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全人代「GDP成長率」を読み解く

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
3月5日、全人代で政府活動報告をする李克強首相(写真:ロイター/アフロ)

 3月5日の全人代では中国の今年の経済成長率の目標を6%-6.5%と設定した。これにより中国経済が米中貿易摩擦の影響を受けて減速していると判断できるのか否か、詳細な実態と今後の動向を読み解く。

◆李克強首相、政府活動報告で目標値「6.0%‐6.5%」

 3月5日の全人代(全国人民代表大会)における政府活動報告で、李克強首相は今年の経済成長率の目標を「GDP成長率で6.0%‐6.5%とする」とすると発表した。

 世界が最も注目している値だが、昨年の目標値が「6.5%前後」だったのに対して、やや引き下げたことになる。

 政府活動報告は、過去1年間の中国政府の活動を総括し、それを基に今年1年間の目標を発表する性格を持っているため、昨年の経済成長率に関しても「GDPで6.6%増であった」ことが明らかにされた。これは昨年の目標値であった「6.5%前後」の範疇にあり、実際上、目標値を達成したと、中国政府は胸を張っている。

 しかし李克強自身がスピーチの中で述べたように、「アメリカとの貿易摩擦が一部の企業の生産や経営、市場の期待に影響を与えた」ことは事実だろうし、また「中国の発展が直面する環境は、複雑さと厳しさが増しており、リスクと試練が増大している」こともまた、否めない現実だろう。

 これに対して世界各国はさまざまな見方を発信し、中には昨年のGDP成長率が6.6%であったことを、「28年ぶりの低水準」だとして、「リーマンショック級の大打撃を中国は受けている」と評するメディアもある。

 本当にそのような事態にあるのだろうか?

 日本の経済界にも強い影響をもたらす話なので、もう少し深く考察してみよう。

◆中国のGDP規模とGDP成長率

 そのために筆者は、中国のGDP規模(絶対値)の推移と、GDP成長率を比較してみることを試みてみた。

 というのは、GDP成長率というのは前年度のGDP規模と、その年のGDP規模の差額を、GDP規模で割った(割り算をした)値だからだ。分母に来るGDP規模が大きくなれば、同じ差額でも成長率は小さくなるし、規模そのものが小さい時には、小さな差額でも、成長率は非常に大きくなる。

 したがって、中国のGDP規模の推移を見て比較しないと、中国経済の現状と未来予測をすることはできない。

 以下に示すのは、米中日3ヵ国の1991年からのGDP規模と成長率を1つの図表にプロットしたものである。データはIMF World Economic Outlookに準拠し、米中日のみを抽出した(両者を同一画面上にプロットしたのは、筆者の試み)。

画像

 太い曲線の「青、赤、緑」は、それぞれ「米中日のGDP規模」を表し、「・」や小さな「■」等を用いて表した折れ線グラフ(線を少し細くして区別)は、同じく色別に米中日のGDP成長率を示す。規模の値は左縦軸に示し、「%」は右側の縦軸に示してある。

 まず「赤い太線」すなわち中国のGDP規模の変化をご覧いただきたい。

 北京オリンピックがあった辺りから急激に規模が増大し、「2010年」には日本(緑色の太線)を凌駕している。赤い太線と緑の太線が「2010年」で交差しているのが見て取れる。この時点から中国は世界第二の経済大国になり始めた。

 一方、赤の「・」でプロットした「細い赤線の折れ線グラフ」をご覧いただこう。まさに、日本を追い抜いたこの「2010年」から、GDP成長率(経済成長率)は減少し始めているのである。

 「経済規模が大きくなったために成長率が減少する」という現象が歴然と見て取れる。

 日本の一部の中国研究者が「中国はもう明日にも経済崩壊する」と言い続けてきて20年以上経つが、まだ崩壊していない。「中国経済崩壊は目前だ」と叫んでは日本人を喜ばせている日本の中国研究者は、逆に「日本」の足元を見つめたことがあるだろうか。

 緑色の太線を見ても、細い折れ線を見ても、緑(日本)の経済指標の基本データは、見るも哀れではないか。規模も低迷していれば、成長率に至っては「マイナス」の時期さえ少なくない。

 それでも日本経済は崩壊していない。債務の話まですると変数が多すぎて分析が複雑になり、まるで経済の授業のようになるので、ここでは取り敢えずGDPの規模と成長率だけに焦点を当てる。

 アメリカはさすがに規模も圧倒的に大きい。しかし成長率は日本と大差ないところを揺らいでいる。

 注意すべきは青い太線のカーブと赤い太線のカーブの違いだ。

 2016年辺りから、「危険なシグナル」が出始めている。このカーブの曲率を延長していくと、(2025年~)2030年辺りには中国のGDP規模(赤い太線)がアメリカのGDP規模(青い太線)を追い抜くだろうと、IMFなど多くの経済金融関係のシンクタンクが予測している。

 日本は中国のGDP成長率に異様なほど強い関心を持ち、「ほら低くなった!6.6%など、リーマンショック級の低水準で、中国はもう間もなく亡ぶ!」と大喜びしているが、このグラフから見る限り、少なくとも「GDP成長率」だけで一喜一憂するのは、必ずしも正しくないことを納得していただけただろうか。

◆読売新聞の一部誤報

 筆者は3月5日の日本テレビBS「深層ニュース」に出させていただき、甘利明氏(元経済再生担当大臣)と全人代と米中ハイテク戦争に関して討論したが、番組の中で中国の経済成長率に関して上述の説明を試みた。このとき言いたかったのは「中国のGDP成長率が落ちたからと言って喜んでいるわけにはいかない。真相を見て用心しなければならない」という趣旨のことを述べたはずなのだが、その日の深夜(3/5(火) 23:39配信)の読売新聞は<[深層NEWS]中国の成長率下がっても「警戒する必要ない」>というタイトルで速報を流し、筆者が「中国の成長率が下がるからといってすぐに警戒する必要はない」と述べたと報道している。報道してくださるのは非常にありがたいと感謝しているが、真逆の表現を用いるのは、読者に間違ったシグナルを発信することになるので、好ましくないだろう。筆者は「警戒」という言葉は使っていないが、もし「警戒」という言葉を使うなら、筆者が言いたいのは「警戒する必要はない」ではなく、逆に「警戒しなくてはならない」ということである。この機会に訂正させていただき、誤解を解きたいと思う。

 なお、筆者の基本的スタンスは、「言論弾圧をする国が世界を制覇するような事態になってはならない」ということであり、「 日本がその中国の覇権に力を貸すようなことはしてはならない」と主張しているのである。そのために中国の真相を見ようではないかと言っているのだ。

◆中国、GDPは「量より質」――研究開発に傾注する新常態

 2015年の全人代以降、盛んに言われたのは「新常態(ニューノーマル)」である。つまり中国はそれまでのGDPの量的成長を抑え、質の向上に転換していくとした。「量から質への転換」を行なえば、当然、GDPの規模の増加率(GDP成長率)は鈍る。

 なぜ「量から質への変換」をする必要があるかというと、それは2015年5月に「中国製造2025」という国家戦略を発布したからだ。これは2025年までに半導体の70%を自給自足にし、宇宙開発においてアメリカを凌駕するというハイテク戦略だが、それを達成するためには研究開発に多くの国家予算を注がなければならない。その分だけ、GDPの量的成長は抑えられる。

 中国は今「中進国の罠」に陥っている。そこから抜け出すには民主化するか、ハイテクに重点を置きイノベーションで勝ち抜く以外にない。中国は民主化などは絶対に許さない。中国共産党は一党支配体制を死守することしか考えていない。だから習近平政権は「中国製造2025」に国運を賭けている。トランプ大統領は、それを阻止しようと懸命だ。

 米中対立の根幹はこの「中国製造2025」にあり、貿易戦争はあくまでも表面的なもので、根底に流れているのはハイテク戦争である。

 詳細は拙著『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』で述べた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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