全人代「一見」対米配慮の外商投資法

3月5日に北京の人民大会堂で開幕した全国人民代表大会(全人代)(写真:ロイター/アフロ)

 今年の全人代における政府活動報告は、一見、対米配慮に溢れているように見える。その最たるものが技術移転強要などを禁止する外商投資法だ。今回はまず、同法制定にまつわる中国の国内外事情を追う。

◆外商投資法が生まれた背景

 トランプ大統領は中国がアメリカ企業の知的財産権を侵害し、コア技術を盗んでいると中国を批難してきた。その中の一つが、外資企業が中国で活動しようとするときに、中国が外資企業に対して「技術移転を強制している」という非難であった。

 これまで中国には「中外合資経営企業法」「外資企業法」「中外合作経営企業法」というものがあり、この3つを「外資三法」と称していた。

 中国は、この外資三法の中で「技術移転を強制する」と明記した法律はないとして、「技術移転を強制している」というアメリカの対中批判を否定してきた。しかし実際上は「話し合いの下に」、結局は技術移転を強制しているのと同じ結果を招いてきたことは否めない。

 一方、2018年10月現在で、中国における外資系企業の数は約95万社に上り、外資導入額は約232兆円に達している。これらの企業からの不満を解決しないと、中国経済が傾く。 

 3月5日の全人代(全国人民代表大会)開幕式で李克強首相は政府活動報告を行ない、新しく中国に入ってきた外資企業の増加率は、前年度比で70%増であったと述べた。

 あれだけ米中貿易摩擦によりアメリカから激しく締め付けられているはずの中国であるにもかかわらず、実際には劇的に外資企業が増加しているのである。

 それは、昨年の日本の動きから見ても、窺い知ることができる。

 たとえば安倍首相は昨年10月25日から中国を公式訪問したが、このとき日本経済界のトップ約500人が同行し、中国の地方政府や金融機関あるいは企業などと50項目を超える協力を締結している。この1回の金額だけでも2兆円を超えているという。こういった動きを世界全体で考えるならば、外資企業の増加率が前年度比(1年間)で70%増になったこともあり得るのかもしれない。

 その背景には、実はトランプ大統領の「アメリカ・ファースト」などに代表される保護貿易的な「一国主義」政策があり、関税の引き上げが必ずしも中国をのみ対象としているのではなく、世界各国が有形無形の影響を受けたために投資が中国に集中したという皮肉な光景が見えてくる。

 日本の場合は、日中平和友好条約締結40周年記念という節目の年だったからという言い訳がつくかもしれないが、実際問題としては、もしトランプ大統領が対中貿易に関して高関税をかけたり半導体の(アメリカから中国への)輸出を禁止あるいは制限したりなどしていなければ、習近平国家主席が安倍首相に秋波を送ってくるなどということはあり得ない。これまでも中国は米中関係が悪化すると必ず日本に接近してくることを常套手段としてきた。

 こういう時にこそ、日本は毅然として中国をはね付け、「尖閣問題などに関しても中国が日本の領有権を認めなければ、どんなに接近してきても応じない」という態度を示すことができたのだが、そうはしなかった。この滅多にない千載一遇の絶好のチャンスを「中国にひれ伏す」という形で、喜んで受け入れてしまっている。

 他の国も経済界の事情を優先的に重視して、結局、中国の手に墜ちていったのである。こうして中国は外資企業の前年比70%増という、驚異的な数値をはじき出してしまった。

◆外商投資法の注目すべき内容

 そこで中国政府は「改革開放の度合いが拡大したため、現状に合わなくなったので外商投資法を新しく制定する必要に迫られた」として、今般の全人代で「外商投資法」を制定するに至ったのである。

 事実、全人代が開幕する前の3月4日、人民大会堂のプレスホールで、張業遂報道官は外商投資法に関して、以下のように説明している。

 ――近年、中国の対外開放と外資利用は新たな情勢に直面し、「外資三法」では開放型経済の新たな体制を構築するというニーズに応じることが難しくなってきた。外商投資法は、これまでの「外資三法」に代って、(習近平政権の)新時代における中国の外資利用の基礎的法律となる。

 張業遂報道官の説明と中国政府がこれまで行ってきた様々な法解釈をまとめると、「外商投資法」においては、概ね以下のようなことが規定されることになる。法律の文書を直訳せずに、概念的に分かりやすい、馴染みのある表現で主要なものだけを取り上げる。

1.外資の投資に当たり、行政的手段により技術移転を強制することを禁止する。

2.外資企業の運営に当たり、中国政府は介入しない(国有企業は中国政府そのものなので、国有企業との提携の場合は例外となる)。

3.外資100%の企業を認める(これまでは基本的に中国側が51%であることが多かった)。

4.外資企業が中国から撤退したいと決定したとき、市場からの退出に関して条件を付けない(これまでは、タダでは撤退できなかった。巨額の負担を負わせられた)。

5.外商投資に対し、参入前内国民待遇とネガティブリストの管理制度を実施し、案件ごとの審査制という管理モデルを廃止すると明確に規定する。外国投資者における投資の禁止と制限に関してはリスト化して明確に列挙する。リスト外の分野は充分に開放され、国内外の投資は同等の待遇を受ける。

 ……などなどである。最後の項目で使われている用語が、やや専門用語的なので、少し解説を加えた方がいいかもしれない。

 まず「参入前内国民待遇」とは、外資が導入される段階で、「内国民(ないこくみん)待遇」(National Treatment)を適用することで、外資を導入する国が内資に劣らない待遇を外資に対しても適用する。言い換えれば、自国民と同様の権利を相手国の国民や企業に対しても保障することである。

 この待遇には例外が許され、一般的にネガティブリストを利用し、国内の産業事情の観点から重点的に注目する業界や分野をリストに入れ、一定の形式で進出を制限する。ネガティブリストに入れていない業界や分野では外資を制限してはならないことになっている。

 「ネガティブリスト」とは「外商投資参入特別管理措置」のことで、昨年12月25日、中国共産党中央委員会と国務院の承認を受けて、国家発展改革委員会と商務部は、国内外の投資家が投資を制限・禁止される分野を特定した全国版の「市場参入ネガティブリスト」を公布し、全面実施に踏み切った。市場の参入ルールをすべての投資家の間で統一し、透明化することが狙いだ。

 これに関して、3月4日、全人代の張業遂報道官は、「外国投資者の普遍的な関心である徴収・補償、知的財産権の保護、技術移転などの問題に関して、外商投資法には明確な保護規定が盛り込まれている」と述べている。

◆トランプが90日制限を延期したわけ

 2月14日のコラム<米中交渉――中国「技術移転強制を禁止」するも「中国製造2025」では譲らず>で触れたように、全人代常務委員会は2018年12月23日に初めて外商投資法法案を提起している。続けて12月25日にはネガティブリストの公布と実施に踏み切ったわけだ。

 そして今年1月31日、習近平国家主席は劉鶴副首相に親書を持たせて、ワシントンでトランプ大統領に渡し、トランプの泣き所である「アメリカ産大豆を500万トン多く買ってもいいよ」と申し出るという手段に出た。アメリカ産大豆の輸出先の60%は中国が占めており、大豆生産者はトランプの大票田である。ところが中国が報復関税として25%もの高関税をアメリカ産大豆にかけたものだから、大票田だったアメリカの大豆生産者たちは大きな痛手を受けトランプを恨むようになった。トランプ大統領にとっては非常に痛いしっぺ返しとなっていたことを計算しての妥協策だ。

 本当は中国自身も、豚の餌にする大豆が不足して豚が痩せてしまい困窮していたという国内事情があったのだが、あたかもトランプに救いの手を差し伸べるような格好をしたわけである。

 同様に外商投資法制定とネガティブリストの公布も、トランプの「アメリカ・ファースト」の煽りであるとはいえ、中国の国内事情を反映したものであった。必ずしもトランプを喜ばせようという対米配慮ではなかった。

 しかし、いずれもがトランプが喜ぶ結果を招いており、2月に入るとトランプは「90日間宣告」の期間を引き延ばしてもいいと言い始めている。昨年12月1日にアルゼンチンで行なわれた米中首脳会談で「3月1日までに米中が合意しなければ、年間輸入総額2000億ドル規模の中国製品に対する追加関税率を10%から25%に引き上げる」とした「90日間宣告」のことである。

 それどころか、全人代が終わる今月中旬以降に、トランプは習近平を又もやフロリダの別荘に招いて「手打ち」をしようと持ちかけてきたではないか。

 トランプ自身にとっては「外交失点」と位置付けているであろう米朝首脳会談の失点を補いたいというトランプの心理も働いているではあろうが、中国の腰を低くした「一見、対米配慮」戦略が、功を奏し始めていると判断すべきだろう。

 なお、現在開催中の全人代に関しては、このあとGDP成長率や国防予算あるいは「中国製造2025」の位置づけと扱いなど、順次分析し発信していくつもりである。