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習近平訪朝を読み解く:中国政府元高官を単独取材

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
街頭でも報道された習近平初訪朝(写真:ロイター/アフロ)

 習近平訪朝は、国交樹立70周年記念のため4回目の金正恩訪中で既に約束された既定路線。その狙いが的中しトランプ氏が金氏宛てに親書。そこには中露朝結束の対米けん制があり、中国にはもう一つ香港問題回避の狙いもある。

◆常軌を逸する歓迎ぶり

 6月20日、習近平国家主席が国賓として北朝鮮を訪問し、21日に帰国した。中国の国家主席が訪朝するのは14年ぶりのことであり、習近平としても2013年に国家主席になって以来、初めての訪朝だ。

 最初の到着場面は赤絨毯と熱烈に歓迎する国民の姿が延々と映し出され、世界に異様感を与えたものと思う。しかし、これは中国の習慣でもあり、北朝鮮の慣わしでもある。その中朝が揃ったのだから、ナマで(ライブで)報道しないという現象も、最高に共鳴したと言っていいだろう。国民には良いところしか見せられない。それは、その国家体制の危うさを如実に表している。本当は自国の国民が怖いのだ。国民が自らの意思を正直に表現することを最も恐れている。国民を騙しつづけてきたからである。

 その象徴の最たるものであると、興味深くこの画面を眺めた。

 中国の中央テレビ局CCTVなど、最初の通報では、30秒弱の口頭による報道をしただけだった。次の報道は、この「赤絨毯と歓迎する観衆の姿」のみ。ようやく本人同士の姿が報道されたかと思うと、それからは凄まじかった。

 無事に「録画」されたので安心したのだろう。

 街頭には数十万の庶民が旗を振ったり花輪を持ったりして、飛び上がるように歓迎の熱意を表し、20日夜の歓迎の宴では、5万人から成る人員が動員され、オリンピック並みの舞台演出が展開された。中国の国歌に近い歌「五星紅旗」の歌声が満場に鳴り響いたときには、人民解放軍にいた時代に歌手としてその歌を歌ってきた彭麗媛夫人の顔が大写しにされ、彼女が感極まって姿勢を正したほどだった。

 歓迎に際し、ここまでの演出をするには、相当の時間と経費を注いでいるはずで、北朝鮮の経済にはまだゆとりがあるのかという印象さえ与えた。

◆中露朝結束による対米けん制

 それは習氏がG20を前に対米けん制を行なうという狙いよりも、むしろ金氏が自分の対中傾注をトランプ大統領に見せつけることにより、トランプ氏の気を引こうとした狙いの方が大きいように思われる。2019年1月8日に、金氏は第4回の訪中を果たしたのだが、2月の米朝首脳ハノイ会談は物別れに終わっている。1月8日は金氏の35歳の誕生日に当たり、わざわざその誕生日を中国で迎えて習氏との蜜月ぶりをトランプ大統領に見せつけたにもかかわらず、効果はなかった。

 それを上回る強烈な親密ぶりをアピールしてトランプ大統領に見せるには、国力の全てを注いででも、という死闘のような賭けが金氏にはあったにちがいない。

 金氏は4月24日にはロシアを訪問し、25日にはウラジオストクでプーチン大統領と会っている。北朝鮮最高指導者の訪露は故金正日総書記による2011年8月以来約8年ぶりのことだった。

 一方、今年6月5日、習氏はモスクワ入りし、プーチン氏と会談。会談後の記者会見で、習氏は「過去6年間、我々は30回近く会談を行なってきた。ロシアは私がこれまでで最も多く訪れている国だ。プーチン大統領は私の親友であり同僚でもある」と中露の蜜月ぶりをアピールしている。その後訪問したプーチン氏の故郷サンクトペテルブルクでは、プーチン氏は習氏に母校のサンクトペテルブルク大学の名誉博士号を授与。さらにプーチン氏は昨年の大規模中露合同軍事演習に触れ、中露両国の戦略的パートナーシップを強調している。

 その蜜月ぶりは、プーチン政権に近い筆者の友人から、日夜メールで伝えられてきた。

 習近平訪朝は、この流れの中で読み解かなければならない。

 それ故にこそ、トランプ氏の金氏への早速の親書という現象を招いたものと判断される。

 全ては中露朝結束による対米けん制なのだ。

 もっとも、冒頭に書いたように、今年の習近平訪朝は第4回の金正恩訪中のときに約束されていた。今年は中朝国交樹立70周年記念に当たるからだ。それをG20の前に持ってきたのは中露朝による戦略だったとみなすべきだろう。

◆中国政府元高官からは「一国二制度」香港問題

 ちなみに、習氏の訪朝をどう思うかに関して中国政府元高官を単独取材した。

 すると彼はいきなり「北朝鮮は中国の一国二制度を学ばなければならない」と切り出した。何ごとかと尋ねると、以下の答えが戻ってきた。

 ―― 中国は朝鮮半島が統一されることを願っている。北も南も独立した国家で、アメリカの力が及ぶ状況を絶対に作ってはならない。朝鮮民族同士が一つの国家を作って、それぞれの体制(社会主義体制と民主主義体制)を維持すればいいのだ。つまり、中国が香港やマカオで実施している一国二制度を半島でも実施すればいいのだよ。決して東ドイツが西ドイツに吸収されるような形で両体制の統一をしてはならない。

 「しかし、香港の巨大なデモに見られるように、一国二制度が成功しているとは思えませんが……」と抵抗すると、彼は続けた。

 ―― トウ小平は、一国二制度が成功するには50年と言わず、100年かかってもいいとさえ言っている。ともかく挑戦半島問題は政治的に解決しなければならず、他人の国の玄関先で喧嘩をすることを中国は許さない!

 要は、アメリカが軍事的に介入してきて北朝鮮と一戦を交えることだけは絶対に許さないという意味である。米朝戦争が起きれば、中朝同盟により中国が介入せざるを得なくなり、となれば中露朝が結束してアメリカに対戦することになるが、しかしいま戦争を起こされると、中露朝が結束してもアメリカに勝てるとは思っていないし、また中国共産党による一党支配体制が崩壊するので、それだけは絶対に避けたいというのが中国の本音と判断される。だから、「トランプの金への親書は中国としては織り込み済みだ。トランプは選挙があるから、もうパニック状態だよ」と、中国政府元高官は不敵な含み笑いを残した。

 筆者としては、トランプ氏が早速金氏宛ての親書を、こんなにまで早く出してしまわない方が良かったのにと、残念でならない。中国共産党の一党支配体制は、香港市民のあの力強く頼もしい抵抗に見られるように、内部に矛盾を孕んでいる。それを集中攻撃すべきなのに、日本政府は中国の顔色を見て、香港で起きたあの激しい抵抗運動に関して北京政府を批難していない。そのことも残念でならない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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