は見事に、そこに乗っかっていることを見落としてはならない。

 実に暗澹たる思いだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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